■愛しておくれ


「あいつが来る前に、軽くシャワーでも浴びとくか。」


帰国した俺は久しぶりに清水と会う約束をした。
外で待ち合わせではなくアイツが家にやってくるというので、その間の空いた時間で身だしなみくらいはちゃんとしとくべきだろうと思ったのだ。
それ以外になにかを期待してるわけではない。………と、思う。たぶん。


(ホレ、親しき仲にも………えーと何だっけ、とにかくなんとかだって言うじゃねえか。なあ?)


そこまで考えたところで、俺は自分でもいったい誰に対して言い訳してるのかよくわからずに苦笑いが込み上げた。


(俺も、変わったよなあ…)


とにかくどこか気分が浮ついているような気がして、らしくなさが自分でもむず痒い。
それだけ清水と会えることを想ってた以上に楽しみにしているせいなんだろう。
連絡無精は相変わらずで、スイッチが入ると野球にひたすらドップリのめり込んでしまうのはきっとこれからも変えられない俺の性だ。
そんなどうしようもない俺をガキの頃から変わらずに信じてくれている清水に、結局は今だってずいぶん甘えてしまってるのかもしれない。
誰にも言えない自分の弱さに負けそうなとき、いつだって元気づけてくれたのは清水の叱咤激励だった。

ただ、それに甘えて続けてはダメだと思った。
世界大会の試合で負けたとき、自分に固く誓ったのだ。
次に清水と会うときにこそ、絶対に堂々と自信を持った俺の姿を見せるのだと。




ボンヤリそんなことを考えながら浴びていたシャワーの蛇口を閉めたとき、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。
たぶん清水が来たのだろう。
鍵は開けとくからそのまま入っていいと電話で伝えていたので、俺は水で滴る髪をそのままにタオルをひっつかみながら風呂場から飛び出した。


「おー、もう来たか清水。」
「本田!?な、なんで裸なのっ!?」


俺の姿を見つけたとたんに焦った声をあげた清水は、玄関先で身構えたままこっちに入ってこようとはせずに固まっている。


「あん?ちゃんとはいてるだろーがよく見ろ。」
「し、下着じゃん!早くなんか服着てよ!」


そう言われれば脱衣場から急いで出てきた俺はランニングとパンツ姿だったことに気づく。
とりあえずその辺にあったTシャツを着ながらリビングに通すと、清水は誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡すようにした。


「あれ、お家のひと達は?」
「今は全員出かけてるみてーだな。せっかくかわいい息子がアメリカからはるばる帰ってきたってのによ。」
「あー…そ、そうなんだ…」
「どうかしたのか。」
「やっ、別に…ちょっと、あの…」
「何だよ?」


コイツにしては歯切れの悪い様子に俺は清水の顔を覗きこんで尋ねると少し頬を染めながら小さい声で呟いた。


「…本田とふたりっきりなんだなあって思ったら、なんだか急にドキドキしちゃって…」


真吾くんやちはるちゃんの顔も見たかったけど、と一言付け足した後に俺の方を見ると、はにかむように笑った。


「おかえりなさい。本当に嬉しい。ずっと…ずっと、会いたかったんだよ。」


待ち望んでいた再会と可愛い言葉に突然に高鳴る鼓動、はやる気持ちとは裏腹に俺は「おう」とだけ口にするのだけでやっとだった。
顔がにやけそうになるのを必死に抑える。


(あーくそ、不意打ちに上目遣いとかするんじゃねえ…)


恋人と久々に会う、というだけの事がこんなにも嬉しいことだとは。
何か月ぶりに間近で見る清水の笑顔が今までにないくらいに可愛く見えることに、俺はしみじみ感心すらしてしまった。
見慣れていると思っていたけど、日本とアメリカの間で遠く離れていたからこそ改めて気づかされることもあるのだ。
やっぱり俺はコイツに惚れてるんだなと実感する。
それはなんだか少しだけ悔しいけれど―――。
浮かれてることをなるべく悟られないよう、冷静を装いながら俺は目の前の清水に言った。



「…なあ、俺の部屋来いよ。」



その言葉に目を丸くしつつ、また少し赤くなった清水は黙ってコクンと頷いた。
もう俺はついに我慢できずにその場で思いきり抱き締める。



(清水。…もしかすると俺の方が、お前を必要としてるのかもしれねえんだぜ?)



こんなにも愛しい女が目の前にいる幸せをかみしめる。
言葉では上手く伝えられない性分は相変わらずだけど、相手にわからせるには他の方法だってあるんだということに、今日の俺は気づいてしまった。


今まで会えなかった分も俺がどれだけお前のことが好きなのか、身をもって教えてやるから。


覚悟してろよな。










75巻で“もしあの日ソフィアさんが茂野家に来てなかったら〜”というパラレル。…というか願望というか。

原作でもあんまり語られない吾郎モノローグを考えるのがひたすら楽しいです。
“口にもしないけど、なんだかんだで無意識に薫にベタ惚れ”というのがウチの吾郎の気持ちだったりします。

言葉じゃなくても態度で愛情を示せるようになったら、吾薫はきっと安泰なんだろうなと思います。



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