■バイバイ、サンキュー


「…ったく、別に見送りなんかいらねえって言ったろーが」
「本田は良くても、あたしが送りたいのっ。そんな嫌がんないでもいーじゃん。」
「別に、嫌ってわけじゃねえけど…」


頭をガシガシかきながら、そしてボソリと「言いたくねえんだよな」と吾郎は呟いた。
その言葉の意味がわからずに薫は首をかしげる。


「言いたくないって、なにを」
「お前に見送りなんて来られたら、なんか言わなきゃなんねえだろ」
「なにかって?」
「…別れの言葉とか、嫌いなんだよ…」


薫の目の前にいる吾郎は目線をそらしながら気まずそうな子供のように口を尖らせている。
考えてみれば今まで薫は吾郎から「さよなら」というような別れの言葉を言われた記憶はなかったように感じた。
いつも何も告げずにどこかへ行ってしまうことを恨めしく思ったこともあったけれど、今まで頑なに見送りを渋っていたのは、もしやそれが原因だったのかと気づいて薫は合点がいった。


「…まったくもう。ホンットにバカだよな、本田」
「ああん?」
「あのねぇ、離れたくない相手にはこういえばいいんだよ」


そして薫は笑顔で「またな」と告げる。
それは吾郎のいつかどこかで見た景色の記憶に重なったような気がした。
振り返ってみれば今までだってどんなに離れても、たとえ約束さえもしなくたって、必ず自分たちは出会えたのだ。


「ね?これなら寂しくないよ」
「…頭いいな、お前」
「でしょ?」


薫は得意げに笑った。
もちろん離れるのは切ないけれど、お互いの気持ちが通じあった今を信じたかったのだ。
そしてそれは吾郎も同じ気持ちで、薫と同じ台詞を返す。


「…ああ、またな」


そう告げる瞬間そのまま彼女の唇をさっと奪った。
それは、まわりの人々どころか、当の本人すらも一瞬気づかないぐらいにかすかな口づけ。
突然の出来事から少し遅れて顔をほんのり赤く染めた薫は、吾郎の胸を軽く押し返しながら抗議した。


「…な、なにすんだよっ。ここは日本だぞ!」


人前での不意打ちのキスに薫は未だに慣れない。
海外生活も長い相手はそうではないのか、どこか悔しい想い混じりの照れ隠しでそう言った。


「誰も見てねえよ。つーか何だお前、アメリカでだったらいいのか?」
「はい?」
「よっしゃ、約束な!今度のシリーズにはぜってー結果出して呼んでやっから」
「え?あ…うん。それはすっごく行きたいけど、約束って…」
「お前、向こうでなら、何したってかわまねーんだろ?」
「え?え?え?」
「じゃあな。楽しみにしてろよな、清水!」


「ちょ…ちょっと、本田ぁっ!そういう意味じゃなーいっ!!!」


手を振りながらひとり勝手に納得しながら去っていく吾郎の背中に向けた薫の叫びが空港に響き渡ったのだった。






吾郎にとっての「さよなら」の言葉の重みは、もはや人命レベルですよね。

薫には絶対に絶対に長生きしてもらわなければ…




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