■バスロマンス


部活からの帰り道、あたりの景色はオレンジ色から深い群青に変わっていく。陽も落ちた町並みに街灯がパラパラとつき始める夕暮れに、吾郎はバス停にたたずむ人影を見た。

同じ学校の制服にショートカットの髪型、そしてバットがはみ出た大きなショルダーバッグを抱えたそのシルエット。顔は見えないまでも、それがよく見知った相手であることが吾郎にはすぐにわかった。


「清水じゃねーか、お前もこんな時間まで部活か?」
「あ、本田。」


声をかけられた薫は吾郎に手を振って返事をした。


「ウチもソフトの大会が近いから、練習に熱が入っちゃってさ。野球部もみんな頑張ってるらしいじゃん。」
「ああ、まあな。お、来たぜ」


ちょうどそこに行き先を示したバスが到着する。そのまま乗りこんだ二人は一番奥の空いた席にそのまま並んで座った。


「あー早く晩メシ食いてえ…腹へった腹へったあーっ」


ドッカと腰をおろした吾郎はため息とともに声を出した。そこに薫がたしなめるような小声で返した。


「ちょっと本田、声大きいっ。子供じゃないんだからガマンしろよ」
「なあ清水、何か食いモン持ってねえか」
「え?お菓子くらいなら持ってるけど…」
「よしでかした!俺がお前のダイエットに協力してやるから、さっさとソレをよこせ」


そう言って吾郎は満面の笑顔でずいっと手を差し出した。
だが右手に返ってきたのはパチンと鳴る薫の手のひらの感触だけだった。


「余計なお世話だ、誰がやるかバカ」
「いいじゃねえかよ、ケチ臭え。お前“最近太ったかも〜”とかなんとか言ってたろうが。無駄に菓子ばっか食ってるからじゃねえのか?」
「ぐっ……わかったよっ。あげればいいんでしょ、あげれば」
「わーい、さっすが清水さん♪」
「まったく…普通に“ください”って言えばいいのに…」


薫が溢すそんな不満も耳に入らない様子で、吾郎は貰った小さなクッキーをパクついている。ひたすら嬉しそうな顔を見ると、よっぽどお腹がすいていたのかと呆れながらもまあいいかと思えた。人が気にしてることをずけずけと言い放つ失礼な物言いも、なんだかんだで許してしまうのは惚れた弱みというものだろうか。


(こういうのも、同じ学校だからできるんだよなあ…)


ふと薫は想いを巡らせた。

一度はもうきっと会うことは出来ないとまで思っていた初恋相手が、再び自分と同じ学校に通い、こうやって並んで軽口を叩きあってるだなんて――、数年間までは考えもできなかったのだから不思議な腐れ縁だとつくづく感じる。何だか急に可笑しくなって隣にいる吾郎に声をかけようとした。


「なあ、ほん…」








薫は突然のことに顔を赤らめてうろたえた。
お菓子をあげた後は大人しくしていると思った吾郎がこちらに体重を預けてくるのだ。


「えっ?や、ちょっ…!」


薫はあまりの顔の近さにどんどん心臓の音は大きくなるが、静かな呼吸を繰り返す吾郎は目をつぶったままだった。
目の前で軽く手を振ってもまったくの無反応で、熟睡していることを理解する。


(…ホントに、未だに子供みたいだよな…)


体はどんどん大きくなっていくのに、出会った頃からずっと変わらない吾郎の寝顔を眺めているうちに薫は切なくもくすぐったい気持ちになるのだった。
そしてほんの少しだけ、相手にはなるだけ気づかれないように気を付けながら、薫はそっと寄り添うように自分の体を吾郎に預けた。

そして静かにゆっくりと瞳を閉じた。

バスがもっとゆっくり走ってくれたらいい、それが次のバス停につくまでの少しの間でもいいから――という、胸に秘めた願いとともに。






聖秀ではいっしょに帰る描写が多くてニヤニヤします。
まわりには付き合ってると思われてるだろうな。

前にも同じシチュエーションを書いたような気がするので挿絵で誤魔化しました。(ワンパターンを脱したいです…)



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