■もどかしさが奏でるブルース

ドミニカ戦を前にしたひとときの休息。吾郎と薫、そして寿也はスタンドに並んで座りながら笑いあっていた。

「眉村がかよ?」
「そうそう。僕もあの時は本当にふきだしたよ。」
「アハハ。試合じゃあんなにクールそうな人なのに、面白ーい。」

すでに観戦していた試合は終わっていたのだが、しばらくは吾郎達も時間があるということで同年代の3人はそのまま他愛もないような時間を過ごしていた。

「あー、笑ったらなんかのど渇いたな。」
「だね。じゃあ、あたしみんなの分も飲み物買ってくるよ。」


パッと席を立った薫は、吾郎と寿也にそう伝えそのまま狭い通路を横切ろうとする。
すると前方不注意か、彼女は並んだ椅子に足をひっかけてバランスを崩し倒れそうになった。

「わっ…」
「コラ、危ね…!」

それを吾郎が助けようと手を伸ばした瞬間、足がもつれ転びそうになった薫の体はすでに隣の男の力強い腕に支えられていた。

「大丈夫?清水さん」

そう言いながら薫を助けたのは側にいた寿也であった。とっさに行き場を無くした吾郎の手は宙に浮いたままで固まっている。

「ご、ごめん、寿君。…あたしってばそそっかしくて…」
「気をつけなよね?」

自分の失態に顔を赤くしながら苦笑いする薫。
それを優しく助け起こしている寿也。それを間近で見た吾郎の胸には何だかモヤモヤとわだかまりが残った。

(…いつまでくっついてんだよ…)

見当違いとわかってはいても目の前のふたりの光景は吾郎にとって面白いと言えるものではなく、その感情のままに憎まれ口をたたいた。

「まったくだぜ。お前はいつもいつも、人に迷惑ばっかかけてんじゃねえよ。バカ!」
「なっ…、そんなこと、本田にだけは言われたくねーよ!」
「ああ?どーいう意味だ、そりゃ!」
「言葉の通りですー。少しは自分の行動考えてみたら?」
「ハッ、後先考えずアメリカ来たヤツが何言ってんだ!」
「ちょ、ちょっと、吾郎君も清水さんも二人とも…」

段々とヒートアップするふたりの痴話喧嘩を寿也が慌ててたしなめた。

「「フン!」」

似た者同士なふたりは同じ様に鼻息荒く、顔を背けた。
吾郎はドッカと椅子に腰を下ろし、薫はそのまま売店に向かっていく。
その後ろ姿を見届けると、寿也は溜め息をついた。

「僕、余計なことしちゃったかな?…ねえ、彼氏さん?」

告げた先の男は先程からブスッとむくれた表情を変えずに答えた。

「…別に。関係ねえよ。」

寿也は吾郎のそんな反応に笑った。
彼の不機嫌の原因が、助ける為とはいえ彼女を抱きとめたことに妬いているのであろうことは何となくわかる。
あまり知らなかった一面で、意外と嫉妬深いところがあるのだなと思い、彼は目の前の幼馴染みをからかいたくなった。

「嘘ばっかり。顔に“面白くねー”ってハッキリ書いてあるじゃない。」
「るせえ、んなもんあってたまるか。」
「素直じゃないな。そんな風だったら、清水さんに愛想つかされちゃうかもよ。こころあたりあるんじゃないの?」
「はあ?」

それを聞いた吾郎は眉をひそめる。確か以前に小森や大河にも似たような事を言われた気がする。
何故にそろってまわりは同じ事をいうのか、吾郎にしてみればいったい自分が何をしたんだというのだという気持ちであった。

「何なんだよ。どいつもこいつも…。」
「感心するんだよ。こんな置いてけぼりが得意なひとをはるばる追っかけて来るなんて、そうそうできるもんじゃないからね。」

何かを含むような物言いであった。
何だか寿也の方がずっと薫の心情をわかっているような口ぶりである。

「さっきから何が言いてーんだ、お前は。」
「別に?せっかく彼女が応援来てくれてるのに、冷たい彼氏もいるもんだなって思っただけ。…あーあ。清水さん怒らせちゃって、どうするんだか。」

言われながらボリボリと吾郎は頭をかく。
自分だって別に薫に冷たくしたいわけでも喧嘩をしたいワケではないのだ。
遥々とアメリカまで応援に来てくれたことは意外ではあったが、それ故に単純にすごく嬉しかった。
ただ、彼女としてより幼馴染みとしての期間が長い為か気づけばいつも遠慮のない言い方になってしまうのである。
その上に自分はこんな性分で、恋人関係になったからといっても今更彼氏らしい優しい言葉など照れ臭いというのが本音だ。

「…どうする、ったってよ…」

呟く吾郎の困った心情が手に取るようにわかった寿也は、しょうがないな、と言いたげな表情で笑う。

「それじゃ教えてあげるよ。吾郎君、財布持ってたらちょっと借りていい?」
「あ?持ってるけど…何だよ、まさか金取る気じゃねーだろな。」
「何言ってんの。中身そのまますぐ返すよ。」

寿也はそう言いながら何か企んだような微笑みを向ける。

「…ま、ジュースくらいはおごって貰おうかな?」

その言葉に吾郎は小さな不満を返す。

「…たく、巨仁の選手のクセに、セコイことを…」
「何か言った?吾郎君。」
「…いえ、別に…。」

下手に怒らせるといろいろとやっかいな相手である事を誰よりわかっている吾郎は、言われた通りに自分の財布を手渡した。

「じゃ、ちょっとここで待っててね。」

そのまま寿也は吾郎の財布を受取り、売店の方へ向かうのだった。



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売店から少し離れた場所の手すりにもたれ、薫はため息をつきながらさっきの口喧嘩に考えこんでいた。

(喧嘩しにアメリカに来たんじゃないのに、どうしていつもこうなっちゃうんだろう?)

片想いから両想いになれたときは本当に嬉しかった。
それ以上何もいらないという気さえしていたのだ。
いつも夢に向かって忙しく、文字通りいつだって全力投球な吾郎。
そんな相手だからこそ心から大好きになったことは間違いないのだ。

(もしかして、あたし…だんだん欲張りになってきてるのかな…)

最近はもっと優しくされてもバチは当たらないのではないかと思う。
流石に置き手紙ひとつで、アメリカに来た彼女を置き去りにすることはないだろう。

(…そりゃあ、あたしが勝手にこっち来ちゃったんだけどさ…)

薫ははっきり言えば自信がなかったのである。
相手から自分が好かれているという確固たる確信がない。
だからたまに、片想いの頃のような気持ちが戻ってきてしまうのだった。

「あーもう!本田のバカッ!」

独り言にしては大きな声で、想いを無意識に吐き出したその瞬間。

「清水さん。」

クスクス笑いながら声をかけてくる人物がいた。

「あ…、寿君。」
「何か、ごめんね。ふたりを邪魔しちゃったみたいで…。」
「そんなっ、違うよ!寿君のせいじゃないから!何だか嫌な気分にさせちゃったみたいで…あたしこそごめんなさい。」

薫はブンブンと顔と手を振り否定の言葉を続けたが、
その後に少し目を伏せながら小さく付け足した。

「…やっぱり、気持ちには差があるんだな、ってたまに思っちゃうんだよね。わかってるんだけどさ。」

思わず弱気な気持ちが溢れてしまった薫は寂しさを誤魔化すように少し笑う。
そんな彼女の様子を見た寿也は真剣な様子で口を開いた。

「あのさ。清水さん、良いもの見せてあげるよ。」

寿也から手渡されたそれを受け取り、薫は不思議そうに首をかしげた。

「…財布?」
「吾郎君のなんだけど、ちょっと開いてみて。」

言われるまま財布の中を開くとそこには1枚のプリクラが貼られている。

「…これ…」

薫は驚きで目を丸くした。それは忘れもしない、自分達が付き合うようになったあの日の記念に撮ったもの。
吾郎から告白をされたテーマパークでの、デート中のふたりだった。
撮ったプリクラを半分に分けたは良いが、照れ臭さから嫌がる吾郎に薫が無理矢理押し付けるような形で渡したものだったのでまさかこんな風に貼っていただなんて思ってもみなかった。

思わず赤くなった薫に向かって、寿也は続けて説明する。

「おかしかったよ、たまたま僕がコレ見つけたときの吾郎君。真っ赤な顔して凄い勢いで隠しながらさ、

『いーか、寿!ぜってー、あいつに言うんじゃねーぞ!』

…なんて言ってて。」

寿也はその時の必死な形相を思い出しながら吾郎の口調を真似つつ、更に続ける。

「吾郎君て、無器用じゃない?自分の気持ちをうまく伝えられないときもあるんだろうね。だけど…」
「…うん。寿君、ありがとう。」

寿也の言わんとしていること、そして彼の優しさが薫にはわかった。

「いえいえ、どういたしまして。」

そしてニッコリとした満面の笑顔を見せる寿也。
その端正に整った笑みはさすが“歴代野球界屈指”とも言われるほど女の子ファンが多いわけだと薫を充分納得させるものであった。

「じゃあ、僕はホテルに帰るから…清水さん、これ吾郎君に返しといてよ。」
「うん。寿君も試合頑張ってね!スタンドから全力で応援するから!」

さっきまでの様子とは違う明るい笑顔を薫は取り戻して、吾郎の座る席へときびすを返す。
寿也はその元気な様子を確かめ手を振りながら見送った。


「苦労するだろうね…清水さん。」

寿也は誰に言うでもなく自然と口からそんな言葉を溢していた。
吾郎のあの性格についていける人物はなかなかいないだろうと思うのである。
しかしまたこれからバッテリーを組む自分にとってその気苦労は決して他人事ではない気がして、思わず苦笑いを溢した。
そして薫へある種尊敬と、応援の意味を込めた視線を送るのだった。



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飲み物を手に取り、戻ってきた薫は弾んだ声で吾郎を呼んだ。

「ほーんだっ♪」
「あ?…何だよ。急ににやけたツラして気持ちわりー…。」

さっきまで不機嫌だった薫のテンションの変わりようを吾郎は不思議に思いながら身構える。

「ふっふっふ。あのさ、これ、なーんだ?」

得意気に薫が見せたのはさっき寿也から受け取った財布、そして見せ付けたのは中身にあのプリクラが貼られた部分である。
吾郎は表情を一瞬凍らせ、そしてみるみる顔が赤くなった。

「げっ…か、返せっ!」
「何だよー、撮ったときは『恥ずかしい』とか『いらねー』とかいろいろ文句言ってたのに、実はちゃーんと貼っておいてくれたんじゃん?」
「…ちっ…違ぇよ!たまたまシールがはがれて、あれからずっとくっついてただけだっつーの!」
「そんなら、さっさとはがしゃいーだけだろ?あの日からどんだけたってると思ってんだよ。」
「ぐっ…!」

必死の言い訳もあからさまに苦しく逃げ場もない。
ふと吾郎はキョロキョロとこの場に姿を現さないひとりの人物を探した。

「あ、あいつ…!寿はどこ行きやがった!?」
「寿君ならもう帰ったよ。」

(…やられた…!)

親友にバラされた事に気づいて吾郎はがっくりと肩を落とす。
そのまま気まずそうに押し黙るに薫は優しく微笑みながら告げる。

「照れることないだろ。あたしは凄く嬉しいんだよ?プリクラ、大事にしてくれて…ありがとな、本田。」
「…フン。」

照れ臭ささが最高潮に達し、顔をそらしてごまかす吾郎。
素直じゃない子供の様な態度でも、その赤くなった耳を薫は愛しいと思った。

「ね。日本に帰って来たら…また一緒にプリクラ撮りに行こうか。」
「…撮らねー。もう2度と、つーか、一生プリクラなんて撮らねー。」
「えー、何でだよ。いーじゃん。」
「るせーな、何ででもだよ。バカ!」
「あーっ、またバカって言ったっ。本田に言われたくないっての!」
「ああっ?何だと!?」

そんな風にまたしても同じことの繰り返し。
今のふたりの間には甘い言葉もムードもあったものではなかったが、これもささやかな日常。
いつまでも子供のようなやりとりでまわりの人々をハラハラさせながらも、お互いのことを想いながら日々を過ごしているのであった。





リクエストは“吾郎のヤキモチ的内容”ってことで書かせて頂きましたが…違くないかコレ…?

妬く吾郎は私もめっちゃくちゃ見たい姿なんですが…、 薫が一途すぎなので実際に妬かせようとすると相手に本気で悩みますね。あと吾郎が対抗意識を持つくらいのレベルの男でないと無理かなー…とか無駄にいろいろ考えてしまって結局は寿君になりました。

お互い無器用な吾薫は、実は見えないとこでいろいろまわりにフォローされているのだろうなというイメージで、ウチの寿也像は吾郎を1番知ってる親友で、たまに黒くて、かつ応援してるというものなんでこんなんですが…出張りすぎたあ!(反省点)

あと冒頭でネタにしてごめん眉村。クールな彼はいったい何をしでかしたんだ…(笑)

リクというより、個人的趣味になった感がいっぱいで大変に恐縮ですが…こちらはイツキ様へ捧げます。ありがとうございました!



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