■昔とは違う、ココロとカラダで


「あたしのこと…嫌い?」


吾郎は薫の様子がどこか違うと感じていた。
彼女はどこか思いつめたような切ない表情をしている。



「今更何言ってんだ、嫌いなわけねーだろ。どうしたんだよ。」

「あたしは、もう待てない。だから……ね?」



それは囁くような甘い声音で薫は静かにそっと吾郎にしなだれた。
そして相手の両頬を優しく包み込むように自分の手を添えて、自分の唇をふんわりと押し当てるのだった。
驚く間もないほどに、一度のみならずまるで熱に浮かされたか乞うような口づけは、何度も何度も薫によって繰り返される。
吾郎はその混乱する頭でなんとか考えようとしたが、もやがかかったように思考が働かない。

(…はあっ…)


間近で肌に触れるほどに感じる吐息と、こんな薫の様子を見るのは初めてで嬉しさも反面、正直とまどいが隠せない。
今までにないほどに積極的な彼女の様子に焦りを覚えつつも、甘美で柔らかな抗いがたいその感触にされるがままになってしまう。


「…し、清水…さん…?」


どうしてなのか、さっきから体がうまく動かない。しどろもどろになりながら、ようやく口から発せられた言葉までもが我ながら思いっきりへたれたモンだと吾郎は自分で自分が情けなくなった。
すぐに応えてくれない吾郎の反応を目にして、薫は哀しそうに潤んだ視線を落として寂しげに呟いた。


「…本田からは、何もしてくれないの?」

「おっ、俺だってそりゃ…」


もちろんそれは願ってもないことだ。
なのになぜ体や思考がうまく働いてくれないのか、自身のあまりの不甲斐なさを吾郎は呪った。


「あたしには、本田だけなのに…」


憂いに涙をためた瞳を向けると、薫はそのまま自分の手で自身の衣服のボタンをゆっくりと外していく。
思わぬ行動に吾郎は目を丸くしたが、ぎこちなく恥じらう薫の姿とその隙間から見える彼女の白い肌に魅了され目線は吸い寄せられている。
それでいて自分はと言うと、体は固まったまま未だまるで動こうとしなかった。
追い討ちをかけるように襲いくる展開に、ひたすらテンパっている吾郎の頭はクラクラと痺れてくるばかりで。


(…やべぇ、こいつは…)


目眩を覚えつつ、なんとか自分の体を奮い立たせるとなんとか震えるような手で彼女の肩を捕まえることができた。
そのまま腕を背中に回してこれ以上ないほどに固くギュッと抱きしめた。
言うことを聞いてくれなかった体がようやく自身の思い通りに動いてくれたことに吾郎はホッとして、念願の薫の温もりを自身の肌で確かめた。



「嬉しい、本田…」



そのまま微笑んだ薫の表情に吾郎は誘われるように、彼女の細い首筋に顔を埋める。
今はこのどうしようもなく情けない顔をしているであろう自分を見られたくなかった。
色づいた様子の薫はそっと瞳を閉じて、そしてまた愛しそうに囁いた。


「…好きにしても、いいよ…」



もはや己の我慢の限界を知り、どうにでもなれとの勢いのまま何かが吹っ切れたように吾郎は薫の名をを呼びながら、その情熱のままに彼女を床へと押し倒した。






--------------------------







ガバッと回した掌には思いのほか固い感触がして不思議に思った吾郎の耳に野太い声が聞こえてきた。


「…Good morning Shigeno」


突然な英語の発音に吾郎がしっかり瞳を見開くと、目の前には彼女とは似ても似つかぬ…というより強面のヒゲにおおわれた顔があった。


「ギャアアアー!!!なな、なっ、何で、サンダースが、日本にっ!?」


驚きのままに吾郎は思いっきり叫んだ。
それを呆れたように呼ばれた男は声をかける。


「何寝ぼけてんだ。練習終わってもロッカールームから出てこねえから、見に来たんだよ。」

「へ、ロッカー…?」

「練習に張り切るのはいいが、こんなとこで寝るやつがあるか。」

「…え…じゃ、じゃあ…あれは…」


ふと辺りを見渡せば、確かにここはホーネッツのロッカールームだった。
しかし吾郎は今も脳裏にほのかに残る彼女の様子を思い出せる。

告白された想い、熱っぽく潤んだ瞳、そして、悩ましげに乱れた衣服。
それは触れようとした瞬間に儚く消えてしまった薫の姿だ。
吾郎は心の底から脱力し、肩を落とす。



(…アレ全部、夢かよっ!!!)



待ち望んでいたものが夢。
だとすれば、それらが吾郎の胸に残したものは甘くも切ない残酷な痛みだけだった。
泣きそうなほどガッカリしているような目の前の男ににサンダースは尋ねる。


「寝言で何度か言ってた、“スキダ・シミズ”ってのは、なんだ?」



その問いかけに思わず固まってしまう吾郎の答えを待たずに、サンダースは見透かしたようにガハハと笑って付け加える。


「まあ、きっとお前にとって楽しい夢だったんだろうな?欲求不満はスポーツで解消するのが一番だって言うし、明日の登板は頑張れよ、青少年!」


ますます赤くなった吾郎は気まずそうな顔をしながら叫んだ。


「るせえっ!」







わかりやすい夢オチ。

ゴロカオ10題「昔とは違う、ココロとカラダで」【配布元・NO GAME】


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -