■負けないよ


ひめは、ついにおうじさまとさいかいすることができました。

しかし、なんということでしょう。

こえをうしなったひめは、じぶんのおもいをつたえることが、できなくなっていたのでした。


『わたしは、あなたがだいすきです。』

『このまま、ずっと、そばにいたいのです。』

『ああ、どうか。どうかきづいてください。』


こいするひめのねがいは、なみだのしずくとなってながれていくのでした。


こんなにも、ちかくにいるというのに。








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「何読んでんだよ、清水。」

放課後の教室にひとり残っていた薫は目線を上げ、呼びかけられた声の主を確認した瞬間に思わず顔をしかめる。

「・・・げっ、本田。」

よりによってと言うべきか、一番やっかいな相手に見つかってしまったと思うのだった。

「オイ、人の顔見て『げっ』はねえだろ。」
「アハハ、悪い悪い…」

とっさに苦笑いを浮かべながら薫はごまかすような返事をする。そうしながらもこっそりと、手にした何かの本を隠そうとしているのが吾郎の目に入った。

「何だよ?妙に真面目に読んでたみてーだけど」
「やっ・・・別に、そんなことはっ・・・」

急に焦り気まずそうに取り繕う薫の表情から吾郎は面白そうな雰囲気を感じとり、ニヤリとからかいの笑みを浮かべた。

「あやしいな。エロ本でも見てたのか。」
「バカ、お前と一緒にすんなっ。図書館の本だよ」
「じゃあ何で隠すんだよ。」
「…ま、まあ。あんまり気にすんなよ。んじゃ、あたし帰るね!」

薫は会話を強引に切り上げ、そそくさと逃げ出そうとした。しかしそう言われて「ハイそうですか」と納得するはずもない吾郎はそれをさっと追いかける。

「待てよ、いいから貸してみろって。」
「あーもう。しつこいなっ。」

言い合いを続けながら追いかけっこをするふたりは、まるで小さな子供が戯れるようにもつれあった。しかし男女の身長差では結果は歴然。ついに吾郎の手が薫から本をひょいと取り上げたのだった。

「ああっ、コラ返せっ!」
「えーと…なになに…?」

吾郎は取り返そうと追ってくる薫をたくみに避けながら、大きな声で本の題名を読み上げた。

「『にんぎょひめ』?」

よく見れば、奪いとったのは絵本だった。童話らしい可愛いイラストが表紙を飾っていて中身を開くと文字はすべてひらがなで書かれている。どうみても小さい子供向けのものだった。
普段は男勝りと言えるくらい活発な薫を知ってるだけに、吾郎の感覚では少女趣味すぎるような気がして意外に思う。

「…お前、コレをあんな真剣な顔で読んでたのか?」

薫は返事の代わりに吾郎を睨みつけ「ほっとけよ」とでも言いたげな顔をして真っ赤になってふくれた顔には、吾郎はそのまま盛大に吹き出した。

「ハハハハッ」
「わ、笑うな!だから、イヤだったんだよ」
「いやー、男をぶん殴るようなヤツでも王子様やお姫様に憧れるんだなぁ。」
「うるさいなっ。そんなにご希望なら、今すぐお見舞いしてあげましょうか?」

からかう吾郎に居心地の悪くなった彼女はそのまま右腕を振り上げる。それを見た吾郎は慌てて笑みを引っ込めた。

「うおっ、待て待て清水!ちょっと、タンマッ!」

しかし「問答無用」とばかりに彼女の腕は振り下ろされ、そのまま吾郎の額へと見事にチョップは炸裂したのだった。

「痛っ。何すんだ、テメー」
「リクエストに応えてみただけですー。そもそも、こんなか弱い女の子の力が痛いわけないだろ?大袈裟だな。」
「何がか弱いだ…てて…」

ぶつくさ呟きながら吾郎は自分の額を痛そうにさすっている。

(…ったく、せっかく女らしいとこあんじゃねえか、って言ってやろうとしたってのに…)

「また何か言った?」
「別に。…ホラよ、返すぜ。」

ポンと薫へと絵本を手渡した吾郎は、その題名を見たときにふと浮かんだ単純な疑問をそのまま投げかける。

「ついでに聞くけど、それってどんな話だよ。魚の顔した姫の話か?」
「…それじゃあ妖怪だろ…。っていうか、本田って『人魚姫』知らないの?」
「お前、俺が童話に詳しいと思うなよ。」
「…いばるな。」

気づけば薫は『人魚姫』の内容を吾郎に教えることとなっていた。
何だか妙なことになってしまった、と思いながらも小さい子に話すようにあらすじを説明していくのだった。

「…それで人魚姫は恋した王子に会いたくて、自分の綺麗な声と引き換えに魔女から足をもらって人間になるんだよ。」

「へえ。」
「でも、声を失ってしまった人魚姫だから、王子に気持ちを伝えられなくて………」

ふと薫は吾郎の瞳にドキリとした。そのまま語る口の動きが一瞬止まる。

“ そばにいても―――想いを伝えられない。 ”

もともと子供の頃に読んだことのある、何の変哲もない童話。懐かしい気持ちでなんとなく手に取りパラパラとめくっていただけの絵本。たわいもないおとぎ話のはずなのに、いつしか薫はむずがゆくもどかしい想いを抱いた。どんなに近くにいても、気持ちをなかなか伝えられない想いを抱えながら悩んでいるのは自分も同じで、届かない恋の痛みがひどく身近なものに感じられて切なくなるのだった。

「…そんで?」

真顔で先を促す吾郎にハッとした薫は、一呼吸置いて、そのまま哀しい物語の結末を語った。

「最後には・・・、泡になって人魚姫は海に消えちゃう。・・・それでおしまい。」

すると、今まで大人しくしていた聞き手からの感想が返ってきた。

「は?それで終わり?・・・何だそりゃ、アホくさ。」
「なっ…!」
「んなもん、何にも言わなきゃ伝わんねーのは当たり前だろうが。」
「何もそんな言い方ってないだろ!だって伝えたくても、そもそもその子は声も出ないんだし…!」

悪気はないのはわかっていても吾郎のあまりにもあっさりとした呆れた言いように、薫は何やらそのまま黙っていられない気持ちで抗議した。

「声が出ないってんなら身ぶり手ぶりとか、手紙で伝えるとか・・・、自分ができることを全部やってみたのかよ、そいつは」
「……それは……」

心なしかムキになってるようにも見える吾郎の反論に、薫は言葉につまってしまう。
絵本にそんな細かな描写は童話に書かれていなかったし、自分もそこまで考えたことはなかったのだ。そのまま黙ってしまった薫に向かって、吾郎は静かに、しかし熱のこもった声で言った。

「どうしてもやりたいことがあるってのに、自分から行動しないでどうすんだよ。」
「本田・・・」
「・・・俺だったら、絶対に諦めねえ。」

その台詞にハッとした薫は、いつの間にか吾郎がふざけているのではなく真っ直ぐな瞳で真剣に答えていることに気づいて想いをめぐらせた。

それは何度も忘れようと思ったけれど、ついに忘れることができなかった強い想い。
大事な右肩を壊し、一度は野球への夢を捨ててしまいそうなくらいだったと聞いた過去の彼。
それでも諦めず、諦めきれず、今では残った左肩を使ってピッチャーとして再度挑戦しようとしている姿を。

「・・・そっか、そうだよね。」

それは薫にとっても同じこと。これからどんなことになったとしても自分も諦められないこの気持ちを大事にしたい。悔しいけれど、それは吾郎への想いへの何よりの証明なのだった。

(あたしだって…負けるもんか!)

大切なことを忘れそうになったときにはいつも吾郎に気づかされると思った。今にも溢れそうな想いを胸に秘めながら、しかし決意をこめた瞳で薫は吾郎を見つめ頷く。目と目があった瞬間、吾郎はふっとやわらかな微笑を返す。

そしてふたりはいつもと同じ、照れ隠しのように憎まれ口で笑いあった。

「本田も、たまにはマトモなこと言うんだな?」
「バカ、俺はいつもマトモだろーが。」
「うわ、自覚がないって怖いよなー。」
「なんだと?」




おとぎ話に出てくる素敵な王子様でも、可憐なお姫様でもないけれど。ハッピーエンドを目指して進んでいく。


それぞれに思い描く、夢の結末まで。




鈍感王子と、想いを言えない姫。「人魚姫」のお話が、どこかの誰かさんぽいなーと思って書きました。
自分にしてはけっこうお気に入りの話。


ゴロカオ10題「負けないよ」【配布元・NO GAME】




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