■Replay


部活生がすべて帰った頃、ソフトボール部のキャプテンはまだ部室に残っていた。
明日の部活の準備をしていて遅くなってしまったのだ。

急がないと辺りが暗くなってしまう、早く帰ろう、そう思いながら部室の鍵を閉めた。
ふと隣を見ると野球部の部室の扉が開けっぱなしになっているのに気付いた。
解決したとはいえ。つい最近あの様な部室荒らしがあったばかりなのにいまだに不用心な野球部の部員たちに呆れながら薫はドアノブに手をかける。


「オーイ。小森いるー?誰もいないのかー?入るぞー?」


遠慮がちに中を覗くと人影が見え、薫は一瞬身を固くする。
よく見ればそこには練習ユニフォームを着替えもせずにロッカーにもたれながらそのまま眠っている人の姿がある。
それは薫が一番会いたくなかった人物、本田吾郎だった。
部室にいるはずのない人間を不思議に思った薫だったが、最近小森が「本田君が野球部に入ってくれた」ととても嬉しそうに言っていたことをすぐに思いだした。



(…軟式野球はやらないとか言ってたくせに…。ウソばっかだな、こいつは…)



未だに胸にわだかまりの消えない薫は、山根達の事件以降も吾郎とずっと絶交したままで一度も口を聞いていなかった。
主に薫の方が意識的に無視を続けているのだが、吾郎が何も気にしていない様子なのがまた気に食わなかった。



「…何、寝てんだよ。」


試しにそう呟いてみるが、今日はよっぽど練習に疲れたのか薫が近寄っても気付かず眠りこけている野球少年。
その顔がはっきり見えるように薫はしゃがみこんだ。
4年前と比べると顔立ちや体つきもずいぶんと男っぽくなっているのがわかった。
同じくらいだった背丈も今ではずっとずっと伸びていて明らかに負けている。
並んで立つと更に差がありそうで薫は何だか悔しい気がしていた。
しかし、無邪気な寝顔はあの頃とさほど変わっていないように見えて、薫はどこかホッとしている自分に気づく。



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なぁ、本田。


知らないだろ?


あの時…お前がいなくなったのを知って、あたしがどれだけ悲しかったか。


お前が帰ってきたって聞いて、あたしがどれだけ驚いたか。


目の前に現れたとき、どれだけ憎らしかったか。



…またこうやってお前と会えて、

どれだけ、あたしが――――――…









“ 野球をやってるやつなんかに ろくな人間いない。 ”


小森には悪いと思いながらも、あたしはそうまわりに公言してきた。
だからって野球が嫌いな訳じゃない。
本当に嫌いだったらリトルリーグを卒業した今、ソフト部のキャプテンなんてやっているはずがないんだ。
本当は自分でもわかってる。
あたしが、いつまでも何にこだわっているのか。


目の前にいる、この男だ。


あたしはこの想いを何度も諦めようとしたんだ。
自分の気持ちを誤魔化してでも、嘘をついてでも。
そうできれば楽になれると思ったのに…でも、結局は忘れられなかったあたしの負けだ。



“ 俺は好きなら諦めねぇ。自分が好きなもんを、そう簡単に諦めんじゃねーよ。 ”



リトルリーグの頃と変わらぬ真っ直ぐな瞳で、帰ってきたお前はそう言った。
お前があたしの4年間を知らない様に、あたしはお前の4年間を知らない。
きき腕を壊して、どんな風に、どれだけの想いを抱えてきたんだろう。
お前のことだから、きっとまた無茶してきたんじゃないのかな…。
あたしが素直になれば、あの頃の様に冗談を言いながらも励まし合える、そんな関係に戻れるんだろうか。

もしも今、目が覚めたら………思い切って伝えてみようか。


“またお前と会えて、嬉しいよ”って―――




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薫がそんなことを考えていると、目の前にいる練習着そのままの吾郎は体が冷えてきたのか、寒そうにブルッと震えた。


「…っきし!いてっ!」


突然くしゃみをした吾郎は、そのはずみでもたれていたロッカーに頭を勢いよくぶつけた。
それと同時にロッカーがガタンと揺れて上から何かがバサバサとたくさん落ちてきて床に散らばり、薫はそれのひとつに目をやった。
そこには、あられもない姿の女の子達が脳殺ポーズをとっている写真ばかりが載っているページが広げられていた。
目を覚ましてもいまだ寝惚けたままのような吾郎は、それを見てどこか間が抜けたような声色で呟いた。


「…おお?なんだ、ラッキー。棚からぼたもち。」


そんな様子を見ていた薫は怒りに肩をブルブルとふるわせている。


「…最っっっ低!!」


そう言い捨て、憤慨しながら身をひるがえす。
部室の扉がバタン!と壊れるのではないかと思うほどに大きな音をたてて閉まったのを見ても、まだぼんやりとしたままの吾郎は何が起こったのかわからないまま散らかった雑誌の散乱した部室に取り残されているのだった。

バカ!スケベ!エロ野郎!


…これだから、これだから、男なんて…!


今、思った事は全部気の迷いだ!誰が口なんか聞くか!




顔を真っ赤にし、薫はそのまま床が抜けそうな足音で部室を出ていった。


残念ながら、またしても2人の仲直りの機会は去ってしまうのだった。






三船東中学校、まだ絶交したままの頃。
吾郎の転校以来、薫は男嫌いになっていそうな気がしたのでこんな話にしてしまいました。

三船東の野球部部室にはエロ本がやたらと置いてありそうなイメージがあってこんなオチでゴメン…(やっぱり牟田か及川のものなのでしょうねぇ。)





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