■拳に込めた想い 「よっ!元気そうだな清水!」 聞いたことのない低い声が馴れ馴れしくあたしの名前を呼んだ。 目の前に現れたのは違う学校の制服を着た背の高い男で、そいつはこっちに向かって真っ直ぐにやって来る。 それは、あたしの記憶にずっとずっとしまいこんでいた、とある男の子の姿とすぐに重なった。 心が遠くに飛んでいく。本田があたしを見つけたあの頃に。 --------------------------- 『一緒に野球やろうぜ。』 その一言がすべての始まり。 忘れることなんてできない小学4年生のころ、夢のような1年間の思い出だ。 アイツはいつだって自信満々で、あたしにあまりにもたくさんのことを教えてくれた。 それは、野球の楽しさ。 それは、簡単に諦めない心。 それは…誰かを好きになる気持ち。 そしてある日突然、何も言わずにいなくなってしまった。 あたしにそんな想いだけを、残して。 --------------------------- 4年振りに再会した相手は気軽そうに声をかけてくる。 そんな様子が心の底から気に入らないと思った。 “ 反省してるからもういいだろ ”だって? まるで会わないでいた歳月なんてたいしたことないかのように、あまりにもあっさりと言ってのけた言葉が耳にこびりついた。 (ふざけんな!) あたしは捕まえられた左腕を振り払い、次の瞬間には思いきり右の拳を振り上げた。 それが相手にぶつかったときに初めて「本物だったんだ」と、あたしは妙な現実感を覚える。 「あー、スッキリした!」 自分の中の何かが一緒に砕けたような気がして、心からの言葉がこぼれる。 「でも一生口は聞かない!」 そのままひっくり返っている男に背を向けて、あたしは歩き出した。 後を追ってくる友達は慌てている。 「か、薫!」 「何?」 「な、何って!いったい誰なの、あのひと…?」 「………ろくでなし。」 そう、誰よりも憎い奴。 小森や沢村が何を言ったって一生許してなんかやるもんかと、改めて決意するあたしに向かって友達は不思議そうな声をする。 「…でも薫…何だか、凄く嬉しそう」 「…え…」 ふと廊下の窓ガラスに映った自分の顔に目をやった。 知らないうちに笑顔を浮かべていることに初めて気づく。 (違う。違う。違う。あんなヤツなんか、大っ嫌い…) 心の中で呪文のように繰り返し、自分に言い聞かせる。 アイツと目があったあのとき、ほんの一瞬だけ。 『 おかえり、本田 』 そんな言葉が浮かんでしまっただなんて… あたしは絶対に認めないからな。 薫に「ろくでなし」という台詞を言わせたいがために書いたというのは内緒… ゴロカオ10題「拳に込めた想い」【配布元・NO GAME】 |