■アイボリー


テスト期間前は部活もないので、いつもならグラウンドから聞こえる騒がしい運動部の声も今日ばかりは聞こえない。
誰もいない静かな教室の一角で薫はひとり居残りながら勉強をしていた。
集中しながら英単語を覚えているところに突然に廊下をドカドカとやかましく走る足音が聞こえてふと顔を上げる。


(誰だろ。放課後なのに、あんなに慌てて…)


その音がだんだんとこちらへと近づいてくる、と思った瞬間にガラッと勢いよく教室のドアが開く。
静寂を破った人物の方向に薫が目をやると、そこにはよく見知った顔があるのだった。


「本田じゃん。」
「あれ?ここ、お前の教室かよ。」
「何してんだよ、そんなに全速力で走って。」
「…あっ、ヤベっ!清水頼む、隠せっ!!」
「は?何なの?」


疑問を投げつける薫を無視し、吾郎は素早く教卓の陰にバタバタと隠れた。
するとその直後に数人の女の子達が追うように入ってくる。


「えーウソ見失っちゃった?どこ行っちゃったんだろ。」
「今日こそは、好きな女の子のタイプを聞こうと思ったのにー。」
「あっ!ねぇ薫。ここらへんで茂野君、見かけなかった?」
「えっ?あー…いやー、ここでは…見てないけど…」

そう尋ねられて薫は吾郎が逃げていた原因を瞬時に納得した。
とっさについた自分のあまり上手くないウソがこの子たちにバレなければいい、との祈りはどうやら通じたようだった。


「部活がないテスト前だから、チャンスだったのになー。」
「もー茂野君てば、いつもすぐどっかにいっちゃうんだから。」
「ホントホント。今日はいろいろ聞いちゃおうと思ってたのに。あーあ。」


そんなことを口々に呟きながら、彼女達はゾロゾロと教室を出ていった。
薫はそれをしっかり確認すると振り返って、今の流れを聞いていたであろう男に伝えた。


「行っちゃったぞー。」
「…サンキュ。あー、助かった…」


教卓の影に隠れていた大きな体をおこした吾郎はかくまってくれた感謝の意を伝えるも「やれやれ」といった顔をして固まった体を伸ばしていた。
その様子を見ていた薫は何やら複雑な表情をして声をかける。


「…ずいぶんな人気じゃん?」
「いやー…まいった。マジでモテすぎんのも困りもんだなぁ…」
「言ってろ。バカ。」


ぬけぬけと語る男を冷ややかにあしらったが、それは確かに悔しい事実だった。
まさか吾郎がたくさんの女子達に黄色い声援で騒がれるような対象だなんて、再会するまで薫は考えた事がなかった。
しかし聖秀では少ない男子は重宝され、たとえ十人並でもカッコイイと評されるのが常だ。
その男子生徒の中でもこの男はルックスがダントツに良いのである。
背の高い目立つ体格も相まって、まわりの女の子達が吾郎を放って置くわけがなかった。
ふと先程の彼女達が行った方に目をやった。


「…みんな、騙されてるよなぁ…」

相変わらず鈍感で、口も悪く、デリカシーに欠け、野球にしか興味のないような男なのである。
決して憧れの王子様などではないのだ。
もちろん、薫にとって誰よりも特別な人物であることには変わりはないのだけれど。

「オイコラ、聞きずてならねーなぁ。誰が騙してるって?」


ポツリと呟いたはずの先ほどの薫の独り言はシッカリ聞こえていたようで吾郎は不服の言葉をもらし、聞かれていたことに気づかなかった薫は肩をすくめた。


「だって、こんなどーしようもない奴に、女の子たちみんなが目をキラッキラさせてるなんてさ。おかしいと思うのが普通だろ?」


自分の秘めた想いを気づかれたくない薫は口悪くこう返した。
きっと相手もいつもの軽口で応酬してくるものだと思ったのだ。
しかし吾郎は何故か急に押し黙りこちらを見つめるだけで、ふたりの間にはしばらく不思議な沈黙が続いた。
窓には夕陽が沈みそうになる景色の中、綺麗な空と同じオレンジ色が部屋いっぱいに広がっている。



(…本田…?)



静かな教室にふたりきり。
薫にはこの状態での吾郎からの視線が辛く感じてきた。
だんだんと自分の心臓の音が少しずつ大きくなり、ずっと隠している気持ちが相手にみすかされるような気さえがする。
薫のじりじりとした焦りと緊張がピークに達したとき、吾郎が突然口を開いた。


「…あのな、清水。俺、お前に伝えたいことがあんだよ。」
「え…」


窓からさしこむ西日が眩しくて薫からは相手の表情がよく見えない。
そのまま逆行の光の中で吾郎はそのまま言葉を続けていた。


「…実は昔からずっと、お前のことが…」
「へっ!?」


1歩1歩ゆっくりと近づいてくる吾郎に薫は思わず声を裏返らせている。


「だっ…だって、そんな、本田…ちょっと待っ…!」


夕日のせいだけではなく突然の告白に薫の顔はゆでだこのように赤くなる。
思考の混乱が頂点に達しそうになった薫の肩をついに目の前に来た吾郎の両手がガシッと捕まえたその瞬間である。



「……なーんてなー♪」



薫の目の前には、いつもの様に人をくったような笑みがあった。



「……………は?」


目を点にしてそのまま石のように固まった薫を心底面白そうに見ている。


「冗談だよ、バーカ。自分で言ったくせにしっかり騙されてんじゃねーよ。いやー、清水さんもどうやら俺の魅力には負けちゃったかあ?」


意地の悪い笑顔で、ははは、と笑う吾郎の憎たらしさに薫はクラクラと眩暈がした。
そんな冗談は自分にはまったくシャレにならないというのに、人の気持ちも知らないでこんなガキっぽい真似をするとは。


「本田…」


ゆらりと顔をあげた薫はうつ向きながら吾郎を呼ぶ。


「あ?」


吾郎と目があった清水はニッコリとした笑顔を向けた。
彼女の右手は握り拳を作っている。
それを目の前の男めがけて、思いっきり振り上げて叫んだ。


「…いっぺん死ねっ!!!」


放課後の教室に大きな打撃音が響きわたり、同時に1人の男の断末魔の叫びが聞こえた。

あいかわらず、カップルと呼ぶには程遠いふたり。
単なる幼馴染みの関係はまだまだしばらく続きそうである。






キリ番・9000 真妃様リクエストありがとうございました!

“強気な吾郎に振り回されて慌てふためく薫”という素敵リクエストを頂いて、時期の指定がありませんでしたので勝手に聖秀時代を書きました。

日常はこんな感じかなぁと言う勝手な願望で書いてる私はめちゃくちゃ楽しかったんですがラブラブな雰囲気を期待してたら申し訳ない。個人的に恋人未満の痴話ゲンカばっかしてる姿が一番好きなんです。




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