■夏の日、残像


「いくよーっ、清水さん!」


カキィン!


掛け声と共に小森が打ったボールが空へ向かって高く高くのぼっていく。
その白球を追いかけて、薫は必死に走った。


「清水ーっ、左だ!左行け!」
「ボールから目を離すなよ!」
「落ち着いて!」


3人の少年達の声援の中、白い点が薫に向かって落ちてくる。
それから決して目を逸らさないようにグローブを構えて腕を上げた。
それがふいに視界から消えた瞬間に左手からスパン、と心地よい音が聞こえる。

「…あ…」

自分のグローブには、さっきまで空を飛んでいた白球がすっぽりと収まっている。

「…と、捕れた…自分で!あたし捕れたぁっ!やったあ!取れた!!」

同じ言葉を何度も繰り返しながら心から嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる薫。
その姿にチームメイト達からの祝福の声が届いた。


「ナイス、清水!」
「おお!一人で捕れたじゃねーか!」
「やったね、清水さん!」
「みんな、ありがとう!」


チームメイトに満面の笑顔を浮かべながら、この瞬間が何より大好きで自分は野球を続けていたんだと薫は思い出していた。
誰に何を言われても、この想いだけは嘘じゃないと胸を張って言えるものだった。
そして薫につられて吾郎も優しげに微笑んでいる。
自分の大好きな野球を大事な友達が好きでいてくれることが本当に嬉しいのだった。


「よし!今度は俺が打ってやるから、今の感じ忘れんなよ清水!」
「おう任しとけ!よし来い、本田ぁ!」


そう言ってふたりはいつものように明るい声で練習を再開するのだった。
一緒に練習に付き合っていた沢村と小森は安心したような顔をして、ふたりに聞こえないような小声でささやきあう。


「…ったく。ホンットに世話が焼けるよな、あいつら。」
「ふふっ、そうだね。でも清水さんが野球やめないでくれて良かった。さすが本田君だよね。」


そんな事を言いながら先ほどまで意地を張り合っていた無器用なふたりを見つめていた。




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日も暮れて球が見えなくなったこともあり、特訓はこれまでにしようと4人が帰り支度をしていると、ふと薫が疑問をもらした。


「なぁ本田。さっきからずっと気になってたんだけど…何でお前、上履きなんだ?」
「上履き?…げっ、マジだ!」


吾郎は今初めて足元に注意を向けた。学校の上履きを履いている自分の足裏を交互に確認するとグラウンドの土だらけになってしまったことにもやっと気づいた。


(あー…こんな汚れまくって…、こりゃ、かーさんに怒鳴られるな…。)


吾郎がそんなことを思っているところにからかう口調の沢村の声がする。


「オイオイ、清水〜。それを聞くのはヤボってもんだぜ?」
「えっ」
「こいつ靴も履き替えねぇままスッゲー勢いでお前を止めに来たんだからな。」
事情を聞いた薫は“本当?”とでも言うように、吾郎の顔を覗きこんだ。


「……っ!」


その彼は何も答えないが、そのかわりにあからさまに赤くなった顔を瞬時にそむけた。
それにつられた薫までもが赤くなっているとその様子を見逃す訳がない沢村は更にすかさず一言つけくわえる。


「こりゃ“ラブラブファイヤー・再び”ってとこかぁ?」
「なんだそりゃ!」
「照れんな、照れんな。違わねーだろ?ずーっと仲良くお手々つないじゃって。」
「あっ、あれは、特訓で…!」
「もー沢村君てば。からかうのやめなよ。」


ふたりの間に入った小森が軽くたしなめる。
瞬くまに騒ぎ始める3人の少年達を楽しそうに見つめる笑顔の少女は、この居心地の良い場所を心から愛しく感じていた。


(本田と、小森に沢村やドルフィンズのみんなと、いつまでも一緒に野球ができたらいいな…。)


薫はそんなことを思い、いつまでもそれが続くのだと信じて疑わなかった。


それはあまりにも甘くて、儚い、幼い願い。


少女はまだそのことには気づかず、幸せなひとときのなかにいたのだった。






キリ番・6000で“吾郎と薫に色々とチョコマカする沢村と小森”というとっても可愛いリクエストを頂きました。
ありがとうございました!こちらはどうぞ、嶺南様へ…

中学時代とも迷ったのですがリトル時代の大好きなエピソード「青い空に白い点!」を使いました。
上履きで飛び出す吾郎をコミックスで確認するたび、絶対後で沢村にからかわれただろうとニヤニヤします。





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