2月14日・バレンタインデー。
女の子が好きな人にチョコの贈り物を持って告白をする日。


(あたしには、まったく縁がない行事だよな…。)


そんな風にずっと思っていた。








■男の子と女の子









「薫って、茂野君と仲良いよね。」
「ホントホント、いいなぁ。」
「うん、羨ましいよ〜。」


本田はあたしが考えていた以上にまわりの女の子に人気があるみたいで、友達からそんな風に言われる事がある。
でも、あたしはそんな風に羨ましがられるのがなんとなく苦手で、いつもそれに苦笑いを浮かべて首をすくめることしかできなかった。

“幼馴染み”

それは、確かに近い存在なのかもしれない。
女扱いされてない故か、他愛もない会話や気楽な冗談を言い合えて、側にいることができる。
でも、だからこそ伝えられないことがあるんだ。
いつだって野球に夢中な本田にとってのあたしは常に“ただの”幼馴染み。
ずっとずっと、この想いを伝えられないままなんだ。

“ わたしは  あなたが  すきです ”

恋をする誰もが相手に伝えたいその気持ち、そんなたった一言すら言えないでいる。
想いを告げることができる強さが自分の中にはまだ見つけられず、密かにあたしはみんなが羨ましかった。
好きなひとに素直に「好き」と言える女の子であるみんなが。
あたしには、この本田との気安い関係が壊れることの方が怖く思えたから。

(もしもあたしが幼馴染みじゃなくて、あいつに憧れている他の女の子のひとりだったら…)

ふとそんなことを思いついた。
バレンタインに何かをするなんて今まで考えもしなかったけど、思い切ってあたしは今年はチョコを作って学校に持っていった。
慣れない手作り作業に悪戦苦闘する姿を大河に見つかって、ひやかし混じりに追求されしまったし、自分でもちょっとむずがゆく、気恥ずかしい感じがして落ち着かなかったけど。
でも、なんとなく心のなかにあったかい気分がひろがって、毎年みんながバレンタインにはしゃぐ気分がわかった気がしたんだ。



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バレンタイン当日、薫にとって一番の問題はこれをどう渡すべきかということであった。
チョコレートはラッピングまでして学校へ持ってきているというのに、この期に及んで渡す決心も固まらないままに一日はみるみるすぎていき、クラスの違う吾郎には会えないまま放課後になり、気づけばとっくに下校時刻になってしまった。

(あーあ、やっぱり無駄になっちゃったかなあ…)

チョコの入った箱を持ち帰りながら歩いていると、ふと目の前を歩く背の高い人間に気づいた。
その目当ての人物を見つけ、薫は少し緊張しながら声をかけた。

「よ、よう本田。今帰りか?」
「おー、清水じゃねーか。」
「って、それは…」

薫が目の当たりにしたのは、吾郎の持つカバンからもはみ出て見える、ラッピングの箱の数々。
何かと目立つ存在である吾郎は流石というか、本日たくさんのチョコをもらっていたようだった。
ただ、直接受け取ったというよりも「知らないうちに自分の机やカバンにいつの間にか入っていた」との本人談である。
薫は複雑な気分でどんな顔をしたらいいかわからず、自分のチョコはそっと後ろに隠しつつこう告げるのがせいいっぱいであった。

「豊作だな、お前…」
「あのな、野菜じゃねーんだからよ。」

言われた吾郎は苦笑いをしながら頭をガリガリかいている。

「まあ悪い気はしねぇけど…ハッキリ言って、こういうの面倒臭えな、俺は。」
「…ふーん、そう。」

吾郎のその言葉にどこか少し安心した薫だが、相手にいきなりそう言われてしまい手の中の品を渡すタイミングを完全に失ってしまった。
その複雑そうな女の子の様子に気づくはずもない相手は、ふとからかいがちに問いかける。

「そういや、お前はチョコやらねーのかよ。まあ中身はともかく、性別上は女だろ?」
「なっ、何だよそれ、性別上って」

いつもの軽口に薫がつっかかると、笑いながら身をかわして逃げる吾郎。
相変わらず鈍感な想い人が恨めしく思えて、吾郎が背を向けた瞬間に薫はなかば無意識で独り言のように小さく溢していた。

「…あげたかった人くらい、いるよ…」
「あ?マジかよ?」

薫はしまった、と思うがもう遅い。
呟いたその声は相手にしっかり届いてしまったようだった。
吾郎は驚いた顔をこちらに向けてそのまま尋ねた。

「誰だよ?その、あげたかった人って。」
「…だ、誰って、それは…」

顔がみるみる紅潮していく薫。
今更問われて「お前だよ」とさらりと言えるほど、素直な性格はしていないのである。
あわててごまかすように怒ったような顔で伝えた。

「いっ、いーだろ、誰だって!お前に関係ねーだろ!」

意地っ張りはそんな言葉を吐きながら赤くなり、まっすぐ見つめてくる瞳から必死に目をそらした。
対してその姿に吾郎は、自分の心臓がチクリと痛むような気がしていた。

(…何だ、これ?)

いつものやりとり、見慣れたはずの幼馴染みが今日はいつもと違う顔を覗かせる。
どこの誰だか知らない、想う相手がいるというのである。
吾郎は何故だか自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを不思議に思った。
理由はわからないけれど、見慣れない表情をする目の前の薫を見ていることがなぜか面白くなかった。
まったく原因不明の苛立ちに吾郎は、心に黒い絵の具を落としたような気分が広がっていくのを感じる。
口にした言葉は少しとげのある言い方だった。

「…そりゃあ、賢明だよな。お前なんかが誰かにチョコなんて、天変地異だぜ。」

薫は言われた吾郎の言葉にカッとなった。
背中に隠し持っていたチョコレートの箱をそのまま投げつけ、それはバシンと吾郎の胸にぶつかり、中身がそのまま地面にばら撒かれた。
「何すんだ」と吾郎が言いかけた時、薫が今にも泣きそうな様子をしていることにハッとする。

「悪いかよ!…そりゃあたしだって、ガラじゃないってわかってるよ。でも、あたしだって、あたしだってねぇ…!」

切なげな声を出す薫に自分の言葉が相手を傷つけたことに吾郎も気づいた。
そしてそのまま何も言わず、落ちたチョコレートを拾い集める。
そしてそのひとつを自分の口に放り入れてパクリと食べた。
これには今度は薫が驚いた顔を覗かせる。

「…バカだよな、そいつも」

そう言って吾郎は薫を見た。

「…え?」
「こんな貴重なモン、貰い損ねてよ。手作りか?意外とうまいんだな、お前。」

そんなことを言ってのける吾郎に薫は拍子抜けした。
脱力して「こいつはいったいどこまで鈍感なんだろう」と思いながらも、落ちたチョコをためらわず食べてくれたことには笑みが込み上げた。
どこまでも不器用な彼なりの謝罪の気持ちなんだろうと感じたのだった。

「…確かに、バカだな…大バカだよ、そいつ…」

微笑の薫の様子を確認して、安心した吾郎もつられて微笑んだ。

自分たちは“幼馴染み”だ。
どんなに月日がたっても、いつまでも変わらず続く繋がりであってほしいと感じる気持ち。
それは、どんなカタチであっても変わらぬ絆。
それぞれに、胸の奥に少しの痛みを覚えながら。
お互いに相手の自分へ想いには未だ気づかないまま、幼い二人の季節は過ぎていくのだった。





キリ番・35000で『バレンタインで薫が吾郎にチョコかなにかを渡そうとするけどなかなか渡せなくて…』というリクエストを頂きました。ありがとうございました!

前にも書きましたがやっぱいいですよねーバレンタインネタは!原作で見たかったなーもう!大河は名前だけ出てきますが、自分の中では前に書いた「家族の風景」の続き別バージョンというイメージです。

私がしつこく主張したいのは、吾薫は10年前からずっと両思いだったと思うんですよ。無意識ヤキモチ吾郎ですが、自覚がないからタチが悪い気が…(笑)お互い気づかないだけの、すれ違いカップルはツボです!
お待たせした上に言い訳しだしたら止まらなくなるのですが、こちらはどうぞ壱様へ。





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