■愛の病


『あなたは私のことを本当に好き?』


それは怖くて聞けないあたしの想い。
惚れた弱みはときには残酷なほどに不安な気持ちにさせる。
本田はいつもあたしよりずっと余裕な気がして、付き合いだしてからも片想いのままの様な気持ちが消えてくれない。
例え肌を重ねていたとしても、これはどうしてなのだろう。

(今夜だってそうだ。)

お互いに上り詰めた後の乱れた息を整えながら、あたしはそのまま本田の肩越しに天井を見ていた。
本田に強く強く抱きしめてもらえるときには無我夢中で余計なことを考える余裕なんてないのだけれど、終わった後にはどうしても離れていってしまう相手の体に自分とはまったく別のものなんだという切なさを思い知らされる。

「本田…」
「…どうした、清水?」

熱っぽく横たわる私を抱きながら本田が顔を上げた。
気づけば感極まって少し泣いていたあたしの顔を心配そうな顔で覗き込んでいる。

「名前、呼んで。お願い…」

もっと確かめたい。本田があたしを求めていることを。
快楽を得る悦びのためだけではなく、他の誰の代わりでもない、あたし自身を必要としていることを感じたかった。

(本田には、あたしよりもずっと大事なものがあるから…)

野球に妬いたりしているわけじゃない。
今も昔も本田が夢に向かって戦っているところが眩しくて、そんな姿にあたしは恋したんだ。
ただ、あたしは今でも夢にみてしまう。


―――本田が、またいつかあたしを置いていって、いなくなっちゃったらどうしよう…―――


もう二度と本田に会うことができないんだと何度も何度も悪夢をみた。
小学生の頃に経験した、胸が潰れてしまうほどに苦しく悲しかったあの気持ち。
あんな想いをするのは、もう嫌だった。
つながってしまったがゆえに、昔よりも今の方がそれが耐え難い辛さに感じてしまう。
だから今だけでも安心させて欲しかった。

(例えそれが、この体をつなぐ一瞬のことだけの事でもいいから…)

言葉の真意がわからないのであろう困惑している本田に、あたしから乞うような口づけをすれば、熱い吐息混じりの低い声が静かに聞こえた。

「薫…」

そして、あたしの願いに応えるように何度も私を呼ぶ愛しい響き。
嬉しくて、でも切なくて、苦しくて、涙が出る。

「吾郎…っ」

本当は叫びたい気持ちを必死にこらえると、その代わりに瞳から涙がこぼれた。


―――もうあたしを置いて行かないで。


好き。大好き。愛してるの。―――――



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ベッドの中で同じ毛布にくるまりながら、本田がポツリと口を開いた。

「俺は…彼氏らしいことはしてやれてねぇな…」

独り言の様なその呟きに普段とは違う雰囲気を感じて、あたしはなるべく普段通りに振る舞おうと努めた。

「わかってるよ。そんなバカ野郎に、あたしが勝手についてくって決めたんだから。」

すると、少し笑いながら本田は言った。

「“そんなバカ野郎”についてくる、お前も相当なバカだよな。」
「……そうだね。」
「俺がこんなだから、それで…お前はいつも不安なんだろ?」

その言葉を聞いて驚いた。
あたしの抱いていた不安を本田が気付いていたなんて思わなかったから。

「“もうどこにも行かない”って言うのは簡単だよ。…でもな。」
「…うん…」
「無責任に言葉を言いたくねえし、俺はお前に嘘をつきたくねえんだ。悪い…」

謝らないで、と言いかけた私を制して本田はそのまま言葉を続けた。

「お前に、ひとつだけわかってて欲しいんだ。戻ってくる場所にいたのはいつも、お前だったってこと。」
「本田…」
「…この意味、わかんだろ?」

本田はものすごく照れていたけど、ちゃんとあたしの目を見て言ってくれた。
その真っ直ぐな瞳に映る自分の姿を見つけられたことが嬉しくて嬉しくて、また涙が溢れた。
でも今度は今までで一番幸せな涙。
歪んで、意地を張って、なかなか素直になれなかったあたしの10年分の気持ちは、ちゃんと本田に届いてたんだ。
もうきっとあの夢はみない、本田がどこへ行ったとしても。

(“俺の帰る場所はお前のところなんだ”と、本田は言ってくれたんだから…)


笑顔から溢れた私の涙は本田の指に拭われながら消えていく。
そのまま私達はゆっくりと眠りについた。

幸せな恋人達の重なった寝息がいつまでもいつまでも、この静かな夜に響いていた。








吾郎に「薫」と呼ばせてみたくて書いたら暗くなりすぎました。なぜだ…

小学生時代にあんなことあったから、薫は吾郎に置いてかれるのは軽くないトラウマなんだろうなと思います。
家庭環境も複雑で風来坊な吾郎にとって帰ってくる居場所というのは何より大事で、それが薫のいるところだといいなという願望です。

事後のイメージですが、齢制限必要なのでしょうか…?




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