■やさしい気持ち 公園で寿也と別れたふたりは駅に向かいながら、のんびりと歩いていた。 「それにしても、久しぶりに直接会ったけどやっぱり寿君カッコいいねー。」 薫のその何気ない発言にぴくりと吾郎の眉が動いた。 その様子に気づかず薫はそのまま彼の親友兼ライバルについて語り出す。 「今や巨仁の花形選手で、新人王で、実力も人気もNO.1だもんね。今日のこと、友達に自慢しちゃお。」 もちろん薫からすれば全く他意も悪気もないのだが、他の男を誉めまくる彼女の姿というのは彼氏からすれば面白いものではない。 特にこの大人気ない性格の単純な男にとってはなおさらで、あきらかに不機嫌な声色で吾郎は答える。 「…はしゃぎやがって、うるせーな。だったら次は寿と2人で行ってこいよ。俺から頼んでやろーか?ミーハー女が『デートして下さい』って言ってるぜ、って。」 「はあ?」 突然つっかかってくる吾郎に薫は困惑する。 明らかに棘のある言い草に、つい言い返したのはこんな台詞であった。 「何だよ本田。妬いてんの?」 薫にとってはいつも通りの調子で、何気なく言った冗談のつもりの言葉だった。 “自惚れんじゃねぇよ” てっきり、すぐにでもそんな言葉が返ってくると思ってたのに、ぶつくさ言っていた相手は急に黙りこくる。 必ず言い返してくるであろう負けず嫌いな男からの無反応を不思議に思って振り向くと、吾郎はは見たこともないくらい赤い顔をしていた。 それは明らかに誰が見ても図星を指されて二の句がつげない表情だ。 「えっ…?」 相手の思わぬ反応に薫は驚きの声をもらす。 吾郎はとっさに“しまった”と言いたげな顔をし、もの凄い勢いで誤魔化そうとする。 「だっ…誰が…!勘違いすんじゃねーよ!」 しかし、たった今あんな顔を見せられて、しかもそんな慌てた態度で否定されて、今更何を言おうと説得力は皆無であろう。 薫の顔はみるみると吾郎以上に赤くなった。 まさかあの吾郎が、しかも自分にヤキモチを妬いてくれることがあるだなんて嘘みたいだと思った。 (……どうしよう…嬉しい……) 薫は自分の手をのばし、吾郎の大きな手に素直な気持ちのままそっと触れた。 「…本田、行こ。」 優しい微笑みを溢しながら、愛しい相手の手を握る。 「…るせーな、指図すんな。」 つないだ手から伝わる優しい感情。 吾郎は目をそらしたままぶっきらぼうに言い捨てながらも彼女の小さな掌を握り返した。 そして自分からその手を引っ張っていく。 「何だよ、嬉しいくせに。素直じゃねーなぁ。」 「お前だろが、それは。」 「バーカ。」 「うるせぇ。バカ。」 照れ隠しにお互いを罵り合いながら手を繋ぎ、並んで歩くふたり。 その姿はまだぎこちなく歩みもゆっくりだけれど、でもそれなりに恋人らしくなっている。 (ロマンチックな雰囲気には程遠いけど、あたし達らしくていいかな…) そんな事を思いながら、薫は好きな人の隣にいられるというこの上もない幸せをかみしめているのだった。 あからさまに妬く吾郎と、それに気づいて嬉しがる薫が書きたかったんですが明らかにバカップル化してます。 どこ行くんだあんたら、みたいな(笑)(寿君にしてみりゃ、『勝手にやってろ』って話ですな、これ。) 54巻で、吾郎と寿君がキャッチボールした後の隙間。この後にイブデートに誘うシーンへ…、みたいなイメージです。 |