■心空


朝の空港は人が多く、様々な国の人々が慌ただしく行き来していた。
出張のビジネスマン。家族連れの観光客。再会を喜ぶ恋人同士。
そしてここに一組、別れを惜しむ日本人カップルが見送りの挨拶をしているのだった。

「昨日はいろいろと大変だっただろうし、疲れてるんじゃないか本田?」
「まあな。それなのに見送り来るなんて、俺ほど優しい彼氏はいねーってことだよな。」
「今、何か言いました?まったく聞こえませんでしたけど?」
「コラ、清水。素直に感謝くれーしろよ。」

相変わらずいつものようなやりとりを続けるふたり。
日本とアメリカでの遠距離恋愛なので、しばらくはこんな言い合いすらも出来なくなってしまうのはわかってはいるのだが、しんみりした空気は自分達に似合わないし最後まで笑顔でいようと口に出すでもなくお互いにそう思っていた。
そんな恋人同士にも飛行機の時間が迫ってくると流石に寂しげな空気が漂う。

「…じゃあ、あたし…もうそろそろ行かなくちゃ。」
「おお、そうだな…」
「最後になっちゃったけど、優勝おめでとう…本田。日本代表のクローザー、本当にご苦労様でした!」

満面の笑みで薫はお祝いの言葉を伝え、それに吾郎も笑顔で応えた。

「ああ。お前もわざわざ日本から応援に来てくれて、あんがとな、清水。」

名残惜しそうにお互いを見つめあうふたりだったが、次いで吾郎が何かを期待する瞳を向けて口を開いた。

「………で?」
「『で?』…って何だよ。」
「しらばっくれんなよ。俺が欲しいごほうび、言っといたはずだよなぁ。清水さん?」
「…え…」

それは昨日の朝の話で、アメリカ戦前にホテルに会いに来てくれた吾郎の台詞だった。


―――俺が投げて勝利に貢献したら、ごほうびにお別れのチューくらいしてくれよ。―――


気づけば、まさにそれはたった今の状況で、思い出した薫は焦りで動揺が隠せない。

「いっ、いや、その」
「テメー、忘れたとは言わせねーぞ。」
「う…、だって、あれは…」
「ひとつ言っとくけど、頬とか額ってのは無しだぞ。わかってんな?」

詰め寄ってくる吾郎の要求に薫は呆れつつも困惑する。
相手は自分にとっては彼氏だが、世間的にはちょっとした有名人なのである。
誰が見ているかわからないのに、こんな人のごった返した空港で女の子の方から初めてのキスをさせようとするとはいろいろハードルが高すぎるように思った。
薫としてはロマンチックな雰囲気を夢見るとはいかずとも、せめてもっと静かな場所でという希望があったが今はそんな事を考えている場合ではない。

「あのね。そもそも、あたしは『する』なんて言ってないし!第一、賭けの材料みたいにそんなこと…」

理由をつけて逃げようとする薫に吾郎は切実な思いをこめて言った。

「あのなあ、これから俺ら半年も会えねえんだぞ!?それくらいバチあたんねーだろ!?」

本当はそれ以上の事だって許されていいはずだ、と彼氏として彼女に思いきり主張したいところであったが、とりあえず今はその野望は告げずに腹に収めておく。
その吾郎の必死の勢いに気圧される薫も確かにこのまま帰るのは自分だってもの凄く寂しい。
これから半年もの長い間は直接顔を見ることもできないのである。
羞恥心より、別れの寂しさが勝ったことを感じ、薫はついに意を決し緊張しながらも真っ直ぐに吾郎を見つめた。

「…わ、わかったから…本田。目つぶって…」

嬉しげにその言葉をおとなしく聞きいれ言われるままにする、餌を待つ雛鳥に似た様子の吾郎。
そして薫は相手の服の袖を掴み、背伸びをしながら思いきって口づける。

その箇所は、吾郎の唇――――――ではなく、そのもっと下にある首筋であった。

「……なっ!」

それは本当に触れるだけの一瞬のことだったが、てっきり来ると思っていた箇所と違うところに感じた、あまりにも柔らかい感触で、吾郎は驚いてどもりながら声を発する。

「お…おまっ…バカ、ど、どこに…っ…!」

赤い顔をした薫は必死に反論する。

「ぜ、贅沢言うなよ!こんな人がいっぱいいるとこで直接口にできるわけないじゃん!恥ずかしい…!」

それが贅沢云々ではなく、ある意味そこが唇以上に恥ずかしい箇所ともとられるという事にオコサマな彼女はまったく気付いていなかった。

(…こいつ、天然かよ…?こんなの反則だろうが…。)

結果的に帰したくないという気持ちがますます強まってしまったことに吾郎は後悔の念が募ったが、時間というものはひたすらに無情だった。

「あっ、もう行かなきゃ!たまにでいいから、お前からも連絡しろよ?金髪美人と浮気なんかするんじゃねーぞ本田っ!」

立て続けに慌ただしくそう言いながら、薫は手を振りながら搭乗口へ向かっていく。
はにかんだ笑顔で最後に一言付け加えて。

「…続きは、またな。」

そして空港にひとり残された吾郎は呆然としている。
呆けた頭の中では何だか嵐が去ったような気分でもあったが、こんな生殺し状態で半年もほったらかしだとはなんという憎らしさだろう。

「…ったく、あんにゃろう…。最後の最後にとんでもねぇことしていきやがって…。」

誰に言うでもなくひとりごちた。
彼女が口づけて熱をもったような箇所、自分の首筋を手で押さえる。

(…離れるのは、俺だって辛いってこと…本当にわかってんのか、あいつは…。)

空港の窓を見上げながらそんな事を思う。
心は既に空をこえ、半年後の日本に思いをはせていたのだった。







もしもW杯で日本が優勝してたら…なパラレルでの妄想。

一緒にいるはずの美穂ちゃんはできた子なので、気をきかせて席を外したんだろうということで出しませんでした。

これを書いた頃は原作で初キスまだでしたので、おそらく鬱憤が溜まっていたと思われます(笑)
首筋のキスの意味は「執着」でしたっけ?
どこにチューさせようか迷った末に余計恥ずかしいことになりました…。




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