■supernova どこかから何度も自分を呼ぶ声がするが視界の悪さで前がよく見えない。 「誰だ…?」 辺りを見渡しながら、その声の主を探す。 霧がかかったような不確かな景色の中、ぼんやりと聞こえる声だけを頼りに進んでいった。 「…本田!」 突如、吾郎の前に現れた少女はふんわりとしたショートカットの髪を揺らしながら声をかけてきた。 あまりにも見慣れた相手の姿に吾郎は拍子抜けしてしまった。 「…何だ。清水かよ。」 「『何だ』ってなんだよ。こんな可愛い子が声をかけてきてるんだから、少しは喜べよな。」 「はっ、よく言うぜ。どこに可愛い女がいるんだよ。俺には見当たらねーなあ。」 「よし、今すぐ眼科行って視力測ってこい!そのままじゃ人生損してるからな。」 「バーカ。お前こそ、病院で頭見てもらえ。」 いつも通り、挨拶代わりの会話を始める2人。まわりから見れば、じゃれあう子犬の様な他愛もないものだった。 こんなやりとりを続けながら、ふと吾郎は今まで幾度となく言われてきたあることを思い出していた。 -------------------------- “茂野君、清水さんと付き合ってるの?” それこそ聖秀にいる頃は、うんざりする程に聞かれてきたように思う。 何で世間は、男女をこうもくっつけたがるのか。 問いかけられればもちろん“違う”と答え、それに勢いづいた相手の女の子にそのまま告白されたことも無かった訳ではない。 だが、いつもその気になることはなかった。 別に女に興味がない訳じゃない。むしろ健全な男子らしく多いに関心はあるつもりだ。 しかし“特定の誰か”が相手となる恋愛になると話は別だ。 付き合って束縛されるなんてまっぴらだし、女の機嫌をとるなんて器用な真似は俺には絶対できそうにない。 (女って面倒くせえ。) そのように思っていたので、学生時代は恋愛話からは逃げるようにするのが常であまり関わったことはなかったように思う。 だが、隣にいるこの幼馴染み。 男っぽいところはあるものの、確かにこいつも立派に女であるはずなのに気付けばいつもそばにいる。 “2人はどういう関係なの?” なんて聞かれたこともあった。…知るか。こっちが聞きてえよ。 いったいこいつは、俺のなんなんだろう。 小学校からの幼馴染み。 唯一の女友達。 いつまでも切れない腐れ縁。 ガキの頃からの同志。 …もうこれは、身内と言ってもいいのかもしれない。 こんな今のままの関係が居心地良いんだ。それをあえて壊すこともないだろう。 いつまでも俺らは憎まれ口を叩きながら、こんな風に変わらず過ごしているんだろう。 -------------------------- 突然、目の前にいる薫の浮かべていた笑みが消えていくのがわかった。 何か想いつめた様な薫の様子に辺りの空気が変わったのを感じて、吾郎は不思議に思って軽口を止め尋ねる。 「…どうした、清水?」 すると薫は自分に向かって静かに、だがはっきりと告げた。 「…さよなら、本田。」 その大きな瞳の持ち主は今にもそこから大粒の涙を溢しそうな程に悲しげな顔を浮かべ、こちらに背を向けて歩き出した。 目の前の幼馴染みから告げられる別れの言葉があまりにも突然で、訳がわからず、信じられないままに問いかける。 「…な、何言ってんだよ、お前…。冗談だろ…?」 しかし相手にはその声が届かないのか、何も答えないままこちらを振り返らずにどんどん遠ざかっていく。 「オイ…!どこ行くんだよ!なぁ!?」 声だけが虚しく響く中、さらに小さくなる彼女の姿。 ひきとめようと思うのに、何故だか足が固定された様に動かない。 「待てよ清水!オイ、待ってくれ!清水…っ!」 その後ろ姿を見つめ、このまま二度と会えない様な予感がして、吾郎は渾身の声で叫んでいた。 -------------------------- 目を開けると、見慣れた色合いの天井が目に映る。 いったい俺は何処にいるんだ…と一瞬混乱してしまったが、ここは実家の自分の部屋。 自らのベッドの上に自分は寝ていたのだ。 シーツも寝巻きも驚く程に寝汗をかいている。 (今のは…夢、か…?) それに気づき心からホッとしながらも、まだ胸の動悸が激しく嫌な胸騒ぎは治まらない。 無意識に吾郎の腕は宙を抱く。 その自分の空っぽの掌があまりにも寂しくて、切なくて、胸が痛い程かきむしられた。 (何だ…これ。) 頭の中には疑問符ばかりが浮かんでくる。 昔ひとりの女の子に憧れていたときもあったが、それでもこんな気持ちは知らない。 そばにいるのが当たり前すぎた清水を今までこんなに意識したことなんてなかった。…それなのに。 昨日、気づかされたあいつの今までの気持ち。 清水が今まで何も言わないのを良いことに、俺はこれまでずいぶんと甘えていたのかもしれない。 いつも聞こえる元気な声、あの明るい笑顔を見ると、どんなときも安心できる自分がいることをどこかでわかっている。 自分はそれに何度も助けられてきたんだ。 (声が聞きたい。笑顔が見たい。) 今すぐあいつに無償に会いたくてたまらなくなって、気づけば俺は部屋の電話を片手にダイヤルを押していた。 今すぐに確かめて、あの夢がただの幻想だと信じたかった。 そして何より俺は清水に伝えなきゃいけない事があるんだ。 (…鈍い俺も、自分の気持ちに気付いちまった。) もしまだ間に合うのなら、どうか届いて欲しいと願うのは身勝手だろうか。 吾郎は無機質な電話のコール音を聞きながら、マウンドの上とは違う気分の高まりを感じていた。 (どちらにしても俺らは、“ただの幼馴染み”には戻れねぇな…。) そして、コール音が切れ、相手に繋がった音がする。 「…清水か?」 吾郎が口を開くと同時に、部屋の時計が新しい時刻を告げた。 まるでこれからの2人の関係を暗示するかのように。 イメージは54巻「二人の温度差」と「10年目の告白」の間あたり。 吾郎にとって多分1番のNGワード「さよなら」を薫に言わせてみたくて書きました。(夢オチだからできることですね) 大切なものはいなくなってから初めてわかる、みたいな感じで薫への気持ちに気付いたのではないかと。 追えば逃げ、去れば捕まえる…天邪鬼ですねえ、この男は。 ・恋心の覚醒・別バージョンSSを書きました。このページ内に隠してあります。 ※性描写ありますので、閲覧注意お願いします。 http://nanos.jp/matujuan/page/80/ ↑URLはこちらです。野球小僧が幼馴染みをオカズにひとりでする話 ・たいした表現ないですが、何でもオッケーという方は自己責任で宜しくお願いします。 |