■九回二死満塁サヨナラの場面


「清水、ひとつ聞いときてーんだけどよ」

辺りはすでに夕暮れの時刻。ふたりが背にした海岸は夕焼けに赤く輝いている。

「お前いつから、俺のこと好きだったんだよ。」
「えっ」

尋ねられた薫の頬は空や海と同じように染まっていく。もちろんそれは夕日に照らされていることと原因が違うもので、からかうように意地悪く吾郎は相手の顔を覗き込んだ。

「ん?今更なに照れてんだよ。」
「う、うるさいなっ。そんなこと、わざわざ聞かなくても…」
「おいコラ、俺だけに言わせる気かよ。ずりーだろうが。ちゃんと教えろよ、お前も。」
「だ…だから、それは…」
「それは?」

球種と同じような真っ直ぐな視線で吾郎に見つめられ、薫は心臓の音がどんどん大きくなっていく。今までは吾郎の隣にいることで溢れ出しそうな想いを隠すことに必死だった。だから、自分の気持ちをこんな風に伝えることはあまりにも苦手すぎて、何をどう言っていいのか薫は戸惑ってしまう。

「わっ、忘れたよ!そんなの!」

長年抱え込んできた素直じゃないこの性分も、今すぐ急には変えられない。結局薫は照れに負けて返事をごまかした。こんなときくらいもっと女の子らしく可愛い反応ができたらいいのに、と思うが幼馴染みとしての感覚が邪魔をするのだった。しかしそんな薫の思いとはうらはらに、吾郎は満足したような笑顔を返した。

「ほー。そーか、そーか。」
「…何その、めちゃめちゃ嬉しそうな顔…」

なにやら腑に落ちない薫に、にんまりと満面の笑みを浮かべた吾郎は答える。

「忘れたってことはそりゃ“忘れるくらい前から”って意味だろ。結局、昔っから俺にベタ惚れだったってことじゃねえか。なぁ?」

そんなことをぬけぬけと言えてしまう吾郎の解釈に薫は二の句が告げなかった。憎たらしさについついいつものクセでつい手が出そうになってしまったが、それを寸でのところでどうにかこらえる。もの凄く悔しいけれど、それは図星なのだから。

「…そうだよ、悪いかっ」

半ばヤケになったようなぶっきらぼうな口調で薫は本音を吐き出す。恥ずかしさに赤面する顔を隠すように、吾郎から目をそらして白状するのだった。すると吾郎はからかう表情をやめ、顔を背ける薫の手首を掴んだ。驚いて振り向く彼女の手のひらをそのまま大事そうに握りしめ、懐かしむように口を開いた。

「リトルのときは、同じくらいだったのにな…」

自分の目の前にいるのは、自分が幼い頃からずっとよく知っているはずの幼馴染み。しかし、自分の手のひらにすっぽり収まるほどの小さな手は、成長した男女の違いを改めて吾郎に感じさせた。そして同時に、出会ってからこんなにも長い時間がたっているのだということも―――。

「10年も、待たせちまって…悪かった。」

その言葉とともに力強い大きな手から伝わる確かな温もりがある。それは薫を素直な気持ちに自然と戻してくれた。今までの様々な想いが胸の奥からこみ上げ、止まらない感情に思わず泣きそうになる。

(届くなんて、思ってなかった…)

自分の気持ちを吾郎が受け止めてくれるなんて、夢にも思わなかった。そして、こんなにも気持ちが楽になれるだなんて。薫はそのことが今、何よりも嬉しかった。涙に瞳を潤ませる薫を見つめながら、そのまま吾郎は手をさらに強く優しく握りしめた。

「これからも…よろしくな。」

そう言って吾郎は自分の鼻の頭をかいた。照れたときの彼のクセだ、と思った薫は見慣れたその仕草を今までのどのときよりも愛しく感じて微笑んだ。

「…うん!」

胸に抱いていた切なさは消え、いつかの温もりと同じつながりをお互いに確かめあう。だんだんと紅に染まっていく世界の中に、ふたりは包まれていくのだった。




このお題と言えば、もう!この場面ですよね。


ゴロカオ10題より「九回二死満塁サヨナラの場面」【配布元・NO GAME】




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