■恋とマシンガン


「うーん…。どうしようかなあ…?」

11月も近づいた、とある日曜。薫はひとり頭を悩ませていた。
ことの発端は前日に遡る。
久々に吾郎と電話で話すことができたのだった。
普段は会えないことが多いふたりは他愛もない会話を楽しんでいた。


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『そういえばそろそろ、本田の誕生日だね。』
『あー…そうだな。でも別に取り立てて、めでてぇともあんま思わねーけどな。』
『こら、何言ってんだよ。生まれた日を祝うってのは、凄く凄く大事なことなんだからな!』
『へーへー。』

電話の向こうからはあまりノリ気ではない返事がして、薫は何だかもどかしく思った。
すると、電話口から何かを思いついたように楽しげな声が聞こえる。

『…んじゃよ。その日ちょうどオフだし、会わねーか。』
『えっ?』
『そこまで言うんなら、すんげぇ祝ってくれるんだろ?』
『あ、うんっ!』
『プレゼント、期待してるからな。』
『…って、プレゼント目当てかよ!』



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はたからみれば夫婦漫才の様なやりとりがあり現在にいたるのであった。
幼馴染みではあるものの一緒に誕生日を祝うなんて初めてのことで、その嬉しさに思わず薫は顔がにやけそうになる。
ただ、問題はプレゼント。
期待をされているというプレッシャーも頭を悩ませている種だった。

“何をあげれば喜んでもらえるだろう。”

幸せな悩みではあるが、これはなかなかの難題だ。
とりあえず誰かに相談してみようと、薫は身近な人物の元へと向かった。

「大河ー。入るぞ。」
「んー?何だよ、姉貴。」

自分の部屋でくつろぐ弟に姉は尋ねた。

「もしお前だったら、プレゼントに何貰ったら嬉しい?」
「何だよ、いきなり。俺に何かくれんの?」
「違うけど。普通、男の人ってどんなもん欲しいのかなーって思って…。」

少し頬を染める姉の表情で一瞬の内に理解する弟だった。

(なんだ。そういうことか。)

薫が気にする男なんて、この世にたったひとりしかいないのだ。

「ああ、茂野先輩か。まー何でも嬉しいんじゃねーの?愛しい彼女からのプレゼントならさ。」

からかいをこめながら答える大河。
それにまんまと反応する薫は大きな声を出してうろたえた。

「なっ…い、い、愛しいって…!」

この手の話題になるといつもの威勢の良さはどこへやら、やたら弱気になる姉の反応がとても面白くて更に続ける。

「なんならその勢いでチューでもしちゃえよ。いっそもう『アタシをアゲル』くらい言って先輩に…」

ドカッ、バキッ、ドコッ。

調子にのって油断していた弟の体に顔を真っ赤にした姉の鉄拳が炸裂した。

「エロガキに聞いたあたしがバカだったよ!」
「…いってぇなぁ、このブス!暴力女!そのまま先輩にふられろっ!」

やられた仕返しに悪態をつく大河を無視して薫は部屋をさっさと出ていった。



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からかい半分の弟はあてにならないと感じて、ウィンドウショッピングがてら薫は街に出てきた。
何を贈るかの計画は白紙のままだが、品物を見ながらならば少しは良い考えが浮かぶであろうと思ったのだ。

(うーん…服とか、そういうのはあんまり喜ばなそうだよなー…。男物のアクセサリーは…絶対つけねーだろうな。何か他にあいつの好みのものは…。)

様々な店を覗きながら考える。
しかし、薫はふと思った。

(ていうか、あいつが好きなものって何だ?…………………野球?)

もうそれしか思い浮かばない自分の知識に焦ってしまう。
小学校からの長い付き合いで、しかも今では自分の彼氏だが、実は知らないことが多いことに気づいた薫は必死に考えをめぐらせる。

(…えーとえーと…あ!あいつって結構食べることは好きだよな?となると、食べ物…?うーん、色気ないかなぁ…?うーん…)

だんだん考えが煮詰まってきたのか、頭から煙が出てきそうなくらいに悩む薫へ声をかける明るい声がした。

「あら、こんにちは。清水さんも買い物?」
「あっ、どうもこんにちは!」

吾郎の母親である桃子だった。
予期せぬ出会いであったが、薫は瞬時にこれが天の助けだと気づく。
この人以上に吾郎のことを知っている人物はいないということに。
正直聞くのは少し恥ずかしいが、背に腹は変えられないと意を決して尋ねてみる。

「あの…すいません。ひとつ、聞きたいことが…。」
「どうしたの?」
「本田…じゃなくて。吾郎君の、好きな物って…何ですか?」

しどろもどろになりながら尋ねる薫。突然の質問に目をぱちくりしながら相手を見ていた桃子だったが、さすがは女の勘か、すぐにその意図するところに気づいた。

(ああ…。そろそろあの子の誕生日だから…)

母親は息子の恋人に微笑みながら答える。

「ふふっ。あの子はね――――」



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天気の良い日曜日、今日はついに吾郎の誕生日当日である。
プレゼントの入った大きな袋を持って茂野家へとやってきた薫は深呼吸をひとつして、インターホンを押す。
ピンポーンと軽快な音がしてすぐに扉が開き吾郎が顔を出した。

「おー、来たか清水。まあ、あがれよ。」
「あれ、今日は本田ひとり?」

何でも、昼間はたまたま家族全員出かけているとのことだった。
それが桃子の気をきかせてのことなのかどうかは、本人のみぞ知るところである。
吾郎の部屋に案内された薫は、緊張しながらも早速袋から箱を取り出した。

「えーと、じゃあ…とりあえずこれ、どうぞ。」

照れながら、おずおずとそれを渡す。

「おっ、やりー。開けていいか?」
「うん。」

そのまま受け取った箱を開けると、その瞬間甘い香りが部屋中に広がる。
その箱の中身はクリームのたっぷりトッピングされた可愛らしいデコレーションのパンケーキであった。

「…なっ…!こ、これは…!」

思ってもみなかった乙女ちっくな自分へのプレゼントに吾郎は一瞬こけそうになった。

「本田のお母さんから、お前の好きな食べ物教えてもらって作ってみたんだ。」
「お袋のヤツ…」
「お母さんの味にはかなわないと思うけど…でも意外とお前、カワイイ食べ物が好きなんだな?」

くすくすと笑っている薫の説明を聞きながら吾郎は固まっていた。
この歳の男の好物がパンケーキというのは、とても気恥ずかしくて恰好がつかないような気持ちになってしまう。
そんなことで、喜びよりもまず肩を落としている吾郎の様子に気づいて薫はあわてて尋ねる。

「え…嘘っ、もしかして好きじゃなかった!?」
「…いや、嫌いじゃねえけどよ…。ったく、お袋は俺をいったいいくつだと思ってんだか…。」

バツが悪そうな顔をしてぶつぶつ文句を溢しながらも、手をのばしてケーキの一切れをひとくちでパクリと食べてしまう。
桃子に教えてもらった通り、どうやら確かに好物であることには違いないようだった。

「…どう…?」
「…おっ、んめーじゃん。これ。」

薫はその言葉にやっと安心したような笑顔を見せながら言った。

「良かったぁー。じゃあ、あたしも食べる!」
「何でお前が食うんだよ、俺は毒味か!これプレゼントなんだろ?やんねーぞ!」

そう言って、大人気なく独り占めしようとケーキを死守する。

「いーじゃん、少しぐらいくれても!それに、プレゼントならこっちにもあるしさ。」

薫はラッピングされたもうひとつの袋を渡す。
開けるとその中にはリストバンドやタオル、その他にもTシャツなど吾郎が野球で使いそうな品物がいくつか入っていた。

「たいしたものじゃなくて悪いけど…、やっぱ本田が喜んでくれそうなものって言ったら、野球関係くらいしか思いつかなくてさ…。」

自分が側にいれない試合のときも自分のあげたものを身に付けていてくれれば嬉しい、という隠れた気持ちもあったのだが、相手は筋金入りの鈍感男だ。
乙女心には気付かないだろう。

「おおっ、サンキュー!流石、わかってんな清水。」

満面の笑みを溢す吾郎の嬉しそうな顔をプレゼント合格のサインとみて、ようやくホッとした薫は目の前の自作パンケーキをつつき始める。

「あっ、初めて作ったわりに美味しい!やっぱりあたしってば、天才っ!」
「…自分で言うな、自分で。」

そのまま吾郎は美味しそうにパンケーキを頬張る薫の姿を見つめていた。
自分の誕生日を祝ってもらって嫌な気がする奴などいやしない。
ましてや、それが自分の好きな子からであれば尚更のことである。
はりきって用意してくれたプレゼントももちろんだが、自分を喜ばせようとあれこれ考えてくれたのであろうことが何より一番嬉しく、そんな薫が愛しく思えた。

(…俺が喜ぶプレゼント、ねぇ…。)

すると吾郎は、ふといたずらを思い付いた子供のような顔をする。

「おい清水。顔にクリーム付いてるぞ。」
「え、嘘。どこどこ?」
「ここだよ。」

そう告げたと同時に吾郎は薫の頬についたクリームを直接口ですくいとった。

「…っ!」
「へっ、やっぱ甘ぇな。ごちそーさん。」

頬に感じた突然の感触。
薫は顔を押さえて目を大きく見開いたまま驚きの表情で、口を金魚の様にパクパクさせている。
そのあからさまに動揺している姿がおかしくて可愛くて、心底面白そうに吾郎は言った。

「オイオイ、顔が真っ赤だぜ、清水さーん?誕生日だし、これくらいはいいだろ。」

からかうように、しゃあしゃあと言ってのける。
こっちは心臓が止まるかと思うほどびっくりしたというのに、ニヤニヤしながら答える吾郎が憎らしく何だか負けたようで薫は悔しかった。

(くっそう…。やられっぱなしなんて、嫌だ…。)

そう思った薫は急に吾郎に向き直って、反撃の合図に相手の名を呼んだ。

「本田。」
「あ?」

顔をこちらへ向けた相手の鼻の頭にパンケーキのクリームを指で塗りつける。
鼻にたっぷりクリームをつけられた吾郎ははたから見るとまるでピエロのような顔になっている。

「なっ、てめ、何すん…」

そう吾郎が言いかけた瞬間、薫は顔を思い切り近づけてクリームの箇所に素早く口づける。
まるで小鳥がついばむように。
一瞬の出来事すぎて目が点になっている吾郎を間近にはにかみながらも相手を真っ直ぐに見つめながら笑顔で伝える。

「お誕生日、おめでとう。」

鼻の頭に感じた柔らかな感触とクリームの甘い香りに、今度は吾郎が絶句する番だった。
薫も我ながらあまりにも大胆なことをしてしまった、と薫は内心ものすごくドキドキしていたのだが、それを気付かれないようにさっきの吾郎の言葉を真似て茶化す。

「顔真っ赤だね、本田くん?誕生日だから…これくらいはいいんだよな?」
「…やかましい。お前な…そーいうことしていいと思ってんのか。」
「何だよ、あんたが先にやったんじゃん。」
「るせー。そのままずっとクリームつけてろ、バカ。」
「あーっ、やめろ。何すんだよ、この野郎っ。」

照れ隠しの言い争いとともに、お互いがお互いの顔のあちこちにクリームを塗りたくりはじめる。
悪態をつきながらもじゃれあう二人の表情は笑顔だった。


11月5日。
自分が生まれた日。
大好きな人が生まれた日。

この特別な日を、特別に大事な人と祝える幸せ。

はしゃぎながら二人はパンケーキの甘さと、その幸福をかみしめていた。






吾郎の誕生日記念小説。

プレゼントに悩みましたが、甘い話にしたかったので桃子かーさん曰くの吾郎の好物・パンケーキを出してみました。
食べ物で遊んではいけませんが、誕生日だということでお許し下さいな〜。


それにしても吾郎は嫌いな食べ物がグリンピースで、好きなものがカレーやパンケーキとか…味覚がガキンチョ丸出しですね(笑)





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