■モラトリアム 「…合コン!?」 「うん。どうしても今回は来いって言われてて…。」 キャンパス内は男子禁制だという何とも今どき珍しい女子大に通う薫であるが、やはり大学生にその手の誘いは数多い。適当に断わりまくっていたのだが、様々な付き合いでそうもいかないことも出てくる。今日はそのことを相談していたのであった。そんな事情を聞いた吾郎はさっそく面白くなさそうな声をだした。 「…へー…。そんで?どうすんだよ。」 「どうしたらいいかなぁ、断りたいんだけど…」 もともとそういうものが苦手ということもあり、困っている薫は問いかけるような顔を吾郎に向けた。 (…聞くんじゃねーよ…) 吾郎は心の中で呟く。彼氏としてはもちろん“んなもん行くな”と思いきり言いたいところだが、だからといってそう正直に伝えるのはカッコ悪い気がしてためらわれる。 「………好きにしろよ。」 結局、見栄をはった男の口から出たのは、あまりにも本心からかけはなれた言葉であった。 「…何、それ。」 「行きたきゃ行けよ。行きたくなきゃ行くな。」 吾郎のミもフタもない台詞に思わず薫はつっかかった。 「何だよ、じゃあ行っても本田はかまわないの?」 「…だから、お前の好きにしろって言ってんだろ。俺に聞くな!」 単に照れて素直になれないだけの吾郎なのだが、突き放されたような言い方が薫にはショックであった。ちょっとくらいは妬いてくれたり、ひき止めて欲しい、というのが乙女心というものである。 「本田は…平気なんだ。」 「は?今、小声でなんつった?」 それを聞き返すあまりにもヤボな男。それに向かって不機嫌に大声を出した。 「…わかったよ!本田の気持ちはよぉーっく、わかりましたっ!お言葉に甘えてもっと優しくてカッコイイ彼氏でも見つけてこようかなぁ?」 「ああっ、んだと?可愛くねーなぁ!」 その一言が引き金。こうなったふたりはもう止まらない。どこかで試合開始のゴングが鳴ったような気がした。 「可愛くなくて悪かったな!」 「自分でわかってんなら世話ねーぜ。どうにかしろよな、その態度!」 「お前だって人のこと言えねーだろ!」 「もっとしおらしくできねーのかよ!」 「あっそう!じゃあ、もっとしおらしくて可愛い娘とつきあえば!?」 「おお、じゃあそうすっかなぁ!?」 「どーぞご自由に!メジャーリーガーならよりどりみどりだろ!」 「あーそーだな!どっかのオトコ女みてえなのより、そっちのがいいに決まってんだろ!」 吾郎が勢いで言い返していたその一瞬。ふと目があった清水は本当に傷ついたような顔をみせる。 (…………ヤベ。) いつもの売り言葉に買い言葉だったのだが流石に言いすぎたかと思う吾郎。…だがもうあとの祭りであった。 「…もういい、帰る!バカ本田っ!」 「ぐぇっ!」 眉間にしわをよせた清水は言い捨てて立ち去った。吾郎のミゾオチに思いっきり鉄拳制裁を加えて。 「いってぇー…!待てこの、清水っ!」 吾郎の抗議と制止の声も頭に血がのぼった薫には届かない。結局その日は、ケンカをしたままふたりは別れてしまうのであった。 **************************** あの大喧嘩から何日もたっていたが、あれ以来ふたりは会っていない。それどころか連絡すらとっていなかった。吾郎が自分から連絡をしないのはいつもの事なのだが、薫の方から電話もメールもまったく来ないというのは今までには無かったことだった。 (まだ怒ってんのかよ。しつけぇ奴だよな…。) 自分の吐いた暴言を棚にあげ、吾郎はそんな風に思っていた。鳴らない携帯を見つめながら、部屋で不機嫌そうにブスっとしていると「吾郎」と声をかけてくる人物がいた。母親の桃子である。 「あらまー、せっかくのオフに若い子が家にずっといるなんて…ヒマなの?」 どこか寂しそうにしている様子の息子に問いかけた。 「…んだよ、いーだろ。たまにはゆっくりしたって。」 「まあ、あんたは少し休むくらいでちょうどいいんだけど…。そういえば吾郎の携帯、最近あんまり鳴らないわねえ。清水さんとケンカでもしたの?」 「るせーな!ほっとけ!」 「あら、図星?あんたねぇ…あんまりほっておいたら、どうなっちゃうかわかんないわよ。あんなに可愛い娘、まわりはほっとくわけないんだから。」 言われて吾郎は内心ぎくりとした。そもそもあの喧嘩は合コンの話がきっかけだった。付き合うようになってからは気づいたことだが、自分の彼女が実は男にもてることを薄々ながらに感じていた。何度かナンパをされているところを見かけたこともある。心なしか不安になった様な吾郎に桃子は思い出したように小声で続けた。 「実は…かーさん、昨日見ちゃったのよ。清水さんが、男の子と一緒に歩いてるとこ…。」 「………へ?」 「買い物なんてしてて、何だかものすーっごく親密で仲良さそうな二人だったわよ。」 吾郎はそれを聞いて固まる。あの清水が。まさか。 「ちょ…、ちょっと俺、出かけてくらぁ!」 そのまま弾丸のように部屋を飛び出しすぐさま家を出ていった息子のあからさまに慌てた様子を見届けた母親は面白そうにふふっと笑っていた。 全速力で走り、息せききって清水家にやってきた吾郎はそのままの勢いでインターホンを押す。すぐにドアが開き、出てきたのはちょうど自分の彼女であった。 「…あら、こんにちは、本田君。今日はこんなオトコ女に何か用ですかぁ?」 表情は笑顔だったが、明らかにトゲのあるその台詞に薫がまだかなり怒っているのがわかる。しかし、吾郎はそのまま挨拶もなしに問いかけた。 「お前…、昨日誰と一緒にいたんだよ!?」 薫はこの不機嫌そうな突然の訪問者と、真意の見えない質問の意図をわかりかねている。 「昨日?」 「一緒に買い物してた男だよ!」 「………ああ。今も家にいるけど、何か用事?」 「い、家っ?その男、部屋にあげてんのか…!?いったいどこのどいつだよ!」 もの凄い剣幕の吾郎に薫は困惑しながら答えた。 「あの…お前、何か勘違いしてる?」 「何がだよ!家にまで入れといて!」 「家にいるの、大河なんだけど…」 「………………………たい、が?」 間が抜けたように彼女の弟の名をそのまま繰り返した。 「うん。昨日は一緒にバッティングセンターと買い物に行ってきたんだ。…そういえば、近所で本田のお母さんに会ったよ。」 その一言で吾郎はやっと気づく。母親の“してやったり”な笑みが見えるようで、全身の力が抜けた。 (…はめられた…!) 薫はガックリと肩を落とす目の前の男に声をかける。 「…何、本田。もしかして本当にあたしが浮気してるって心配したわけ?」 問いかけられた本人は、醜態をさらしてしまった気まずさに目をそらして押し黙っている。しかしその赤い顔はそうだと言っているようなもので、その表情に満足した薫は笑みを溢した。 「バーカ。」 「…な、てめぇ…」 「あのねぇ。そんなの、できるもんならとっくの昔にやってるよ。あたしがそんな器用じゃないのは本田が一番知ってんだろ?」 薫は照れた笑顔を浮かべ、得意気につけ加えた。 「10年の片想いをなめんなよ?」 「…そうかよ…」 素直な薫からの告白が照れ臭いながらも嬉しく、吾郎もつられて素直な言葉が出た。 「…この前は言いすぎた。ワリィ…。あれ全部、嘘だから。」 そんなたった一言でも薫を幸せな気分にさせるにはそれで充分であったようで、嬉しそうに微笑んだ彼女は一言報告をした。 「合コン、行かなかったよ。」 「……あ、そ。」 「安心しただろ。実はすんごい心配してたんだよなー本田?」 「…別に。」 「うわっ、可愛くなーい。さっきあんな必死だったくせに。」 「る、るせぇっ!あれは…!」 せっかく仲直りをしてもこの似た者同士は、結局最後は言い争う。ムードは無いふたりだが、それなりに幸せそうな空気の中でいつまでも口喧嘩を続けていた。 まさに「喧嘩する程仲が良い」という言葉をそのまま表現したようなカップルなのであった。 キリ番・5000リクエストは“吾郎が清水に嫉妬する話”でした。 桃子かーさんは大河を知ってるのか…?まあ、そこら辺は多目に見て下さるとありがたいです。 薫は吾郎しか見てないので妬かせる相手に悩んだ結果、合コンという話に…。ヤツは絶対独占欲強いと信じております(笑)口喧嘩の台詞は書いてて楽しすぎる!甘い話の何百倍も書きやすい…。痴話喧嘩シーンがやたらあるのはそのせいです。趣味丸出しですいません。 こんなんで恐縮ですが、咲姫様へ捧げます。 |