■Baby I Love You


練習試合からの帰り道、吾郎は連れ立って歩く薫の様子がおかしいことに気付いた。
動きが何だか不自然だと思ったのだが、さっきから左手を殆んど使っていないようだ。
今日は自分の球を取り続けて骨折してしまった藤井のことを思い出して吾郎はすぐに薫に尋ねた。

「オイ清水。ちょっと左手、見せてみろよ。」

薫はその台詞にビクッとする。

「…やだ。」

反射的に手をサッと隠したが、もちろんその反応は逆効果だった。
嫌な予感が確信に変わって吾郎は大きな声で叫んだ。

「やだじゃねぇ、見せろ!」

逃げようとするそ薫の腕をつい強引に掴んで掌に触れた。

「…痛っ…」

一瞬、顔を歪める清水に吾郎はハッとする。
とっさに手の力を緩め今度はなるべく優しく触れた。
少し熱をもっているような小さなその手を確認すると、思わず吾郎は頭に血がのぼった。

「…っ…このバカ野郎!!何ですぐ言わねーんだよ!?」

吾郎に本気で怒ったような声を出されて薫は何と言っていいのかわからなくなった。

「だって…」

公式な試合ではないとはいえ、また同じチームとして一緒に野球ができることや、『お前しかいない』と頼りにされたことが薫には嬉しかった。
それに何よりも、聖秀にやってきて海堂を倒す野球部を作ろうと必死になっている好きな人の役にたちたかったのだ。
怪我のことを言えばキャッチャーができる人はいなくなると思ったし、きっと吾郎へも心配をかけてしまう。
だから黙っていようと思って隠していたのに、結果としてここでバレてしまったのは自分がうかつだったからで言い訳はしたくなかった。

一方、その薫が言葉を言いよどんでいるのを見ながら吾郎は自分自身が心底情けなくなった。
触れた手はソフト部らしいテーピングの跡もあるが、どう見ても男の自分と比べるとまったく大きさが違う女の子の手のひらだ。

(…こんなに小さかったのかよ…)

さっきはつい怒鳴ってしまったが、決して薫に怒っているわけではない。
無理をしてキャッチャーを続けていたことに気付けなかった自分がどうしようもなく腹立たしいのだ。

「……清水。殴れ。」
「え?」
「いーから、おもいっきり俺を殴れっ!得意の右ストレートで、ホレ!」
「な、何だよ…お前。実は、Mの気がある…とか…?」

的外れな意見を口にする薫のボケに吾郎はツッコミをいれる。

「違ぇよ!ただ、お前に俺は…!」
「あたしに?」

すると、声をだんだん小さくしながら気まずそうに吾郎は下を向く。

「…怪我させるなんて、最悪なことしたなと思って…ゴメン、ナサイ…」

珍しく素直に謝り始めた吾郎に薫は驚いて目をパチクリさせている。

「お前があんまり普通に俺の球を取ってくれるからよ…安心して、寿みてーに思っちまったんだよ。お前は女なんだもんな。本当に、ワリィ…」

そんな吾郎の言い分を聞きながら薫は思った。

(…何?あたし、男の寿君と間違われてたわけ?)

一瞬怒りがわいて、希望通り本当に右ストレートをお見舞いしてやろうかと思ったが、あまりにもシュンとした様子の吾郎を見ていると、何だかそれもはばかられた。
こればかりは惚れた弱み、これはもうどうしようもないのだ。

「…もういいよ、別に。これくらいの腫れならソフトでやっちゃうこともあるしさ。」

だが、そう言われても吾郎の気はすまない。
このままでは、せっかく手伝ってくれた幼馴染みの恩をあだで返すことになってしまうのだ。

「全然よくねーよ。じゃあ今度は、俺がお前の願い事ひとつ、何でも聞いてやるから。」

思わぬ申し出に薫は目を丸くする。

「何でもって…何でも?本当に?」
「ああ。男に二言はねぇ。」

目の前の吾郎は真剣な表情できっぱりと言いきった。




あたしの願い。それは―――――。

「…じゃあ本田、あたしと付き合ってくれる?」
「へっ!?」
「観たい映画があるから。今度の休み一緒に付き合ってくれよ。もちろん本田のオゴリな!」
「…あ、ああ…。」

とっさに顔をカッと赤らめた吾郎に、薫はいたずらっぽく笑ってみせる。
吾郎はそんな様子にどこか照れ臭い気持ちになってしまった。

(なんだ、そういう意味かよ…。一瞬勘違いしちまったじゃねーか…。)
(本当のこと言うには…、まだまだ勇気が足りないな。あたし。)


お互いがそんなことを思いながら、また帰り道を歩き出す。

「あ。それと本田のオゴリで高級フランス料理でも食べにいこうか。」
「調子のんな。バカ。ひとつっつったろ。」
「えー、ケチ。じゃあそっちにすれば良かったー。」

いつもの調子に戻った二人だったが、実はずっと手は繋がれたままだった。
どうやら吾郎は気づいていないのか無意識に薫の左手を握っているようだ。
無器用だけど、守るように包みこんでくれるその大きな手の持ち主が愛しくて薫はあえて何も言わなかった。


(本田が気づくまで、このままで…。)


そう思い並んで歩きながら、くすぐったいようなつかの間の恋人気分を味わっていたのだった。







キリ番・2500リクエストに聖秀編を書きました…が、かなり自分の願望が入っていて何だか申し訳ない。35巻の横浜帝仁高校との練習試合終了後の原作補完妄想のひとつです。

いくら経験者とはいえ女の子である薫嬢に自分の超剛速球を取らせて手を痛ませたうえに、先に気づいたのは藤井…というあまりにも鈍さ全開の誰かさんに「あの後に何のフォローも無かったら鈍感こえてもう鬼畜ですよ、あんたは…!」との思いで生まれた話です。失礼致しました。

告白はできずともデートに誘うことには成功する薫嬢なので、聖秀でもこんな感じのシーンがあってもいいよなーという願い。

こちらは春宮 柚樹様へ…。もし、お気に召して下されば幸いです。





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