■ハイウェイ


「キーン。わりーけど、車出してくんねえか?」

突然に茂野がそんなことを言ってきた。
珍しいことだと思いながら俺は返事をする。

「出せるが…明日の先発がこんな時間からドライブか?お前を遊びに連れてったら、俺が上にどやされる。」
「そんなんじゃねーよ。えーと、その…なんだ、知り合いがさ…日本から来んだよ。」
「知り合い?」
「そいつが約束の時間過ぎてもまだ顔見せねーから、空港まで迎えにいこうかと…」

茂野は説明しながら妙な顔をした。
どことなく言いにくいような、ブスッとした表情を浮かべて目をそらす。

(…いったい、日本から誰が来るんだ?)

そんな疑問が浮かんできたが、それをわざわざ詳しく尋ねるのも下世話なことかと思い俺はとくに何も聞かなかった。

「わかった。乗せてってやる。」

そう伝え、俺と茂野は車に乗り込んだ。
走る車内で助手席の茂野は何やらブツクサ呟いている。
自分の耳にはこんな風に聞こえた。

“テマカケサセヤガッテ、シミズノヤツ…”

それは日本語の独り言だったので意味はわからないが、とりあえず何だか不機嫌そうにしていることだけは伝わった。
さっき浮かんだ疑問を隣に投げかけてみる。

「茂野。その知り合いとは仲が悪いのか?」

話をふられた茂野はこちらには英語で答えた。

「…あ?何でだよ。」
「わざわざ迎えに行こうとするわりに…あまり歓迎していないように見えるからな。」

その問いに茂野はキョトンとし首をひねりながら少し考えるようにして口を開く。

「…いや、嬉しくないってこたねーけどよ…別に何もこんなせっぱつまった時期にわざわざ来なくてもって思うじゃねーか…。もっと結果出してから呼ぼうと思ってたのに…」

そうまた独り言のように口ごもりながら茂野は怒ったように赤くなり複雑な顔をした。
さっきも見せた表情、それが何を表すのかが今度は俺にもはっきりわかった。

こいつは…照れているのだ。

どうやら日本からやって来る相手というのは女だろう。
それもきっと、愛する恋人。それをあえて「知り合い」と説明するこいつの素直じゃなさがおかしかった。
俺は急に思いついて、とある噂をからかい半分に少し大袈裟に口にしてみる。

「そうか。だが…少しは心配した方が良くないか?」
「心配って、何をだよ。」
「ここのところ、あまり治安が良くないと聞くぞ。日も暮れかかってるし、日本人は狙われやすい。それに女なら…いろんな意味でも危険だと思うが。」

そこまで言うと、相手はこちらが思った以上に血相を変えた。

「んなっ…!バカ、それを早く言えよ!もっとスピード出しやがれ、キーン!」

みるみるうちに焦り出した茂野は、ハンドルを握る俺の腕を強い力でつかむ。
その勢いに、あと少しで車が反対車線に出てしまうところだった。

「オイ!事故らせる気か、お前は!」

取り乱した男は俺のたしなめる言葉を無視して叫ぶ。

「急いで探さねぇとヤベェだろ!襲われてたらどうする!俺も初めにアメリカ来たときは、いきなり空港で置き引きにあってヒデー目にあったんだからな!」

もの凄い剣幕の茂野は焦りからか、思わぬエピソードを語った。

(本当にひったくりにあってたのか、こいつ…)

何だかマヌケだと呆れながらも俺は言われた通りにアクセルを踏んで車を加速させた。
空港までの道を半分くらい来たところだった。
窓から景色を眺めていた茂野が突然声をあげる。

「あれっ今の…!?キーン!今の古い建物のとこまで戻ってくれ!」

かなりスピードを出していたはずなのに、この速さでいったい何を見つけたのか、相手の動体視力に感心しながら俺はハンドルをきった。
ホテル跡地らしい廃墟のような場所に車を止める。
そこにいたのは短い黒髪をした日本人らしい女の子だった。
活発そうな雰囲気をしているが、今は膝をついて肩をがっくりと落としている。

(茂野の言っていたのは、この娘のことか…)

携帯や手がかりもない中、本当によく見つけだしたもんだと驚きつつ、車から先に降りた俺が声をかけた。

「Hey!」

瞬間、その娘は驚いたように悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
本気で怯えた声で必死に助けを呼んでいる様子に、おそらく俺は強盗か何かと間違われているようで、流石に少しショックだった。
運転中につけているサングラスのせいだろうか。
困惑する俺を横目に苦笑いを浮かべながら、続いて茂野が声をかける。

「シミズ!」

発したのはその娘の名前なのか、相手は瞬時に顔を上げた。
そのまま茂野は涙目のへたりこんでいる女の子に笑顔を向けて、手をさしのべる。
見知った顔を見てそれにようやく安心したのだろう。
彼女は迷わず茂野の胸に飛込んでいった。


「オソイヨ!」

そんな言葉を発しながら迷子の子供のように、思いきり茂野にしがみついて泣いている。
抱きつかれた茂野の方はというと、突然のことにうろたえながら一瞬こちらをチラッと見た。
俺がいることで気まずい思いをしていたのかもしれない。
その証拠に目があった顔はかなり赤かったように思う。


そこで茂野が何かを言い、急に不機嫌になった彼女は相手につっかかっている。
ふたりの会話は日本語ばかりで俺にはまったくわからなかったが、じゃれあうふたりは何だか子供のように楽しそうにも見えるのだった。
その後、俺はついでにエンストしたという彼女のレンタカーを直してやった。

「サンキュサンキュ、ミスター。」

嬉しそうに片言の英語で礼を伝えてくる彼女。
どちらかと言うと、女性というよりもまだまだ少女という雰囲気の笑顔が愛らしく感じた。
この娘があの茂野の恋人なのかと、思わずしげしげと見つめてしまったが再会した恋人達の時間を邪魔する程、野暮ではないつもりだ。
ここは素早く退散するにかぎる。

「すまなかったな、キーン。」

今度は英語で答える茂野に向かって俺は去り際に一言だけ伝えた。

「かわいい彼女を呼んでよろしくやるのは結構だが、ほどほどにしとけよ。」

「…っ…!」



俺はそのまま振り返らずに車を出したので、茂野がどんな反応をしたのかは確認しなかったが想像には容易い。
多分さっき何度か見せたあの表情をしていたのだろう。

マウンドの上ではいつも生意気で強気な剛腕ピッチャーも、自分の彼女に対してはやはり弱いようだ。
心配して慌てる様子や、恋人と一緒にいることで和んだ姿に、あいつも普通の10代男子のようなところもあるのだと気づく。

(今日は、何だかいろいろ興味深いものを見せてもらったものだな…)

そんなことを思いながら、俺は帰りの車をひとり走らせていくのだった。







いつものように原作補完妄想です。56巻「再びの渡米」と「清水の勇気」あたりの吾郎がなんか冷たかったのは、たぶん照れまくってたんだと思います!

この時のキーンなら見れたであろう吾薫の美味しいこの部分↓が書きたかったのです

@薫がアメリカに来ることホントは嬉しかったけど、素直じゃない吾郎
A薫の前じゃ言わなかったけど、影で必死こいて心配していた吾郎
B再会して思わず泣きながら抱きついちゃう薫…ハイ、とりあえず満足です。自己満足万歳。

それにしても突然車ごと行方不明の彼女をすぐに見つけられるとは…絶対に絶対に愛の力だよねー!「おめーが使いそうなルートを(略)見つけたのさ」とか彼氏さんはさらっと言ってたけどさ…どんな勘の良さですか!?
日本にいるときに近所の道を迷った、とかのレベルじゃないんだよ?広大なアメリカ合衆国でもふたりは強固な赤い糸でつながっているのですね。うん。


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