■会いたかった少女


ワイワイと楽しげな生徒達で騒がしい教室の一角。授業前の休み時間のひとときを野球部男子5人もとりとめのないような話をして過ごしていた。まず口を開いたのは、会話の中心である藤井である。

「そういや茂野って、どんな子がタイプなんだよ。」

突然にそんなことを尋ねられた吾郎はキョトンとした様子で質問をオウム返しにする。

「あぁ?タイプって…」
「ホレ、見てみろよ。」

教室にはたくさんの女の子たち。友達数人でおしゃべりをしたり、次の授業の準備をしたり、それぞれに休み時間を過ごしている姿があった。辺りを見渡すように、藤井はこっそり目配せをした。

「こんだけいたら“ちょっといいなー”って思う子のひとりやふたり……むしろ5人や10人ぐらいいてもおかしくねえよなあ?」
「…そんなにいるのか、お前は。」

すぐ側にいた田代がすかさずつっこんだが、それをまったく気にしない様子で藤井は語り続ける。

「例えだよ、例え。高校生男子としちゃ実際こんな恵まれた環境、他にねーだろ。しかもウチの学校は、レベル高い可愛い子が多いってここらじゃかなり有名なんだぜ〜。」
「だからいったいどこ情報なんだ、それは…」

改めて呆れ顔で呟く田代であったが、それにはほのぼのとした様子の内山がフォローするようにニコニコと笑いながら相づちをうった。


「アハハ。確かに、そう言われてみればそうかもねぇ。」
「だろだろっ?なぁ、お前もそう思うだろ、宮崎?」
「べ、別に、俺は興味ねぇし…」

話を振られた痩せ型の男はしかめっ面をしてメガネを触りながら素っ気なく答える。しかし、どこかしら顔を赤くしたような様子でもあるのだった。

「あーハイハイ、ムッツリ君はともかくとして………で、茂野はどうなんだよ?」

思いっきり何かを期待するように詰め寄る藤井の表情は、言わばテレビの芸能レポーターのようでもあった。それを受けた吾郎は首を少しすくめながら、自分の素直な意見を口にする。

「まあ、お前の言うこともわかるけどな。こっち転校してからそんなもん考えるヒマなんかねーし、正直わかんねえよ。」
「っか――!つまんねーなぁ、お前!せっかくのハーレムなんだし、もっとこの状況を満喫しろよなー。」

帰ってきたその答えに、さも期待外れと言わんばかりの藤井はもどかしげな表情で大声を上げたがそのとき、痛い視線が突き刺さったような気がして恐る恐る振り返る。

「…ちょっと、藤井。」

「ゲ…中村。」


そこには野球部の唯一の女子であり、マネージャーである美保が自分をジッと冷たい目で睨みつけるように立っているのだった。

「別にアンタが何しようが知ったこっちゃないけど、ダーリンにまで変なこと吹き込まないでくれる!?このバカッ。」
「う、うるせーな、男同士の大事な話に混ざってくるんじゃねえよ。」
「自分が大声で喋ってたんでしょ。何が男同士だよ、サイテー。モテないヘタレのただの妄想じゃないの。」
「なん、だとォ〜〜〜!?」
「…オイお前ら、何でもいいけどそろそろ授業始まるぞ。…ったく…」

だんだんと会話の雲行きが怪しくなってきたところで田代が止めに入り、いつもながらの騒ぎに「やれやれ」というようなため息を吐きながら最後をまとめた。そこでちょうどタイミング良く、休み時間終了のチャイムが鳴り響くとともに扉が開き教師が入ってくる。ガタガタと席につく生徒達に続いて、野球部メンバーもすぐさまそれぞれに自分の席へと戻っていくのだった。授業では教師が黒板にたくさんの数式を書きながら、長々とした解説を始めていた。ちっとも頭に入ってこない暗号のような内容に、吾郎は退屈を紛らわすべくぼんやりとさっきのことについて考えを巡らせる。

(…好みのタイプねぇ…)

前にいた海堂などでは女っ気がまったくないことからか余計に異性への憧れが高まり、部員同士で雑誌のグラビア等を回し見ていたこともあった。目はパッチリした子がいいとか、胸の大きさがどうだとか、優しそうな雰囲気に弱いだとか、三宅や児玉を筆頭にそれぞれが勝手な自分の好みを熱く語っていたことをふと思い出した。野球漬けの毎日で普段はあまり考えることはないとはいえそこは健全な男子なのだ。もちろん吾郎としても好みがまったくないということもない。

しかし、自分が真っ先に考えることは結局野球のことであるのをわかっている。それは転校して環境がまったく違う今でも、そしてたぶんきっとこれからも変わらないであろう。こんな男にいちいち付き合ってくれる女の子がいるとも思っていない。だから好みのタイプがどうだという話も、実際問題としてはあまり意味がないのだった。


そして、はたと吾郎は思い当たった。

(強いて言えば……)

――どこまでいっても野球バカな自分を側で応援してくれるような――…そんな笑顔を見れば、それで辛いときでも頑張れると思えるような女の子。あまりにも漠然としたイメージだけだが、それが自分のタイプと言えばそうなのかもしれない、と何となく感じた。

(……ま、めったにいるわけねーよな、そんな女……)

ふっと吾郎は我に返る。退屈な授業中だからかなのか、珍しくこんなことを真剣に考えている自分がおかしくて少し苦笑いをこぼすのだった。そしていつも通りの行動というべきか、教師の授業を子守歌代わりにしながら、いつものごとく彼はウトウトとまどろんでいくのだった。夢うつつのぼんやりとした脳裏に誰か知っている人物の面影が浮かんだような気がしたのは…幻だったのだろうか。










「……んぁ?」

よだれをたらしながら吾郎が目覚めた時には、いつの間にか授業が終わって休み時間のようだった。どうやら次の時間は移動教室の様で教室には誰も残っていない。

(ったく、置いてけぼりかよ。誰か起こしてくれてもいいじゃねーか……)

授業中に完璧に寝こていた身でそんなことを考えながら立ち上がると、教室の後ろのドアから声が聞こえた。

「オーイ、本田ぁ。」

その聞き慣れた声に吾郎が呼ばれ振り向くと、その主のシルエットが目に飛び込んできた。

(……あ、れ……)

何故か一瞬その姿がキラキラと眩しく見えて、吾郎はとっさにゴシゴシと目をこすりつける。さきほど見ていた夢の中で探していた誰かに見えたような気がした。

「…し、みず…?」

一瞬、何故かそこだけが暖かい日差しのように感じられたことを不思議に思うのだった。何故ならそこにはいつも見慣れているはずの幼なじみがいるだけであった。

「あーいたいたっ。この前貸したノートだけど、あたしも授業で使うから…――」

やっと捕まえたとばかりに薫は要件を言いかけたが、対する吾郎は呆けたような表情でそれをさえぎるように呟いた。

「…清水、だよな……そうだよな…」

吾郎の脳裏にはついさっきぼんやりと浮かび上がった、まだ名前も顔も知らないはずの女の子の姿がフラッシュバックするのだった。

“いいなーって思う子のひとりやふたり―――”

先ほどの藤井の台詞までもが頭の中にリフレインされる。

(……まさか、な……)

吾郎はこのまま薫の顔をじっと見ていると何かとても大事なことに気づきそうな予感がした。心臓の鼓動がだんだんと早くなり、慣れない気持ちに吾郎は妙に不安を感じるのだった。

「何だよ本田、ぼんやりして……具合でも悪いの?」

薫は首を傾げながら、疑問符が浮かんだ表情をしている吾郎を見つめる。そして何かを気づいたように突然声を上げた。

「まさか。」
「……へっ?」

胸中の複雑な想いを感づかれたのかと、一瞬吾郎はドキリとする。薫はいたずらっぽい笑顔を浮かべてこう言った。

「お前、まーた変なモンでも食ったんだろ?ホントやめとけよー、拾い食いだけは。」
「………………。」

薫が発したのは幼なじみとしていつも通りの軽口である。しかし身構えていた分だけ、吾郎は思いっきり拍子抜けしてしまい言葉を無くしてしまう。そして、終いにはこう結論づけた。

「………たぶん視力が悪くなったんだな、俺。それだけだ、うん。」
「はっ?」





まだまだ気軽な幼なじみという関係に甘んじている幼い彼女と、自身の恋心に奇跡的なくらいに鈍いとも言える彼。

相も変わらず、お互いに、タイミングを逃し続けているのだった。







『吾郎の好みのタイプとはなんぞや?』と思いながら書きすすめた話。

聖秀時代で吾→薫ぽいのを目指しつつ、やっぱり難しい…。吾郎は100%無自覚だけど薫には昔っから惹かれてたんだと信じたい私です。

他の野球部メンバーが書けて楽しかった。特に藤美保の口喧嘩は完璧に趣味です。




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