そわそわ… そわそわ… そわそわ… 「せんぱーい、笠松せんぱーい」 「なっなんだよ!」 「声!声うらがえってるし、震えてるしなんなんッスかもう!」 何、と黄瀬に言われた笠松はこれまた大袈裟な動きで「なんでもねーよ!!」とどしどし足踏みしながらコートの中へシュート練をしに入っていった。 今日は大事なIH(インターハイ)前の練習試合、神奈川県では海常と一、二を争う強豪校との練習試合。 今年は死闘の末、IHには行けなかった高校だが長い付き合いの海常高校の練習試合を手伝ってくれると言ってくれたのだ。 その練習試合にあろうことか主将の笠松は何やら落ち着きがなく周りが心配するといった状態になっていた、相手校は間もなくくるというのに。 「なんで先輩あんな…あぁ、シュート外してるッスよー得意な角度なのに!」 「あぁ、あれかー仕方ないっちゃ仕方ないなー」 「小堀先輩!」 「でも大丈夫だよ、後もう少しで着くから」 「着く…何がッスか!」 黄瀬の頭にハテナが浮かぶが小堀は素知らぬ顔で自信も練習に入った。 黄瀬も笠松に不安が残るものの渋々練習に加わった。 時刻は十一時半、間もなくお昼休憩の時間、集中しすぎていた黄瀬に集合の号令がかかった。 「なんッスか…って誰?」 「誰、じゃねぇ!全員整列!!」 笠松の拳が黄瀬の肩に一撃を食らわせて部員全員を整列させた。 その列の前にいるのは優しそうな女の人で、それはもうきれいな人だった。 「今日一日、よろしくお願いします!!」 「よろしくお願いします!!!!」 笠松の号令にほかの部員も頭を下げた。 しかし黄瀬も釣られて頭を下げたが未だに訳が分からない顔をしていた。 「一年生の皆さんはじめまして、海常高校卒業生の白石さちこです、去年までここでマネージャーさせて頂いてました、今日は顧問の武内先生がお昼から所用で居ないので変わりに監督させて頂く事になりました」 「な、なる程…」 黄瀬の納得したと漏らした声は笠松の声にかき消される。 「昼飯まであと三十分だからって気ぃ抜くなよ!気合い入れてけ!」 「うっす!!」 なんという事だろう先程までとは打って変わって気合いの入った笠松に黄瀬は目を見張る、まさか先程小堀の言っていた「着く」というのは目の前の白石の事で彼女のお陰で大丈夫、と言うことなのだろうか。 「ほら、黄瀬見てみろ」 「へ?」 急に小堀に声をかけられた黄瀬は素っ頓狂な声を上げたがすぐ指示された方を見る、そこにはまるで大事な試合中だと言わんばかりの集中力でシュートを打つ笠松の姿があった。 「どういう事ッスか…」 「ははっ相変わらず笠松は分かりやすいなぁ」 「小堀先輩?」 「さっき紹介した白石先輩ってのは笠松の初恋の相手なんだよ!」 「え、えぇぇえ!!」 黄瀬が驚くのも無理はない、なんたってあの女性が大の苦手な笠松だ、まさか恋をしていたとは。 しかもだ、あの笠松の反応を見るや現行で恋しているのだろう事もわかる。 「そーいう事だったんッスか……」 黄瀬がそう呟くのと同時に十二時の昼休憩となった、笠松はと言うと自分の鞄からタオルを出して汗を拭っていた。 それから直ぐに部員に指示を出し、自分も持ってきたお弁当を開ける、そこに白石が近づいてきた。 「笠松くん!お疲れ様!」 「っ……ありがとうございます」 「白石マネージャーの恒例、唐揚げ配りしてきていいかな」 「え、」 そう言って大きな重箱を開けると大量の唐揚げ、そしておにぎり。 白石は過去にこういった練習試合の時に自ら作った唐揚げとおにぎりを選手に配っていた、理由は育ち盛りが練習を一日中やるのに持参のお弁当じゃ足りなさそうだから、と言うもの。 勿論、笠松はそれを知ってるし自身もお世話になっている、しかし今回だけ何故か自分に許可を求めてきた、それに動揺してしまったのだ。 本音は白石の手料理を他の奴に食べさせたくない。 しかしそんな事言えば小さい男だと白石は嫌うだろうか、そうでなくても折角のお弁当を粗末に出来ない。 笠松は泣く泣く「どうぞ…」そう言った。 「じゃあ、はい、あーん!」 「………へ」 「唐揚げ、好きだよね?ほら、あーん!」 笠松には何が起こったか理解できないでいた、目の前の想い人は今、自分に唐揚げを差し出してる、白魚のような綺麗な手が爪楊枝を慎ましく摘まみその先にいる唐揚げを、自分に、しかも、あーん。 あーん。 「あ……」 「はい、あーん!」 笠松の心臓が開いた口から飛び出るのではと思うほど鼓動し、しかし頭は静かだった、真っ白、何も考えられず言われるままに口を開いて唐揚げが口に入る、生理的に口を閉じれば白石の爪が自身の唇に触れ…… 「んんんん!!!」 「きゃっ」 「うわっ」 驚きで数メートル後ろへ下がった笠松とその動きに驚いた白石、そして急に下がってきて体をぶつけれた黄瀬。 顔は真っ赤になる、なんたって白石の指と自分の唇がふれた。 「何ッスか?」 「ひっひ、ふー」 「ラマーズ法……?どうしたッスか顔真っ赤ッス……え?」 笠松を案ずる黄瀬に陰が落ちる、そこには満面の笑みを称えた白石が今度はおにぎりを持っていた。 「笠松くん、おにぎり、あーん!」 「ひっ」 「なっなになに?」 笠松は体を揺らし、そして黄瀬の影に隠れた。 それでも白石はおにぎりを笠松に差し出す、黄瀬はそれを見て何となく状況を把握した。 「あのー…」 「ん?」 やっと白石の意識が笠松から外れた、それによって笠松は少し冷静を取り戻し少し黄瀬の影から出てきた。 「笠松先輩のことからかってます?」 「からかってないよ?」 「でも、こんな事して笠松先輩期待しちゃいますよ」 「な、なに言ってんだ黄瀬!!」 黄瀬の発言に笠松は怒る、しかし白石の手前、手を出せない。 「期待、しちゃいなよ」 「え?」 「と言うか期待してよ」 「え?」 「私、ずーっと待ってたのに、笠松くん分かりやすいのに何にも言わないし行動に示してくれないし…もしかしてからかわれてたのかしら…」 「そんな事ない!…です…」 笠松は身を乗り出し白石にそう伝えたが勢いに任せ見つめた白石の瞳に溜まる涙を見てしまった笠松は語尾を弱める。 自分の初恋の相手を泣かせてしまったのは自分だと、経験の浅い笠松でも今の白石の言葉からよく分かった。 白石もまた、自分を気にかけてくれていたと気づいてしまった。 「っと…その……白石、先輩…おれ」 「ん……」 「はじめて会った時から何となく気になってて、お話すればするほど好きになってって……それで去年のミスの時も俺を奮い立たせてくれたのは白石先輩なんです」 「うん…」 「だけど、俺は不器用だしバスケと先輩とどっちも頑張れそうになくて…それで忘れようと思ったんです!!だって、先輩はモテるし……それに先輩の好きなバスケを頑張るんだって思ったら一層やる気に……」 「でもそれって笠松くんの片思いだったらの話じゃない…私だって、笠松くんのこと…好きだもん!」 白石の「好きだもん」に完全にノックアウトされた笠松が真っ赤になりながら後ろに倒れる。 それを白石が抱きかかえて手を握った。 「私、笠松くんのバスケまだ応援してもイイかな…もちろん、彼女として」 「お…おれでいいんですか?」 「笠松くんがいいの!」 「が、頑張ります!!!」 そしてその後の試合は圧勝だった。 笠松のスリーポイントが全く落ちず、しかも大事な場面でのドライブもきっちり決めて、何より集中していた。 単純に調子が良かったのだがその調子を底上げしたのは何よりも白石だった。 小堀や黄瀬は思った、だからこのタイミングで告白したのか、と。 大事なIH前のこの時期にまさか笠松の調子をさらにあげるとは、名マネージャーでもありイイ意味で恐ろしい女だと彼らは思った。 |