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テロメア
「さちこ、手を貸して?」
「こう?」
「手相占い、ちょっと見てあげるね」
「占い出来るの?りょーちゃん何でも出来るね!凄い!」

こてんと効果音が聞こえそうな程可愛らしく首を傾げたさちこ、短く切りそろえられた細い髪が揺れて良い香りがする。
一度、髪を伸ばさないのか聞いたら結ぶのが大変だからと言っていた、だけどよく似合っているし何をしたってさちこは可愛いッスけど。

「これがね、生命線ね…んでコレが運命線」
「ふふっくすぐったい」

手を取って指をさちこの手ひらに沿わせて線をなぞる、どうやらそれがくすぐったいようで可笑しそうにしていた。

「あーさちこケーワイ線あるよ」
「ケーワイ線?」
「空気読めない人!」
「えぇっ酷いなぁ、そんなのもわかっちゃうの?」
「でも、アゲマン線ある」
「あげまん?なんか美味しそうな線だね」
「違う違う!この線持ってる人と一緒にいると自分をたててくれるの!だからこの場合さちこが俺をたててくれるってことね」
「りょーちゃん凄いねぇ」

常に笑顔を絶やさないさちこ、笑うと本当に可愛いし言葉の節々から彼女の優しさすら伺える。
だけど俺は彼女に嘘をついている、大好きなさちこに嘘をついている、本当のことを知ったらさちこは傷つくだろうし俺のこと嫌いになるかも知れないッスね。


俺はさちこの知ってる「りょーちゃん」じゃないんッスよ。


さちこの事は小学校の時に知った、当時から優しくて、それで活発で誰とも仲が良くて。
俺は小さい頃抽象的な顔で他の男の子に「女おとこ」っていじめられてた(今思えば僻みだったのだとも思うが)そんな時いつもさちこがやってきて「りょうたくんは心がおとこまえだもん、かおなんてかんけいないよ!」そう慰めてくれたのだ。
競争率も高くって当時ウブな俺はさちこに片思いをしていてそれを守っていた。
高学年になればそういったいじめは無くなってさちことクラスも離れちゃって殆ど話さなくなっていた。
だけどたまに顔が見たくて彼女のクラスでその姿を見ることがあったがその頃はいつもクラスの前の方の席でぼーっとしていたのだ。

それから中学は別々で会いたくてもすぐ会えなくてバスケ初めてからはたまに彼女の事を忘れてしまう時があった。

そして中三の夏、偶然町の中でさちこを見つけた、眼鏡をかけていたけれどすぐにわかった、しかしそのさちこは人通りの多い道の真ん中で立ち尽くしていたのだ。
道にでも迷ったのかと声をかけた瞬間飛びつくような勢いで俺につかみかかってきた。

「りょーちゃん!?」
「へっ」

さちこは俺をりょーちゃんなんて呼んだことは一度もなかった。それに知っている、りょーちゃんと言うのは彼女の幼なじみの亮くんの事だろう、小学校の時にいつも一緒にいて嫉妬したものだ。
だけど何故、幼なじみの亮くんと俺を間違えたのか、彼女の目を覗き込んでその瞳が俺を見ているようで見ていないことが分かった。

彼女は…さちこは光を失っていたのだ。

小学校の時から兆候はあったそうだ、視力がどんどん悪くなって外で遊ぶのが困難になり中学で眼鏡をかけ始めたがそれでも視力は悪化していったそうだ。

そうして俺は嘘をついた、自然に彼女に近づく為に。
俺は「りょーちゃん」になった。
最初はすぐバレると思ったがさちこが「りょーちゃん東京に戻ってきたんだね」と言っていたのでどうやら亮くんは近所に居ないようだったのでバレる心配は当分無さそうだった。

それから何度かさちこと遊んだりしてしかもお付き合い出来るようになって、ご両親から許可を貰って外へデートに行ったりもした。


今日もデートの最中でカフェのテラスでお洒落にティータイムだったわけだがふと最近さちこに触れてないことを思い出して手相を見るなんて言って手を握った。

「さちこ、ちょっと俺お手洗い行ってくるね、まってて!」
「うん!」

立ち上がって頭を撫でてやってそれでトイレへ向かった、未だに緊張して喉が乾くもんだから飲み物の摂取量が半端じゃない、おかげでトイレも近くなる。
さちこを心配させないように慌てて用を足し急ぎながら丁寧に手を洗ってそして席に戻ろうとした。

「え」

さちこの周りに数人の女性、高校生くらいかそれなりのおしゃれな服に化粧を決めてるハデ目な人。
どう見たって仲良くしましょうという雰囲気ではない。

「あんたリョータのなに!?」
「リョータ?」
「黄瀬涼太だよ!モデルの!!一緒にいたでしょ!?」
「え……」

そうだ…失念していた、あぁ。
もしここで隠れていればさちこに俺の正体がバレる事はないだろう。
しかしそんな事出来るもんか、さちこに嫌われても、それでも今にも殴りかかりそうな女に嫌みを言われているとこを黙って見ているわけには行かない。
俺は心は男前なんッスから。

「彼女ッスよその子」
「黄瀬くんっ」
「ちょっとそーいうのマジ勘弁ッスわ」
「いや…これは」
「まぁいいや、見逃してあげるからさっさと消えてくんないッスか?俺、大事な女の子目の前でいじめられてて頭キてんッスから」

そう言えば女共はサーッと消えていった、あーあーどうしてくれるんださちこが神妙な顔で目を開けてただ真っ直ぐ前を向き続けているではないか。

「俺、ごめん…」
「そっか涼太くんだったんだ」
「え?」
「ふふっ知ってたよ、りょーちゃんじゃないって」
「うそ、」
「嘘じゃないよ、りょーちゃんはねここに大きなホクロがあるの」

「触ると凹凸があるからわかるんだー」そう言って耳の後ろの少し下の首辺りに指を指した。
知ってた、のか。

「そっか…」
「涼太くん、ありがとうね一緒に居てくれて」
「ちょ、別れの言葉みたいな」
「違うよ、ただのお礼、これからも私と一緒に居てくれる?」
「もちろん!」
「涼太くん、ふふ、涼太くん」

さちこはそれから会う度、何度も俺の名前を呼び続けた、用が無くとも優しい声で呼ぶのだ。

俺は幸せなのだと思う、さちこが縋るように俺の名前を呼んでくれることが。
最後まで俺の名前を呼んでくれることが。
もうその愛しい声は聞けないけれど俺はこの世で一番幸せな男だと誇れるよ、こんなにも愛されているから。

守るよさちこ、愛してるよさちこ。
もうこの声も届かないけど。




さちこはあれから数ヶ月後、聴力も失った。



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