「さちこ、また痩せた」 「スタイル良くなるしいいじゃん」 「よくない、抱き心地が悪くなるだろう」 「体の心配しろよ、おい」 実家の私の部屋で二人で読書…いや、鉄平は私を後ろから抱きすくめているだけだしコイツは本なんか読んでない、読んでるのは私だけだ。 暫く大人しくしていた鉄平もほったらかされるのに飽きたのか私のお腹に回した手で腹の肉を摘まんだ、そして一言冒頭のセリフ。 しかも鉄平は「さちこは丈夫だから体の心配はしてない」等と抜かしてきたのでいよいよ無視を決め込む。 そう言えば出会った時から妙な男だった、出会いは高校一年の夏、二学期が始まって間もなく私の母親が病気で入院したときだった。 病院にお見舞いに行ったときに声を掛けられたのだ。 「君も誠凛?」 学校の帰りに制服でそのまま病院へ行っていたのでそれを知る人ならわかることだ、さして不審がることもなく「君も?」と返事をした。 「そう、お見舞い?」 「まぁね」 同じ学校と言えども知らぬ人だしみなまで言わず彼の近くの椅子に腰掛けた。 病院の待合室、彼は車椅子に乗って人の流れを見ていた、人間観察でも趣味なのだろうか穏やかな顔で行く人、行く人を眺めていた。 「部活は?」 「文化部、君は?」 「木吉」 「は?」 「君じゃない、木吉鉄平」 ここで思い出した木吉鉄平という名前を知っている、確か朝礼で有りもしないバスケ部の宣誓を屋上でやっていた。 目があまり良くない上にバカな奴らだと目も向けなかった。 確か結構強くて良いとこまで言っていたと聞いたけど、その木吉くんがこんな所で何をしているのか。 「木吉くんは試合中に怪我したの?」 「君の名前も聞かせて欲しいな」 なんだコイツ、私の質問には答えたくないのか?さっきから質問を被せてくる、正直イラッとした。 「白石さちこ」 「さちこさんか!よろしく!」 「……いきなり馴れ馴れしいな木吉くん」 「へ?」 にへらっと笑った木吉くんの顔が間抜けな顔に変わる、え、名前で呼んだら可笑しいの?なんて顔だ。 当たり前だ仲良くもない人間に下の名前で呼ばれる筋合いはない。 「でも、さちこさんの親御さんも白石さんだろ?俺はさちこさん個人に興味があって話をしているんだから馴れ馴れしいと言われると……困ったなぁ」 と眉毛をは八の字にして本当に困ったように頭を掻いた、私がどうにも折れないとイケナイ様だったので「何でも言いよ、もう」といって席を立った。 後ろからのんきに次合う約束の様な言葉を頂いたが無視して病院を後にした。 翌日もその翌々日も病院には行ったが敢えて待合室を避けるようにして母親のお見舞いに来ていた。 母子家庭で育った私は母が女手一つで育ててくれた、高校も近くでお金のかからない所を選んで中学は運動部だったのをバイトするために諦めて文化部に入り、母親に負担を掛けないようにやっていこうとした矢先に母親の入院、母は私のせいじゃないと寧ろ良くやってくれてるとそう言うが、正直やるせない。 自分に腹が立つ、うまく行かない事があっても乗り越えてきたけれど此ばっかりは自分の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。 どうしてもっと早くから家事の手伝いが出来なかったのかだとか、寧ろ中卒で働けば良かっただとか、思案し始めたらきりがないきりがないし意味がないこと 過去はどうしたって返ってこないのだ。 「さちこさん、顔怖いな」 「……木吉」 「あれ、ははっ嫌われちゃったかな」 「もう帰るから、じゃ」 「待って!」 嫌われてるのをわかっててニコニコしながら私を呼び止めた木吉に顔が歪む。 「少しだけ、話をしないか?」 「なんで」 「興味があるっていっただろ?」 「告白かよ…」 「はははっ、随分本性出ちゃってるなぁ前にあったときとは全然違う、うん告白…そう受け取ってもらって構わない」 「変わってんね」 「さちこさんもね」 そうして木吉の車椅子を押して待合室へ向かった、平日の閉館時間間際というのもあってか待合室は私達だけだった。 窓際の丸テーブルに私を誘導した木吉は自分の反対側に座るよう私に言った。 「で、話って?」 「特にない」 「はぁ!?」 にへらっと笑った木吉に思わず大声で突っ込みを入れてしまった、呼び止めておいて特に話がないだと。 「強いて言うならさちこさんの事を知りたい」 「そーいうの誰にでも言ってるの?」 「なんでだ?」 「異性にそう言うこと言うと勘違いされるよ?そう言うの好きな人に言った方がいい」 「そうなのか……じゃあ俺はさちこさんが好きなのか」 「なんでそうなるっ!」 コイツ天然か…てか天然だ確信した。 なる程、なる程、なんて一人頷いているが絶対違うからな? 「あのさぁもう少しよく考えて発言しなよ」 「心外だなぁよく考えて発言しているつもりだ」 「つもり、ね…んじゃ木吉は私と手を繋いだりキスしたり出来るわけだ」 「……出来るな!」 あ、間違えたコイツあんま考えないで発言するから出来る出来ないの質問じゃだめか。 「そーじゃなくて…まぁいいや…」 「良くないぞ、さちこさんの気持ちを聞いていない!」 「いや、私はノーだからね」 ダメだ話にならない、早く閉館時間にならないかな… 「似ていると、思ったんだ」 「何がー」 私は完全に聞き流しモード、待合室の入り口付近をボーッと見つめて上の空、聞いてるけど内容なんか頭に入れる気がない。 「試合中に取り返しのつかない怪我をしてチームメンバーに迷惑をかけた」 「ふーん」 「だけどみんな優しいから心配してくれて、誰も俺を責めなかったんだ」 「へぇ」 「相手プレイヤーとの接触で怪我をしたが以前から自己管理がなってないせいで不調だったんだ」 「……」 めげないで話すなぁ、普通生返事食らったら話やめるでしょ。 そう思ってちらっと木吉を見た、え、何その顔。 悔しくてそれで居て悲しくてまるで怒っている様にも見える表情。 「似ていると、思ったんだ」その言葉がリフレインする。 自分の不甲斐なさに憤るその気持ちが痛いほどわかった、彼もまた行き場の無い怒りに自分の首を締めているのか。 全てはわからないけれど木吉を欠いたチームは優勝を逃したのだろう、自分のせいだと思いつつも仲間がそれを否定する、優しい彼らを否定できずだけども自分のせいじゃないという事を受け入れられなくて… 「私のうちは母子家庭なの」 気付けばそう口にしていた。 木吉が驚いたような顔をした、無理もないか、私が自ら自分の話をしているのだから。 「ずっとね母親が一人で育ててくれたの、迷惑掛けたくなくてバイトもして家事も手伝って、だけど無理がたたった母は今入院してるのね…私は悔しくて仕方なくって自分が許せなくって」 「さちこさん」 「一緒だよ、木吉と一緒…母も私のせいじゃないって言うの、だけどそれを受け入れられないのっ…受け入れられないけど、でも…事実だってちゃんとわかっ…」 「さちこさん…さちこさんもきっと負けず嫌いなんだね」 いつの間にか車椅子でそばまで来ていた木吉が私の手を握った。 困ったようなだけど優しい笑顔で私を見つめた。 「弱い自分なんて他人に見られたくないよな…だから俺の弱音、内緒にしてくれないか」 「木吉…」 「変わりにさちこさんの弱い部分は俺だけが知ってればいいし頼りたい時は俺だけ頼って、そうすれば誰もさちこさんが泣き虫なんて知らない」 「泣き虫じゃない…し」 「手、繋いじゃったな」 「は?」 「じゃあ、後はキスだけか」 「は、はぁぁあああ!?」 急に顔を近づけるから手を振り払って勢いよく立ち上がった、キョトンとする木吉が相変わらず憎らしいほど天然ヤローで私だけ真っ赤な顔で悔しいから見上げる木吉のおでこにキスしてやった。 「これで満足かっ?」 「なんかスッゴいドヤ顔だね…驚いたな…でもイヤじゃないな!」 「ホント天然バカ」 「でも出来れば口に欲しかったかも」 全く木吉も大概負けず嫌いで私も負けず嫌い、似たもの通し同族嫌悪せず居られるのはお互い相手より自分の方が相手を想っていると自負しているからだろう。 高くそびえ立ったプライドの壁を壊すでも乗り越えるでもなく同じ高さの壁で対等に話してくれた木吉が私は大好きなのだ。 絶対言わないけど。 未完成な愛情表現 「鉄平」 「ん?」 ちゅ…… 「御馳走様」 「さちこ、それじゃあ肉はつかないぞ」 「知ってる、でも鉄平の唇は柔らかいから美味しそう」 「それはさちこもだろう」 はむっ…… 「御馳走様」 「あーあ食べられたからまた体重減ったー」 「それは大変だほらさちこもう一回!」 好きだなんて愛してるなんて口が裂けても言えないけれど変わり者通し通じ合ってるんだから問題ないよね。 |