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照れ隠しお化け
お母さん、私、いまピンチです。

目の前にそれはもう素敵な程綺麗な笑顔を貼り付けた花宮先輩が仁王立ちで私の進路を塞いでいるのです。

部活も終わって、マネージャーの仕事が終わって、選手や先輩マネージャーが殆ど帰った後の後輩の居残りも終わってやっと帰れる、そう思ったのに昇降口までの一本道の長廊下の途中に壁にもたれ掛かって腕組みしている花宮先輩を見つけて「お疲れ様です!」そう挨拶しただけなのに盛大な舌打ちが聞こえたと思ったら先の状況だ。

霧崎第一の選手やマネージャーみんなひっくるめてもこの人程性格の悪い人は居ないと思う、私の中で危険度Sランクの超出来れば関わりたくない人代表取締役だ。

しかし此処で私が花宮先輩を無視して帰れない理由をちゃんと言っておかねばならない、アノ花宮先輩がこんな凡人間の帰りを待つ理由の正当化をしてあげないと悪童の名に傷が付くかもしれない。

花宮先輩が私を待っていた理由、それは彼が私の恋人だからだ。

但し言っておくがこれは花宮先輩の策略の道具にされているだけで、甘さも何もない無味のお付き合い。
花宮先輩の告白は簡潔だった「恋人役をやれ」もちろんそんなのはゴメンしたかったけど先輩のあの恐ろしい笑顔の前にビビり萎縮した元より小さい私の正常な脳は白旗を降っていた。

暫く一緒に帰ったりしているうちに何故私に恋人役を頼んだのかよく理解した。
つゆ払いだ、ルックスのせいでモテる花宮先輩は日頃からそれを鬱陶しいと感じていたしかしそこで問題です、何故私か。答え、一つはマネージャーである事、全く知らない人間を選べば周りが不自然に思うから、そしてもう一つは後輩である事、年下の後輩彼女を気遣う優しい彼氏という図は実に周りに受けがいい、つまり猫被りの一貫な訳だ。

正直ここまで言って虚しくなった、だって仮にも初めて出来た彼氏がまさか恋人ごっこだなんて、私は毎日この眉毛のお化けに思うのだもうやめて欲しい、と。
だけど言えない、拒否した時の花宮先輩から受ける仕打ちの恐怖もあるけど私は本気で好きになりかけてるんだ、花宮先輩を。

二人きりの帰り道では誰が見ているか分からないからかもしれないけど私はいつだって車道側を歩かされた事はないし、前から男の集団がくれば背に隠して歩いてくれて、花宮先輩の用事でコンビニに寄った時は手間賃って頼んでない私の好きなジュースを驕ってくれた、もちろん家の前まで送ってくれるし今日みたいに私が遅くても待っててくれる(だから無視して帰れない訳で)。

バスケの試合以外では優しいところもあったりして、それを花宮先輩は押し売りしたりもしなくて。
恋人ごっこを強要されてるのに嫌いになれないのだ、虚しい。

「おい…おい!」
「ひゃ!」
「なぁに無視してんだよ、お前…俺に言うことねーのか」
「え……」

笑顔の花宮先輩はとても怖い、だって怒ってるから、怒りを通り越して笑顔が張り付いちゃってるから。
私はいったい花宮先輩に何をしてしまったと言うのか、怒らせるような事をしただろうか。
昨日は普通だった、確か家の前で分かれたときも普通だった、と言うことは今日なにかしてしまったんだ。
思えば午後練習の時は開始直後からめちゃくちゃ機嫌悪かった、朝練の時かな、私何したっけ。
どんなに思考を巡らせてもなにも思い浮かばない、その間も花宮先輩は片眉をヒクヒクさせて怒ってらっしゃる。

「す…すみません、何しちゃったかわかんないです…」

とうとう降参してそう告げれば、花宮先輩は目を丸くして顎に手を当て何か思案し始めた。
さっきより幾分か表情が和らいだ気がするけどどうやら今度は怒りより呆れに近い表情になった。

「知らなかったんだな」
「え?」
「いや、いい、なんでもねぇ」

花宮先輩は私の手を取りいつも通り帰り道につくことにしたらしい、握られた手はとても冷たくて、ずっとこんな寒い廊下で待っててくれたんだって思ったら申し訳なくなった。
昇降口で一度離れてそれぞれの靴箱から靴を取り出した、それから私は花宮先輩の方へ向かった、花宮先輩は見知らぬ小さな紙袋を持っていた。

「勝手に入れやがって……」

小さな舌打ちとともに聞こえてきた呟きに紙袋はどうやら靴箱の中に入っていたことがわかる、そしてその紙袋が花宮先輩のではない事も。
ここで私は「あ!」っと大きな声を出してしまった、それに気づいた花宮先輩がその紙袋を無造作に持ったままやってきた。

「勝手に人のテリトリー入ってくんなって思わねぇか?ご丁寧に鍵まで壊しやがって器物損壊罪だろ、んで不法投棄……ふはっ」
「は、花宮先輩!」
「あ?」
「お、お誕生日…おめでとう御座います……」

そう、忘れていた、今日は花宮先輩の誕生日だったんだ、最近余計なこと考え過ぎて完全に忘れていた。
他人のプレゼントを見て思い出すなんて最低だ、本当に最低。

「知らなかったんじゃねぇのかよ」
「ごめんなさ」
「よかった」
「え?」

花宮先輩は持っていたプレゼントらしき紙袋をグシャグシャってゴミ箱に押し付けた。

「花宮先輩!?」
「あ?んなもんゴミだろーが他人の靴箱に投棄したゴミ」

見下すように笑う様は何時もの悪童、花宮真だった、何故か機嫌が治ってる、どうしてだ?

「花宮先輩、あの…私っ」
「プレゼントなんかいらねぇよモノなんざかさばるだけだし食いもん寄越されても食いたいもんなんてそん時の気分だしな」
「でも、」
「俺、お前に誕生日教えてないよな…誰から聞いた?」
「友達です……」

花宮先輩は「ふぅん」と呟いて笑った。

「俺のこと調べてくれたわけだ、つまりそん時は祝うつもりでいた、ならそれでいい…それに、俺のせいでもあるだろうしな」
「え?え?」

花宮先輩は靴箱の棚に背を預けて「ふはっ」って悪戯っぽく笑った。
私は花宮先輩の言いたいことがわからなくて狼狽えていた。

「お前さ…俺が利権の為にお前と付き合ってるって思ってんだろ?」
「そ、そんな…」
「ふはっ、本当に嘘つけないよなぁお前、分かりやすい、心と表情筋一体なんだよな」

ご機嫌に笑う花宮先輩は今までで一番機嫌がいいかもしれない。

「まぁ、恋人役をやれなんて言ったのは俺だけどな…命令口調にでもしねぇとお前、ハイって言わなさそうな程俺を毛嫌いしてたみたいだし?」
「え」
「出来るだけ彼氏らしい事してやれば向き合ってくれると思って、だからあれはただの告白だったんだよ、まぁ流石に誕生日も知らないなんて思ったら虚しかったけどな、知ってたなら何もいらな……ってオイ何泣いてんだよ」

花宮先輩はちゃんと私の事好きだったんだ、そう思ったら嬉しくて涙が出てきて、珍しく花宮先輩が慌てて駆け寄ってくれて。

「嬉し、泣き、ですっ…」
「っち……さちこ……顔あげろ」
「や、ですっ顔ぐちゃぐちゃで」
「いいっつーの……」

グイッと顎を持ち上げられてそしたらすぐ頭の後ろに花宮先輩の大きな手があてがわれて、それで、唇に柔らかい湿った感触があって。
急なことに体が強張って抵抗するも力の差で唇は押し付けられたままだった。
いよいよ苦しくなってきてさながらマウントを取られたレスラーがギブアップの宣告をする様に花宮先輩の肩にそれを宣告する。

「悪ぃ…ガマン出来なかったわ」
「はぁっ…はぁっ…」

唇を離した花宮先輩は未だ息切れている私を抱きしめて背中を優しく叩いてくれた。

「プレゼント…の代わりっつー事で許せバァカ」
「ちゅー、でいいんですか?」
「モノよりよっぽど嬉しいな」

花宮先輩は落ち着くまで抱きしめてくれて、頭を撫でてくれる手が凄く優しくて心地よかった。
それからいつも通り手を繋いで家まで帰った。

なんだか幸せ過ぎて花宮先輩に逆にプレゼントをいただいてしまったようだった。

「あー後な、両思いじゃねぇって思ってたから言わなかったんだけどその花宮先輩っての辞めないか?」
「でも…」
「付き合ってんのに不自然だろ……てのは言い訳だな歳とか関係無ぇよ、名前で呼んで欲しいんだよ」
「えーっと……真さん?」
「ぶふっ!!げほっ、げほっ…」
「大丈夫ですか!?」
「いや、なんか…恥ずかしいな新婚カップルかよ」
「ど…したら」
「いやイイ、それで、なんか俺のモンだって感じだしなぁ?」

ニヤリと笑った花宮先輩……じゃなかった真さんは何かまた悪いことを思いついたのだと思います。

改めてお誕生日おめでとう御座います真さん。



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