小説 | ナノ




君に贈るダリア13
すっと息を吸い込む、冷えた空気が体に入ってふっと息を吐いたら目の前がふわりと白くなった。
待ち合わせの公園の前、花壇の縁のレンガに座って寒さに体を揺らした、同時に手に持ったカイロがかさり音をたてたので故意に振ってみる、かさかさ乾いた音に楽器みたいだなって意味もなくリズムを刻んでみた。
こんなに人を待つのが楽しかった事はないかもしれない、待ち始めてから十分程だがドキドキが止まない。

待ち合わせ時間まで後五分、向こうの方から走ってくる影が見えて立ち上がった、自然と笑顔がでて手を振ってみる。

「笠松くん!」
「すみません、待たせました」
「いいのいいの、なんか居てもたっても居られなくてね…早く来ちゃったの!」
「えっ…そ、そうですかっ」

待ち人の笠松くんは少し息を切らせて私の元にきた、今の笠松くんは少し顔が赤い。
照れているのかな?可愛い。

「は、早めに家行きましょう!」
「どうしたの?」
「見つかったらヤバいですよ」
「……もしかして黄瀬くんからなんか聞いてる」
「はい」

黄瀬くんは世話焼きねぇー…可愛い弟分だこと、笠松くんは気を使ってくれたようで合流してすぐ家に向かうことになった。

「そう言えば笠松くん大学決まってるんだよね?」
「はい、体育大学で指定校推薦貰いました」
「流石だね!もうそこでなにするか決めたの?」
「はい…決めました、少し前まではなんも考えてなかったんですけどね…」

隣を歩く笠松くんは照れ笑いをしながらも真っ直ぐ前を見ていた。
やっぱり笠松くんとの会話は楽しい、飾りのない真っ直ぐ真実の言葉、簡単そうで実はこればっかりで話の出来る人はそういない、だから楽しい。

「つきました」
「立派なお家!」
「古いですよ?」
「いいじゃない笠松くんの歴史の詰まったお家」
「は、恥ずかしいこと言わないでくださいよ……」

今日はよく照れるなぁ、そう言えば女性が苦手なんだっけ。
最近普通に話せるしすっかり忘れていた。

「ただいまー」
「お邪魔します!」
「お帰りなさい幸くん、そしていらっしゃい!」

立派な一軒家の玄関先で笠松くんのお母さんがお出迎えしてくれた、笠松くんは「いいって言っただろ!」なんて顔を赤くしながら言っていた。

「女の子苦手な幸くんがねぇ…女の子連れてくるなんて…しかも美少女!」
「今日はお邪魔いたします!」
「なーんもお構いできませんけど、うちの息子をよろしくね?」
「だーっもー母さんちょっとうるさいっ上行くかんな!!」

笠松くんはそう言うと階段を上っていってしまったので私は笠松くんのお母さんに会釈をして後に続いた。
笠松くんは自分の部屋の前で待っていたみたいで「どうぞ」って中に案内してくれた。

「気にしないで下さい…お喋り好きなんですよ」
「笠松くんのこと大好きなんだね、よろしくお願いされてもいいんだよ?」
「なっ、やっ、ちゃかさないで下さいよ」
「ふふ」

笠松くんの部屋は結構綺麗に整頓されており、バスケットの雑誌等は床に積み上げられてたりしているもののポスターなんかも貼ってない無駄のない部屋だった。

「あ」
「え?」
「笠松くん、弾いてないでしょーあげたギター!」
「だって、もったいなくて」
「弾いて貰う為に買ったのにー」

あげたギターの弦は使われた様子もなくスタンドにむき出しで置いてあった、多分何度か弾こうとはしたのだろうでも触れなかったんだ。
仕方ないのでギターを手にとって笠松くんに渡した。

「じゃあこのギターを弾く笠松くんを見るのは私が初めてだね」
「ホントに弾くんですか!?」
「もちろん!」
「プロの前で……」
「約束よ?」

笠松くんは唸りながらもベッドに腰掛け渋々その手を弦にかけて調弦し始めた。
うんうんちゃんと出来てるじゃない、チューナーもあるみたいだけど要らないわね。

「えーっとあんま自信無いですけど得意なのでいいですか?」
「うん」
「あ、後でさちさんのも聞かせてください」
「ん、わかった!」

にっこり笑えば笠松くんははにかんでそれからギターを弾き始めた、あぁ笠松くんは洋楽も聴くのかぁ。
所々危なっかしい所もあるけど緊張かもしれない、基本的なことはしっかり出来ているしアルペジオはとても綺麗だ。

「ど…ですか」
「凄いよ、吃驚した!趣味程度って聞いてたけどこんなに上手なんて」
「よかったぁ……」
「じゃあお礼にー」

私は笠松くんのいつも使ってるギターを借りて笠松くんの目の前に座り直した。

「笠松くん今のもっかい弾いて」
「え?」
「いいからいいから!」

笠松くんは再び弾き初めて、それに音を重ねる。
アクセントを入れたりハモらせたり笠松くんはこの楽しみが分かってきたのか楽しそうに口元が上がる。

「すっごいですね!」
「知ってる曲だったから、こっちの方がいいかなって」
「わぁぁあ感動……」

笠松くんは嬉しそうに足をパタパタさせている、なんか可愛いなぁ。

「あのっ」
「ん?」
「やっぱさちさんの曲も聞きたいです」
「っ………」
「どうしました?」

笠松くんとまっすぐ目があって、キラキラした純粋に楽しんでいるきれいな瞳を見たときドキリ、心臓がはねた。
あれ……なんだっけこの感じ、どっかで同じ事あったな。

「わかったよ、なにがいいかな」
「リクエストしてもいいですか?」
「え?私の曲知ってるの?」
「森山から借りて…」
「ふふ、嬉しいな…それで何を弾けばいいかな」

驚いた、最初は私のことなんか何もしらなかったのに曲を聴いてくれてたなんて、こんな嬉しい事は久しぶりだ。

「前進千礼(ぜんしんぜんれい)」
「デビュー曲…」
「応援歌ですよね、これ聞いたらさちさんを思い出すんです、勿論本人の曲だし当たり前ですけど……一番さちさんらしいと言うか…」

そうだ、この曲は私をこの世界に引き込んでくれたあの子を思って作った曲。
前に進む為に沢山の人に感謝してそしてまた進んでいこう、全体の雰囲気はそんな感じだ。

「わかった、いくよ」

すっと息を吸い込んでギターを鳴らす。

歌手としてデビューする前。
ギターに初めて触れた時に凄くドキドキした、優しくて切ない音も強くて綺麗な音も色んな音色を奏でられる楽器。
無限の世界に魅せられて一生懸命練習して初めて自分で試行錯誤して作った曲がたくさんの人に認められてドキドキして。
あぁ…さっきの感覚はあの時と一緒だったんだ、心が満たされたときの感覚。

私、笠松くんのこと好きなんだ。

拍手が聞こえる、たった一人の観客の拍手、だけど不思議と満たされる、私は泣いてしまった。

「さちさん!?」
「ごめんね…すぐ、収まるからっ」

見なくてもわかる、笠松くんが慌てている。
ごめんね、昔のキラキラした自分を思いだして切なくなっただけなの、少ししたら収まるから。

不意に手が温かくなる。
笠松くんが手を握っている。

「笠松くん?」
「この間、こうしてくれて凄く安心したので……」

笠松くんは真っ赤な顔をそっぽに向けてそう言った、きっと大変な事だろう、だって女性が苦手な笠松くんだ。
だけど今はその行為に甘えさせて頂く。

「笠松くん、私ね最近ずーっとスランプ気味だったんだ、何度弾いても、何度弾いても納得行かなかった…そりゃそうだよ、私が満たされてないのに誰の心を満たせるというの」
「っ!?」
「だけど、もう大丈夫…笠松くんのお陰で、もう大丈夫」

私は笠松くんを片腕だけで抱き締める。
びくりと笠松くんは肩を揺らしたけれど握った手は離さないで居てくれる。

「私、笠松くんのこと好きみたい」

どんな結果でもこの出会いのお陰で私はまた前に進める気がする。



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