「はい、これあげる」 そういって一之瀬君は私の前にピンクの丸い飴玉を差し出した。あ、今日はイチゴ味だ、なんて思うのは彼が毎日私に飴をくれるからだ。昨日はみかん、その前はたしか桃だったかなあ。 「ありがと」 私がお礼を言うと一之瀬君はどういたしましてと笑う。最近毎日行われるやりとりだ。何回目かは覚えていない。 最初は、一之瀬君って飴が好きなんだなって思ってたから深く考えていなかった。毎日持ち歩いてて、ついでに私にくれているとばっかり思っていたから。でもそれは土門君いわく違うらしい。じゃあどうしてなんだろうって考えて、次に出た答えは、マネージャーである私に感謝の意を表してわざわざ飴をくれているんじゃないかってひらめいた。 でもそれも春名ちゃんに聞いたら違うということがわかった。じゃあなんでだろう。更に考えたあげく、もしかして私がいつも、もの欲しそうな顔してるのかなという答えに辿り着いた。うわ。それってすごく嫌だ。 「うん、おいしい」 「よかった」 だから今日は思い切って彼に理由を聞いてみようと思う。一之瀬君から飴をもらえるのはすごいうれしい。最近それは私の中で密かな楽しみになっているくらいだ。でも、もし私がいつもお腹空かしてそうに見えるならその誤解を解かなくちゃならない。 そう思って、私は一之瀬君が座ってる椅子の近くに自分の座るパイプ椅子を引っ張っていった。場所が練習後の部室でがやがやうるさいけど、この際それは気にしないことにしておく。 「一之瀬君」 「ん、なに?」 長いまつげが何度か瞬き、一之瀬君が私を見据える。まっすぐと向けられた視線が絡んできて、少しだけ鼓動が早まった。こうみると一之瀬君は本当に女の子顔負けの綺麗な顔立ちをしている。でもサッカーをするときは対照的で一気に男っぽくなるから、そのギャップにたまにどきりとさせられる。と、今はそんなこと考えてる場合じゃない。 要件を話さない私に一之瀬君がどうした?と問いかけてきた。 ズレかけた思考を軌道修正して、私はずっと思っていた疑問をぶつける。 「ずっと気になってたんだけど」 「うん」 「なんで私にいつも飴くれるの?」 質問をぶつけると、一之瀬君は別段驚いてる様子ななく、むしろそう来ると思ったよみたいな顔をした。にっこりと私に笑顔を向けてくる。それに何の意味があるんだろう。そこから何か読み取りなさいってことなのかもしれないけど、あいにく私はそういうのが得意じゃない。彼の意図することが全く分からなくて、つい眉間に皺が寄ってしまう。もう、早く教えてくれればいいのに。 「その笑顔の意味全然わかんない」 「結構わかりやすいと思うんだけどな」 「うーん……もの欲しそうにしてる私への慈善事業?」 頭をひねって考えた回答は、彼の笑いの引き金を引いたらしく笑われてしまった。周りから何笑ってんだよなんて心配されるくらいに。そんなに的外れだったかな。でもちょっと笑いすぎなんじゃない?むっとして、一之瀬くんをにらみつける。するとごめんごめんなんて返事があった。でも全然謝られてる感じがしない。だってまだ笑ってるんだもん。 「ボランティアじゃないよ」 「それは見返りがあるってこと?」 「そんな感じ」 笑いの余韻が抜け切らない一之瀬君は放っておいて、私はまた考える。結果、彼のヒントのおかげでますますわからなくなった。 私に飴をあげて、一之瀬君に何のメリットがあるんだろう。せいぜい私の胃袋を喜ばせるか虫歯を助長するくらいにしかならない。 そんなやり取りをしている間に、部室からはどんどん人がいなくなり、次第に静かになっていく。三人寄れば文殊の知恵の諺に習って、帰ろうとしている円堂君や染岡君に協力を要請しようかと迷っていると、一之瀬くんがようやっと口を開いた。 「まずは胃袋からって思って」 「へ?」 楽しそうな声で一之瀬君はそう言った。もしかしてあれですか。童話でよくあるまるまる太らせておいて食べごろになった瞬間に食材になってしまうってオチですか、なんてあり得ないことが一瞬脳裏をよぎる。思わず黒いローブを着た一之瀬君が高笑いしている様を想像してしまった。しかし、それはない。ここは童話の世界じゃない。 だとしたら? 回りくどい答え方にやきもきしていると、一之瀬君は鞄からもう一つ飴を取りだした。今度は黄色。レモン味の飴。 「好きな子の、みさこの心を掴むにはまず胃袋から攻めていこうって作戦」 そう言って、ぽかんとしている私の口にレモンの飴が押し込まれる。 「効果は上々だと思うんだ」 にこっと効果音が付きそうな笑顔で一之瀬君はそう言った。 キャンディー 突然の告白に驚いたけど、私以上に円堂君と染岡君が赤面していて、なんだか笑えてしまった。 (20091208) 餌付けする一之瀬 title by:Endless4 |