※かっこいい佐久間が好きな人はご注意 「お前には警戒心がないのか!」 「えっ……」 おはようでもなく良い天気だねでもなく、これがみさこが本日幼なじみと交わした初めての会話である。 みさこは、言われた意味が理解できなかった。 このご時世、年頃の女の子は日々危険に晒される可能性が否めないが、それは夕刻や暗い夜道でのことである。ご忠告は大変ありがたいのだが、真っ昼間のグラウンドで言われても頭に浮かぶのは、はてなマークだ。 部室に荷物を運ぶ途中だったため、荷物を持ち上げようとするなんとも中途半端な体制でみさこは静止するはめになり、足がぷるぷるしていた。 そんな彼女をよそに、眼帯が特徴的な彼女の幼なじみ――佐久間次郎は、ずんずんとこちらへ歩いてきた。 心なしか、怒っているように感じられる。 「ねえ次郎、警戒心ってどういうこと?ま、まさか不審者とか…」 「んなわけあるか」 彼女の言葉を冷たく一蹴し、ふん、と偉そうに鼻で笑う。 そして佐久間はみさこの手から段ボールを引ったくった。割れ物注意の貼り紙を清々しいほどに無視し地面にどさりと落とす。 その際にガチャンと不吉な音がしたが、佐久間は聞かなかったことにした。 「あっ!それ救急箱の備品!」 「うるさいな。それよりお前なんで制服なんだよ」 「え?なにそれ……そんなことよりさっきガチャンって言ったよ?」 「しらねえ」 「しらねえってあからさまな嘘つくな!ヨードチンキの瓶割れてたらどうしよう」 幼なじみの蛮行にみさこは慌て段ボールの元へ駆け寄った。佐久間が荒ぶる理由を問いただしたかったし、警戒心云々についても気になったが、今はそれどころではない。備品の生存確認をしなくてはならないからだ。 備品を大切に扱うのはもちろんだか、中に入っている茶色い消毒液が流れ出した場合始末するのは彼女になるわけで。そうなると軽く一週間は手が茶色いままで過ごすことになる。 それはなかなかみっともない。 取り合えずよくわからない幼馴染を置いといて、どうか無事でありますように、と神様仏様両者にそう祈り、段ボールを開けようと手を伸ばした。 その瞬間、佐久間にものすごい力で肩を押さえられる。それはまるで、よいせっと自転車の空気を入れる時のようだった。 いきなり下へと押されたため、みさこは見事に尻餅を突く。 言うまでもないが、痛い。 「いった……!次郎なにすんの!?」 「だからなんで制服着てんだよ!」 またしても繰り出された佐久間の奇行にみさこは非難の声をあげた。が、それ以上の剣幕で佐久間に問い詰められたため、怒りが掻き消されてしまった。何か危機迫るものを感じずにはいられなかった。 射殺されるのではないかというほど橙色の釣り目に睨まれて、みさこは生つばを飲む。幼馴染をやってるだけあって、佐久間の目が怒りをたたえてることが読み取れたからだ。 何故だかわからないがものすごく怒っている。 「な、なんでって…今日ジャージ忘れたからだよ」 怒りたいのはこっちであるが、勢いに負けてしまった。佐久間を見上げ、それが何?と恐る恐る問い返す事が精一杯だった。 今のみさこは制服姿だ。それは学校が決めた規則に則っているので、ごくごく当たり前の格好である。むしろ学校で私服を着ているほうがおかしい。そんなのは小学生か一昔前の不良ぐらいである。 もしかして佐久間は、部活動時にジャージを着ていないことに腹を立てているのかと思ったが、みさこはマネージャーだった。プレーヤーならともかく、マネージャーの仕事ならば制服でいたとしてもあまり支障は出てこない。 それに今日の主な仕事は部室に荷物を運ぶことだったので、それこそ問題はないはずだ。 どこに怒られるいわれがあろう。 「ったく何やってんだよ!」 「えっ……」 しかし、みさこの予想はかすりもしなかった。 佐久間が鬼神のごとく怒りだしたのだ。 ますます意味がわからない。学校で制服を着ていて怒られたことなどみさこにとっては初めての経験だ。 「な、なんでそんなに怒ってるの?」 とりあえず立ち上がり、スカートに付いている砂を払い落とす。そして怒り心頭に発している幼馴染に奇行の理由を問いかけた。 「お前……さっきパンツ見えてたんだよ!」 そして返ってきたのがこの答えだ。 「パッ…え、あ、パンツ!?」 「段ボールを持ち上げようとした時にだ!」 「う、うそ…!」 「白だろ」 「ぎゃあ!な、なんで覚えてるの!」 一体どんな真相が、と手に汗握っていたみさこは拍子抜けした。しかしすぐに良からぬ単語を理解し、手だけではなく全身から汗が噴き出してくる。 佐久間は怒りながら、みさこが短いスカートで動き回るのでスカートの中が見えたなんてご丁寧に報告をしてきたのだ。しかも色まで言い当てられた時には、佐久間の嫌がらせだなんて笑い飛ばす事もできない。 そうえいば、今日は風がちょっと強いかもしれない。 なんて考えていたら、佐久間が距離を詰めてきた。仏頂面で視界が埋まり、思わず息をのむ。 「見せられるこっちの立場にもなれ」 「…す、すんません」 低く、一層不機嫌な声で佐久間はそう言った。 一応恥ずかしい思いをしたのは彼女であるが、見たくもないものを、なんて強調されれば自分が悪いような気分になってくる。ぽろりと謝罪の言葉がでた。 佐久間は、いいかこれから学校来る時は必ずスパッツ着用。部活は勿論ジャージ。制服でやるなんてもっての外。などと生徒指導も顔を青くするような厳しさでみさこの格好を取り締まっていく。 知らない人が聞いたら、この二人はどういった関係なのだろう、とあらぬ誤解を受けそうなふざけた会話である。しかし佐久間は至って真面目だった。授業中よりもテスト中よりも、下手をしたらサッカーをしている時よりも真剣なのではないだろうかと疑ってしまうほどの勢いだった。 そんな佐久間にみさこはイエスマンに徹するしかなかった。またしても迫力に負けてしまったのだ。 そしてみさこが首を縦に振りすぎて疲労感を感じ始めたころ、佐久間はようやく安堵したように溜息をついた。 「もういい…これはオレがやっとくから、お前今日はベンチで大人しくしてろ」 「次郎は練習しなきゃだめだよ!こんなの私一人でできるから!今度はちゃんと気を付けるし」 それに、とみさこは付け加えた。 「このあと冬海先生の所で荷物の整理が……」 「今日は帰れ」 なんとか佐久間を説得しようと試みたみさこの言葉は、寸分の迷いもなく切り捨てられた。見事なまでの絶ち筋である。 「えぇ!でも、先生に言われて…」 「そんなものあいつにやらせとけばいいんだよ」 「そ、そんなこと駄目だって!」 「オレが許す」 「ええっ!?」 「だから帰れ。今すぐに」 「ちょ、ちょっと次郎!」 先程からぶっ飛んだことを言ってくる佐久間にみさこは驚きを隠せなかった。いつも自分勝手で俺様な性格に辟易しているが、今日はいつもの1.5倍くらいそれがひどい。そんなに自分の下着を見たことに精神的ダメージを受けているのだろうか。それでこんなにおかしなことばかり言ってくるのだろうか。こっちも恥ずかしさで大変なのに、そんな残酷な追い打ちをかけられたら心が砕けてしまいそうだ、なんてみさこも迷走し始める。 しかし、幾分か冷静だったみさこは素早く思考を切り替えた。 「先生に行くって言っちゃったんだから、すっぽかすなんて駄目だよ」 「……ったく」 「次郎は早く部活戻らなきゃ」 「……ちょっと待ってろ」 みさこをなんとか家に帰らせようとしていた佐久間は、小さくため息をついた。すると荷物が置いてあるベンチに走っていき、なにやら手に持って帰ってきた。 「これ巻いとけ」 「え、これ…」 それは佐久間のジャージの上着だった。 「それならあいつのとこに行ってもいい」 ふんぞり返って佐久間はそう言った。傍から聞いたらなんて偉そうなんだ、と反感を買うような上から目線っぷりだが、しかし、幼馴染であるからこそ、これが佐久間なりに気を使ったのだ、ということをみさこはわかっていた。 あんなに怒ったのも、みさこにこれ以上恥をかかせないためではないのか、なんて思えてきてみさこは自然と笑みがこぼれた。 「ありがと」 不意に笑ったみさこに佐久間が赤面する。 「次郎ありがとね」 「お前は昔っから無頓着なんだよ…」 「そうかな?」 「そうだ」 照れを悟られない様に佐久間は顔を背けた。 するとみさこのポケットからリップが転げ落ちた。それを拾おうとしたみさこは佐久間の注意をまるでなかったかのように再び地面に手を伸ばした。その瞬間、佐久間に腕を掴まれる。 学習能力が皆無なのか!と極太マジックを使ったかのようにはっきりと顔に書いてあった。 「お前オレの言ったこと聞いてなかったのか!」 「あ、つい…」 「ついじゃない!いいか!世の中何があるかわからないんだ!もっと気を付けろ!」 「えっ…」 「返事!」 「は、はい!」 「それとさっきも言ったように部活の時は絶対ジャージ着ろ!」 「わ、わかった!」 「制服は禁止だからな!」 「は、はいっ」 「あとこれからは絶対スパッツはけ!」 「う、うん!」 「…オレといる時はいい。わかったな!」 「うん!………ん!?」 最後の言葉に、違和感を感じたみさこだったが、やっぱりオレが運ぶと言った佐久間が荷物を乱雑に扱うので、それは思考の渦にかき消された。 これはつい先刻の事。佐久間が必殺技についてメンバーと話しあっていた時の事だ。 少し煮詰まっていた佐久間は、グラウンドの端っこで段ボールと格闘している幼馴染に目を向けた。彼女は佐久間が大切にしてきた(本人は意地悪としか感じていないが)幼なじみだ。今まで迫りくる虫達をことごとく排除し、のこのこと近づこうものなら陰から闇討ちにしてきた。そんなことを全く知らないみさこはのほほんと健やかに人生を謳歌している。 そんな彼女は、サッカー部のマネージャーでいつもジャージを着てちょろちょろ動き回っている。しかし今日はまだ制服を着ていて、なんでだろう、なんて佐久間はぼーっと姿を目で追う。 すると彼女がしゃがんだ時に不意に風が舞った。その瞬間、幸か不幸かスカートがひらりとめくれあがったのだ。 佐久間は硬直した。 直後恥ずかしさがどっと押し寄せてきた。白だった、なんて戯けたことを思っていると、近くでひそひそと話す二軍男子の会話により思考が吹き飛ぶ。 彼らは今しがたみさこのスカートがめくれてしまったことに付いて話していたのだ。白だったの、ピンクだったの、いやいちご柄だったの、そういえば森先輩って笑った顔が可愛いよなだの。思春期の男子なので仕方がないが、それは次第に下世話ことを仄めかすものになっていった。 こいつらの目を潰してもいいだろうか。 佐久間はどこかしらから沸きあがってくるその衝動を必死に抑えつけた。自分が守ってきた(佐久間のエゴである)幼馴染の下着を見たあげく下世話な妄想にするなど由々しき事態だ。 自分もばっちり拝んだうちの一人ということについては棚の上に放り投げる。 そしてなおも無防備に、警戒心なくいそいそと荷物を持ち運びするみさこのもとへすっ飛んで行ったのだった。 「お前には警戒心がないのか!」 ---------- 何を思ったのか変な佐久間が書きたくなりやらかしたものです(^^)一緒に片づけをしたら危なさそうな人が冬海先生だったので雷門を首になった後帝国で雑用やってる設定でいいか、と勝手に登場させてしまいました。 |