「バーンにバレた?」
「まだ確証はないけど……バレた、かも」

赤頭が去ったあと、私はさっきあったことをグランに告げた。
案の定グランは驚いたように眉根を寄せた。そうだよね。いわば最重要事項がバレたかもしれないんだもんね。そういう反応もしたくなるってもんだよ。ずしりと罪悪感がのしかかる。さっきは気持ちがぐちゃぐちゃでわかってなかったけど、よくよく考えたら疑われた原因は私にある。

バーンに何か言ったの?と聞かれて心臓が跳ねる。うわ、どうしよう……。

「言ってないよ!ただ、」
「ただ?」
「……グランの愚痴を聞かれた」
「愚痴?」

そう。愚痴だ。
疫病神だのグランは諸悪の根源だの、多分彼女がもらすような愚痴ではない言葉を聞かれてしまった。隠しても仕方がないから正直に言ったけど、やっぱり怒るよね。だって協力するって言ったくせに愚痴をこぼして、それをあいつに聞かれるなんて。もし赤頭がきっかけで嘘が露呈することになったら今までの苦労は全部水の泡になる。そんで厄介な事態に陥るってわけだ。

恐る恐るグランを見る。絶対怒ってると思ってた。この前みたいに冷たい顔がはりついてるんだろうなぁなんて身構えてたのに、そんなことはなく。むしろ興味深げに笑いだした。

「へえ、なんて言ってたの?」
「え……」
「性悪とか?」
「ち、違う!ってそれより、怒ってないの?」
「うん」

うん、って……。思わず拍子抜けした。別に怒られたいわけじゃないけど、予想が外れたから。いいの?バレてるかもしれないのに。あの赤頭に弱みなんか握られたら絶対面倒くさいことになる。グランも仲悪いみたいだったし、そんな奴に秘密を知られるなんて屈辱じゃないのかな。
グランってよくわからないところで寛容になる。

「それよりオレの事なんて言ってたの?」
「……それは、いいでしょ」
「よくないよ」
「え」
「教えてよ」
「えー……や、疫病神」
「疫病神か。あはは、初めて言われたよ」

グランが声を立てて笑った。心なしか嬉しそうでひるむ。え、何この人。マゾ?それともただのおかしい人?疫病神なんて言われて喜ぶ人初めてなんだけど。
お弁当箱を開く手を止めて、グランから距離を取る私の様子を見てもなお、相変わらず楽しそうに笑っていた。


「疑われてるとしても、アイツがそれを吹聴したとしても問題ないよ」

グランはまるで何とでもないようにそう言うと、クリームパンの袋を破る。
あまりにもさらっとした物言いに驚いた。
理解が追いついていない私を見ると、含みのある笑顔を向けて持っているパンをひらひらと振る。いや、そんな顔向けられても含まれてるものはわかりませんよ。目の前で左右に揺れるパンをやけに小賢しく感じた。
もったいぶった態度にやきもきしていると、ようやくグランは口を開く。

「単純なことだよ。あいつが変なことを言っても、それ以上にこっちが付き合ってるそぶりを見せればいいだけの事だろ」
「……あ、うん」
「バーンが付き合ってる振りしてるって言ったって、オレ達がそれを否定すればいい。バーンよりオレの言ってることの方がみんな信じるだろうしね」
「確かにそうすればあいつが嘘ついてるってことになるね」

その自信たっぷりな物言いは少し癪だけど、グランの言葉で私の中にあった重みは軽くなった。確かに、アイツがいくら私たちの事を言いまわっても、こっちがそれを否定してなおかつ付き合ってるそぶりを見せればそっちがたちまち嘘になるよね。周りからは赤頭が嘘をついたってことになっちゃうんだ。成程、って思ったのと同時に少し怖くもあった。だって事実を完全にねじ伏せることになるよね、これって。
しかもそれを顔色一つ変えずにさらっと言えちゃうグランが少し怖い。今は私に向けられてないからいいけど、これが自分に向いたって考えるとぞっとした。だってグランは表面上にこやかにすることでたくさんの人を自分の味方につけてる。そうなったら私よりも絶対グランの言うことを信じるだろう。
グランって自分の事すごくよくわかってて、それを上手く使いこなしてる気がする。今の環境だとそうせざるを得なかったのかもしれない。

悶々と思考の渦に落ちかけていると、不意に顔をのぞきこまれて飛び上がりそうになった。
び、びっくりした……。

「みさこの腕の見せ所だね」
「は?」
「楽しみだな」

グランがにっこりと笑った。今日はよく笑うなあ、なんて呑気なことを考えてたけど、奴がとんでもないことを言ってきたから思考が吹っ飛んだ。

「バーンに疑われたくらいじゃ揺るがないほどに、オレが好きだっていう演技を見せてくれるんだろ」
「え、え……!?」
「今朝オレの茶番に付き合ってくれるって言ったよね。期待してるから。みさこの名演技」
「ちょっと、グラン?」
「取りあえずバーンの疑いを払拭しなきゃいけないから、疑われた原因であるみさこがの演技が重要になってくるよね」

な、なんだか話しの方向が怪しくないか。クラスの子が見たら、溜息を漏らしてうっとりしそうなほどの綺麗な笑みを浮かべるグランに、私の焦燥感は煽られていく。

「そうだ、試しに今やって見せてよ」
「な……!」
「そうだなあ、とりあえずオレの事好きって言ってよ。そういえば今まで一度も言ってもらってないよね。彼女なのに」
「なっ、なんで今そんなことしなきゃいけないの!」
「聞きたいから」
「はあああ!?」

思ってもみないところを突っつかれて頭がぐつぐつと沸騰する。
確かに彼女の役を演じなきゃいけないけど、そんなべったべたなカップルを再現するつもりなんて毛頭ない。どちらかと言えば友達みたいに爽やかなものを想像していたもんだから、グランの言葉を受けて汗が吹き出しそうになる。わ、私は恋に焦がれる女の子の演技なんて出来ないよ!

「仕方ないなぁ。じゃあこれからは、朝学校に来る時は必ず手をつなごうか」
「ひ!な、なに勝手に決めてるの、そんなの恥ずかしいから嫌だ!」
「恥ずかしがってちゃ彼女のふりなんて出来ないよ。ほら、手貸して」
「いらないです結構ですお気遣いなく!」

顔に熱が大集合してしまい、その事実が更に私の気分を煽っていく。もうヤダ。やっぱりこの人も相当質が悪い。
グランが差し出してきた手をはたき落して、さっと自分の手を背中に隠す。そんな風に慌てふためく私を見てグランが愉快そうにけらけらと笑いだした。あ、か……からかったなこいつ!

「みさこって面白いよね」
「私が面白いんじゃなくて私で遊ぶのが面白いんでしょ!」
「同じじゃない?」
「全ッ然違いますけど!」

今朝の仕返しを果たしたグランは、大層すっきりしたような顔でパンを頬張り始めた。このままだとお昼ご飯を食べ損ねちゃうから、むくれながら仕方なく私もお弁当に手をつける。

「それより、あの赤頭は何?」
「ああ、バーンはオレと同じサッカー部の部員だよ」

ここにきてようやく本題に戻る。あの忌ま忌ましい赤頭。バーンだっけ。やっぱりサッカー部だったんだ。

「あいつ、グランと同じこと言い出してびっくりした」
「オレと?」
「そう。好きでもないのに付き合えだとか……」

ほんとに厄介な家系だよ。
ついそんな悪態がこぼれた。赤頭のほうが質が悪そうって思ったけど、やっぱりどっちも同じくらい面倒だ。私がグランの認識を改めていると、グランはきょとんと私を見つめた。

「家系ってなに?」
「だって親戚なんでしょ、あいつと」
「バーンとオレが…?」
「うん」

私はからあげを口に入れてグランを見た。

「……バーンがそう言ったの?」
「そうじゃなくて、朝お父さんについて話してたし、同じようなこと言いだすから親族なのかなって」

え、なに、もしかして兄弟?さすがにそうだったらびっくりする。顔は全然似てなかったし、どっちかがお兄さんって雰囲気でもなかったし。でも、もしそうだとしたらなんて厄介な兄弟なんだろう。きっとお父さん相当な苦労人のはずだ。
きっと私は変な顔をしてたんだと思う。グランはこっちの考えてることを見抜いたみたいで、おかしそうにお腹を抱えた。爆笑、って言えばいいのかな。
今日のグランはよく笑う。
前よりはマシだけど、なんか思いっきり笑われるとムカつくかも。

「すごい勘違いだね。オレとバーンはなんでもないよ」
「え?」
「親戚でもないし、兄弟なんてやめてくれよ」
「だって、お父さんって……」
「ああ」
「父さんってのは部活の――って、そういえばみさこはサッカー部の事どれだけ知ってる?」
「サッカー部?」
「うん。エイリア学園サッカー部のこと」

お父さんからなんで急にサッカー部の話?結びつきそうにないキーワードが提示されて頭が混乱する。全然先が見えない。
とりあえず聞かれたことに答えるために頭をひねる。サッカー部のやってることだよね。そんなの――

「サッカーしてる」

うん、それで?なんてグランが促してくるもんだから、思わず変な声が出た。だってサッカー部はサッカーしてるだけでしょ。他に……あ、強いとか?確か強豪校だよね。うちの学校。だって専用グラウンド完備なんてサッカー部だけものすごく優遇されてる。
そのことを話したら、また続きを催促された。

「……まさかそれだけ?」
「今馬鹿にした?」
「いやしてないけど……もう少し知っててもいいのにとは思った」
「あ、そう言えば…かっこいい3人がいる」
「うん」

そうだ。友達が言ってたことを思い出した。サッカー部と言えば名物の三人がいるんだった。サッカーが上手いうえに顔もよくて、特に女の子から絶大な人気を誇っている。うちの学校は特にサッカー部が強くて有名だから必然的に他の部活よりも立場が強くて、その頂点に君臨する三人はこの学校では必ずの誰か話題に上がっているようなほどの影響力を持っている、らしい。なんだか宗教じみてて恐ろしやって思ったことがあったんだ。私はあんまりサッカー部に興味がなかったから、グランともう一人物静かそうな男の子がいるってことしか知らなかったけど、多分エイリア学園にはこんな生徒、ごく稀にしかいない。

身近な存在になって忘れかけてたけど、そう言えばグランって本来ならけっこう遠い存在なんだよね。
改めてグランを見据える。
切れ長の双眸にすっと通った鼻筋。薄い唇は、健康的に色づいているせいか、決して酷薄な印象を受けることはない。これだけでも顔が良いという要素が揃うのにも関わらず、更に顔のパーツが精巧なまでに左右対称なせいか恐ろしく整って見える。ちょっと肌が白いとも言えなくないけど、殆んど気にならない。
それに少し変わった髪の色合いは謎めいた印象を抱かせる。

こんだけ整ってて、更にオプションがつくなら、女の子が騒ぐ気持ちがわからなくもない。だからと言って今が嬉しいなんてこれっぽっちも思ってないけど。
私は友達みたいにイケメン大好きって柄じゃないから後の二人のことは全然知らないけど、この三人はとにかくモテるって友達が言ってたなあ。どこそこの誰かがかっこいいってよく言ってた気がする。

「あー…あと、なんとかってチーム名があった気が……」
「……うん。みさこの知識は大体わかったよ」

あ、また馬鹿にした。
グランとかサッカー部に興味ある子にとっては常識かもしれないけど、私は興味なんてなかったし、内情を詳しく知らなくても仕方ないと思う。それよりかさっさと話しを進めて欲しい。たぶんこれ以上私にサッカー部の知識を求めても何にも出てこないと思う。

グランに目で訴えかけたら、うーんと少し考えるように唸った。
そしてゆっくりと話始める。



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