これから昼休みは一緒にご飯を食べることになった。教室にいれば女の子達の餌食になりかねなくて、うっかりボロを出してしまいそうだからだ。
昨日グランが釘をさしてくれたおかげか、今日は尋問みたいに詰め寄られなくてホッとした。それはすごく喜ばしかった。あんな歪な空気もうこりごりだったから。だけど代わりに、事あるごとにみさこって愛されてるー!なんて言われるもんだから、私は別の意味で参ってしまった。昨日のグランの恥ずかしい発言が思い出されて心臓に悪い。
軽く流した時の笑顔、引きつってなかったかな……。

そういうわけあって私はひとり屋上へ向かっていた。

グランは購買に寄ってから来るらしい。

私は今朝の事が気になってて、昼休みに入ってすぐに大丈夫?って聞いたんだけど、詳しくは教えてくれなかった。いつもみたいにこっ恥ずかしいことを言われて、私もその挑発にまんまと乗せられちゃって、あ、上手くかわされた、って思ったのはグランが購買に行った後。

やっぱりあんまり触れられたくない部分らしい。

お弁当片手に廊下を曲がる。突き当たりに伸びる階段を上がれば屋上だ。
お昼休みの喧騒に耳を傾けながら、私は朝の出来事を頭に浮かべてみた。
気になることはいろいろあるけど、とりあえず一番に出てくるのは赤頭のことだ。一体グランとはどんな関係なんだろう、っていう疑問はもちろんあるけど、時間が経つにつれて気持ちの整理がついたのか、考えれば考えるほどむかついてくる。
突然自転車で突っ込んできたかと思ったら、謝罪もなしに怒りだした。あの赤頭、常識のかけらもない。おまけにものすごい勢いで睨んできたよね。私とあいつは初対面なんだけど。一言もしゃべってないのになんで嫌われなきゃいけないの!?別に赤頭に好かれたいわけじゃないけど、人から嫌われるってすごい嫌な気分になる。だから、理不尽とも言える態度にはむかっ腹が立つ。
なんかあいつに比べたらグランがまともに感じてきた……。

悶々とくすぶる思いが晴れないまま階段を上がっていく。少し錆びかけた屋上のドアを開けると、広がる空は快晴だった。
今日は結構暖かいな。

「もう、グランと関わってから疲れることばっかりだよ」

ため息を一つ落とすと給水タンクの近くへ歩いて行った。人気のない屋上は静謐とした空気が漂っていて、なんだかほっとする。ここ最近、人の目に晒される慌ただしい日々が続いてたから、こういった静かな場所にひどく安心感を覚えるんだろう。つい独りごとをぶつぶつと呟いてしまった。

「今朝の赤頭といい、グランといるとロクなことがない。私ってなにか悪いものを引き寄せる体質なのかな……」

今朝約束したのはいいけど、これから大丈夫かな。
こんな小言を漏らしても空気に吸い込まれてくだけだ。わかってるけどなんだか言わずにはいられなかった。本当にここ数日で私の周りは劇的に変化した。厄介事が雪崩のように押し寄せてくるせいでストレスが半端ない。付き合う人間を変えるとこうも日常が変化するものなのか。そう思うと友達って大切なんだな……。

「あのむかつく赤頭に比べたら多少はまともに思えるけど、そもそも諸悪の根源はグランだってことを忘れないでおかないと。疫病神もいいところだよ」

一度彼女の振りをするって宣言したからには茶番劇を演じるつもりだけど、だからと言ってグランに気を許したわけじゃない。私にとっての不幸の種はグランが蒔いたってことはしっかりと認識しておかなきゃ。その上でグランに対しては毅然とした態度で臨むつもりだ。

そう自分に言い聞かせてると、後頭部に軽い衝撃が走った。

びっくりした私は弾かれた様に振り返る。

「か、紙…?」

私のすぐ後ろにはぐしゃぐしゃに丸められた紙が落ちていた。突如ぽつんと現れたそれをまじまじと見つめてしまった。えっと、多分今これが頭に当たったんだよね。

でも一体――

「おい」

高圧的な声が聞こえて、正体不明の紙くずを拾い上げようとする手が止まった。

「誰がむかつく赤頭だって?」
「……あーっ!」

なんで――なんて考える暇もなく、ドアのある一段高い場所から今朝の赤頭が顔を出した。驚きのあまり硬直している私をよそに、赤頭はなんとも軽やかな身のこなしで自分の身長よりも高い段からぴょんっと飛び降りる。そしてこっちに歩いて来た。身体が恐ろしく軽そうだ、ってそんなこと考えてる場合じゃない。この人危ない人じゃん!

「まあいいや、お前さーグランの彼女?」

じろじろと不躾な視線を送ってきたかと思ったら、開口一番それだ。この人の辞書にデリカシーという言葉はきっとないんだろう。

「なんでそんなこと聞くわけ?」

逃げてしまおうかと思ったけど、相変わらず偉そうな態度が癪で、思わず強気に言い返してしまった。

「うっせーよ、聞いてんのはオレだ」

質問に答えろ。と、赤頭は私を見下ろした。
思った通り自分勝手際まりない。なんて失礼な態度なの?やっぱりむかつくこの赤頭!
私の無言の暴言が伝わったのか、今朝と同様に金色の双眸が私を睨んでくる。ぎらりと光る瞳には鋭い怒りが滲んでいて、不覚にもそれに驚いて反論できなくなった。
もう一度付き合ってんのか、と聞かれて、私は小さく頷く。

「ふーん」

赤頭は値踏みするような視線を私に向けてきた。そして心底楽しそうに口角を上げたのだ。
この人の真意が全くつかめない。こんなこと聞いて何がしたいんだろう。自然と警戒するような視線を送ってしまった。

「な、何なの?」
「お前さあ、彼氏を疫病神呼ばわりか」
「――っ」

肝が冷えるってこんな感覚じゃないかな。
一瞬にして体温が下がったような錯覚に陥る。やばい、さっきの独り言を聞かれたみたいだ。わ、私なにかまずいこと口走ってなかったっけ!?
頭を引っ掻きまわして自分の言ったことを思い出す。だめだ、いろいろ悪態付きすぎてどれを言ってどれが言ってないのかわかんなくなってる。も、もしこの赤頭にバレたら……うわまずいどうしよう!こいつ絶対弱みに付け込んで脅してきそうじゃん!なんとか誤魔化さなきゃ!

「ぱっとしねーから性格がいいのかと思ったらそうでもねーし。どんな趣味してんだグランはよ」
「……は?」
「ただのエムってか?うわ、気持ちわりぃ」
「い、意味わかんないんだけど」

だけど赤頭の言葉を受けてそんな焦りはどこかへいってしまった。えっと、何言ってるんだろうこの人。何か、会話成立してなくないか。うん、そうだ。会話っていうよりは赤頭の独白に近い気がする。この人は多分私の話あんまり聞いてない。

ぽかんと呆けていると、いつのまにか赤頭が私を覗き込むように距離を縮めてきた。ちょっと、ってか結構近い気がする。いきなり見ず知らずの、しかも危ないであろう人に詰め寄られて気が動転しかける。
赤頭は少し垂れ気味の瞳で私をじっと見つめた。
思わず息を呑む。
嫌な沈黙がしばしの間流れた。

「グランに随分大切にされてるみてーだけど、お前あいつの事好きなのかよ」
「はあ!?」

何を聞かれるかと思いきや、す、好きかって!?
素っ頓狂な声が漏れる。
朝は私の事をここで会ったが百年目!と言わんばかりに睨みつけてきたくせに、思いもよらない質問が飛び出して思考が飛んでしまう。本当に赤頭の考えてることがわかんない。
奴の質問に即答するわけでもなく、かといって恥じらう様子もない私を見て赤頭が笑いだした。
思わず肩が跳ねる。この人大丈夫?

「愛されてねーなアイツ」

非常に楽しそうな声が響いた。赤頭の独り言かと思ったら、どうやらそれは私に同意を求めてるものらしく、なあ、なんて聞いてくる。だから、近いって。距離感がおかしい。その割に声はでかいもんだからかなりうるさい。

「ちょ、っと近い…」
「お前なに焦ってんの?」

馬鹿みたいに至近距離まで近づかれて焦るなって方が無理だと思うんですけど!そんなような悪態をつくと、赤頭は喉を鳴らして笑った。照れてんの?って馬鹿にしたような声付きで。
グランもそうだけど、なんでこうも人を小ばかにしたような態度を取れるんだろう。あ、お父さんって言ってたからもしかしてグランと赤頭って親戚かなんか?この人の迷惑を顧みないところと言い、自己中心的な態度と言い、躊躇なく恥ずかしいことをするところと言い、これは家系なのかな。うわ、なんて厄介な家系なんだろう。絶対お近づきになりたくない。

とりあえず距離感のおかしい赤頭から逃げようと後ずさると、がっしりと腕を掴まれる。体が一瞬にして硬直した。

「お前さあ、あんな奴やめとけよ」

オレと付き合おうぜ。
意地悪そうに笑って目の前の奴はそう言った。不意にグランと教室で交わした会話が頭をよぎる。突然の告白と誠意のかけらも感じない人を馬鹿にしたような笑顔。面白いくらいあの時のグランと同じなんだけど。やっぱり家系だこれは。



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