「お前、練習試合のメールシカトしてんじゃねーぞ!」

朝の空気を大きな声が振動させる。
それを作り出した張本人である自転車で突っ込んできた赤毛の男の子は、仁王立ちで偉そうにふんぞり返っていた。
強烈すぎる登場に圧倒されてぽかんと見上げる。網膜に焼き付いてしまいそうなほど赤い髪は、くせ毛なのか無造作に跳ねている。だらりと着崩した制服とマッチして、少しガラの悪い印象を抱かせた。そして何よりも、この人もグランと同様に整った顔立ちをしていることに驚いた。なんか、見た目からして派手尽くしな人だなあ。

「あの件ははもう決定したことだ。今更とやかく言われても困る」
「うるせぇ!オレは納得してないんだ!」

私は今自転車と壁の間に挟まれてる状態にあるんだけど、びっくりした反動で座り込んじゃったもんだから、前の車輪に圧迫される。赤毛の男の子が動くたびに私の圧迫感は増す一方だ。ちょ、ちょっと、痛い!
ぐいぐい迫ってくる車輪と格闘していると、怒声が聞こえて、ぐっと車輪が私の方へ傾ぐ。うわっ押しつぶされる!

「ちょ、ちょっと…」

抗議の声は、すぐに喉の奥へと落ちてしまう。
決して穏やかな空気とは言えなかったけど、赤毛の人がグランの胸倉を掴んだのだ。思わず小さな悲鳴が漏れる。い、いきなり暴力ですか!?

なんか赤毛の人って見るからに喧嘩強そうですってオーラが出てる。対してグランは全然そう見えない。むしろ弱そうっていったほうがいいかもしれない。そんな二人が怒りながら何か言いあっている。
すっごく嫌な想像が脳裏によぎった。
このまま殴り合いにでもなったら、グランがボコボコにされるんじゃないか。
喧嘩っていう嫌な響きに背筋が寒くなる。いくらむかつく相手だからって、こんな状況で見捨てるほど私は人間腐ってないつもりだ。かといって、私が間に入ったっていいことは何もない気がするし……。だったら、ここは、先生を呼んできたほうがいいかもしれない。その前に私を押しつぶさんとする車輪を抜け出さなきゃいけないわけだけど。

「――実力だろ」

聞き覚えのある声に意識が浮上する。
それは、グランの低い低い押し殺したような声。以前私に向けられた怒った時の声音だった。それに引っ張られるようにして顔を上げる。
表情を見てドキッとした。グランがものすごいまでの無表情だったのだ。にもかかわらず、黒くくすぶる怒りがびしびしと伝わってくる。


「……なんだと?」
「聞こえなかったのか?実力だって言ったんだよ」

離せよ、そう言ってグランは赤毛の人の手を強引にたたき落とす。

「自分のチームの実力くらい把握しておいたらどうだ?」
「プロミネンスがガイアに負けてるってのか!?」
「少なくとも父さんはそう思った。だから今回の結果が出たんじゃないのか」

プロミネンス?ガイア?何のこと話してんのかさっぱりわかんない。けど、空気が重々しいってことだけはひしひしと伝わってくる。お互い今にも殴り合いそうで、当事者じゃないのに私の心臓が早鐘を打った。やばい、早く抜け出さないと。ことは一刻を争うのかもしれない!
私が奮闘している間、二人は再び何か言い合ってた。


状況を動かしたのは赤毛の男の子の蔑むような声だった。

「あんたが父さんの養子だからじゃねえのか」

グランの眉がピクリと動いた。そして見る見るうちに眉根が寄せられていく。普段むかつく程笑ってる目も、今は怖いくらい細められてぎらぎら光ってて、別に私が怒られてるわけじゃないけど、恐怖心がむくむくとわきあがってきた。

「どういう意味だ」
「自分で考えろよヒロト君」

ヒロト君?
突然第三者の名前が出てきて私は独りでにきょとんとする。私が車輪と奮闘している間に随分話は進んでたみたいだ。全くわかんない。取りあえずチームとか言ってたし部活の事?ってことはヒロト君も部活の人なのかな?
私は呑気にそんなことを考えていた。

けど、グランにとって今の言葉は、なにか、相当、心を揺さぶられるものだったらしい。私が今まで見たことないくらい眉を歪めて赤い彼に掴みかかっていた。
その反動で車輪の圧迫が緩んで、すかさず私はそこから這い出た。うわ、足に跡ついてんじゃん!それに自転車の油が制服についてるし!最悪!


「その名前で呼ぶな」
「いいじゃねーの、どっちでも」
「オレはグランだ!」
「父さんの前だけヒロトってか?媚売ってんじゃねーよ!」
「媚なんて売ってない。父さんがそう呼ぶから、父さんがそれで気が済むならって思ってるだけだ!」
「どうだか。お前はヒロトの存在をダシに使ってるだけなんじゃねーの?父さんに気に入られるためにな」

あ、やばい。空気越しになんとなくそれが伝わってきた。

グランがこぶしを振り上げると同時に、私は思わず叫んでいた。


「ま、待って!」

反射的に、二人の視線が突き刺さる。その場の空気が凍りついた。
しまった、勢いで思わず止めに入っちゃった。

混乱して何言えばいいのかいまいちよく浮かばない。ええと、こういうときの常套句は――

「け、喧嘩はだめだよ」

言った後で後悔の念に駆られた。うわ、在り来たりすぎる。こんなん説得力のかけらもないじゃんね。自分のボキャブラリーの乏しさにちょっと悲しくなった。

グランはそんな私を見て驚いたように目を丸くした。そして戸惑ったような声音で私の名前をつぶやく。グラン、もしかして私がいること忘れてたんじゃないかな。すごいびっくりしてるもん。まあ車輪に挟まれてたんだからしょうがないか、ってそれはどうでもいいや。取りあえずグランは落ち着きは取り戻してくれたみたいで安堵が広がる。
いつの間にかさっきみたいに威嚇するような双眸は鳴りを潜めていた。グランのこの切り替えの速さはある意味尊敬に値する。

「何だお前」

だけど、どうやら赤毛の男の子はそうもいかないようで。不機嫌そうな声が頭上から降ってくる。ちらりと仰げば、金色の瞳が私を睨みつけていた。うわ、お、怒らせたかも。どうしよう!

「みさこ、先に学校行っててくれる?」

いつものグランが完全復活したようで、スッと私をかばうよう前に出た。声は柔らかい。
その態度が気に入らなかったのか、赤毛の男の子があからさまに顔をしかめる。舌打ちも堂々たるものがある。思ったけど、この人感情むき出しの人だなあ。グランとは正反対だ。

「お前女なんか連れ歩いてんのかよ」
「バーンには関係ない。ほらみさこ、遅刻しちゃうよ」
「う、うん」
「先生に、オレは頭痛で少し遅れるって伝えといて」
「わかった」

トンと背中を押され、私は言われるがまま赤毛の人を横切って門へと走っていく。その際に敵意むき出しの視線を感じて、心に暗いしみが出来た様な気分になった。

門に走っていく間にも口論が聞こえてきて、さっき言ってたヒロトって人の話をしてるみたいだ。あと、プロミネンス?ガイアとかも言ってたよね。ってかそもそもあの赤毛の人は誰なんだろう。よくわかんない。けど、あんなにグランが激高するほどの何かをヒロトって人が持ってるのかな。
無粋な考えが浮かんでくる。
だけどその思考を慌てて捨てた。
人には触れられたくない部分ってあるから、無粋な詮索はしちゃだめだ。
お父さんって言葉も出てきたし、家族のことなのかもしれない。

そう頭を切り替えようとしたけど、あの時の怒ったグラン顔だけは頭から離れなかった。


その後グランが教室に入ってきたのは、一限も半ばに差し掛かった頃だった。



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