気分が悪い。胸に砂を入れられているかのような不快感がどうしても拭えなかった。
原因はわかってる。さっきの女の子のことが頭から離れないからだ。グランが私を彼女だって言った時の顔が脳裏に焼き付いて離れない。涙で濡れていた瞳が一瞬にして憎悪に変わった。その変化が純粋に怖いと思った。
きっと人が人を怨む瞬間ってあんな感じなんだろうな。

あの後、気がついたら私は奴の腕を振りほどいていた。
そして逃げるようにして教室に入った。それから午前中はまるで時間を感じられなくて、ただひたすらに女の子のことばかり考えてしまって。そうしている間にいつの間にか昼休みを迎えていた。

もうこのまま今日は平和でありますように。亡霊のようにまとわりつく女の子の顔をかき消して、切々とそう願った。




「みさこ」

でも人生ってなかなか思い通りにいかない。昼休みになって友達とご飯を食べようとしたら、いつの間にかグランが背後に立っていた。
相変わらずの胡散臭い笑顔で。
神経を疑う、って言葉は今まさに最高の使いどきなんじゃないかな。あんなことがあった後でよく平然と話しかけれたもんだ。

「……」
「無視するなんて酷いなみさこ」
「あっごめんね。一瞬幻聴かと思っちゃって」
「みさこは照れ屋だよね。そういうとこ可愛くて好きだよ」
「げほっ…!」

悶々とした感情が一気に吹っ飛んだ。グランの爆弾発言のせいだ。

今こいつ、す、好きって言った?!
私が言ったわけじゃないのにすごい恥ずかしさが込み上げてくる。当の本人はケロッとしてるけど。
よくもまあこんなぬけぬけと嘘を吐けるもんだ!

そんなことを思ってると、友達が横で硬直していた。箸につままれたウインナーが今にも落ちそうで、ってそんなことはどうでもよくて。そういえばこの子はまだ私とグランのこと知らないんだった。
……し、知らないならいきなりこんな展開はまずい!私は朝でグランの口の信憑性を理解してるけど、この子はそうじゃない。

案の定グランの言葉を真に受けて、口をあんぐりあけてる。

「ふ、二人って付き合ってたの…?」
「まって!これには事じょ…」
「そうなんだ。昨日からね」

思わず否定しようとしたら、グランが割り込んできた。うわ、なんか笑顔怖いんですけど。
向けられた笑顔から、約束守れよという意思が嫌ってほど伝わってくる。
警告かなんかか知らないけど、頭にぽんと手まで置いて。
脅しだ。

「ね?みさこ」
「………うん」

触るな汚れるってどやしつけたい衝動にかられた。のどまで出かかった。
けど、ちらりと彼――私の好きな人を一瞥されたら大人しく頷かずにはいられない。承諾した以上、こうなるのはわかってたけど、すごく、すっごく不本意だ。
どうか彼に聞こえてませんように。
知れるのは時間の問題だけど。

「みさこが……グラン君と……?信じられない」

そんな私をよそに、世界の終わりを告げられたような顔をして友達は私を見つめてきた。ちょっと失礼じゃないか。
そして、グランがよろしくね、なんて笑いかけると、はぁいなんて可愛い声を出してぽーっと頬を赤らめている。駄目だ、この子美形に弱いからなあ…。
あんな笑顔ただの貼り紙みたいなもんなのに。

「で、何の用?」

つっけんどんにそう言うと、グランは購買に行こうなんて言い出した。私お弁当持ってるし。

「私買うものないなぁ」
「じゃあついてきてくれる?」
「お弁当食べるところだから一人で…」
「食べる前でよかったよ。さあ行こう」
(しつこい…)

行くなら一人で行ってほしい。
どうせグランは朝みたいに、私という虫よけスプレーを散布しに行くんだ。
女の子の顔が脳裏によぎる。罪悪感が押し寄せて心がざわざわと波打ってきた。もうあんな目で見られたくない。私なにも悪くないのにどうして恨まれなきゃいけないの。昼の購買なんてまさに人が集まるわけで。ぶるっと背筋が寒くなる。絶対行きたくない。

頑として椅子から動くものか。
別に彼女になったからって、全ていいなりにならなくたっていい。
些細な抵抗なら許されるはずだ。
暫くお互い見つめ合ったまま(睨み合ったっていうほうが正しい)時間がすぎる。このまま昼ご飯食べすごせ!胸中でそう吐き捨てていると、グランが私の後ろから友達の横へと移動した。


「みさこは恥ずかしがりだから、なかなか大変なんだ」
「…は?」
「今日も手を握ったら真っ赤になって逃げてっちゃって…どうしたらいいかな?」
「な、ななな!?」
「みさこの友達として何かアドバイスくれないかな」

何言ってんの!

思わずそう叫んでいた。何をするかと思えば、朝と同じく、グランは吐き気がするような甘い言葉を口からこぼす。周りにしらしめたいんだろうけど、ここまで徹底的にやるなんて思ってなかったから、抗体ができてない私の心臓は勝手にどくどく唸る。顔も赤くなってる。まるでうれしはずかし照れてるみたいに。

こんな自分を海に沈めてやりたい。


「まあこういうあまのじゃくな所が可愛くもあるんだけど、付き合ってるんだからやっぱ思う存分触れた…」
「わーっ!行く!行きます!プリン食べたくなってきたっ!」

なにこいつ!なに言い出すの信じられない!クラスの真ん中で!絶対皆に聞かれた…ってかやっぱり視線の嵐。皆呆然とこっち見てるんですけどバカグラン!

この得体の知れない胸糞悪い頭をかち割ってやりたい。そんな衝動を無理矢理押さえ込んで、握り潰す勢いでグランの腕をわしづかみする。そしてぐいぐい引っ張り教室を出た。
ついてくんだからプリン買ってよねなんてたわいもない会話をふりながら。

だけど内心はらわたが煮え繰り返ってて。
心のなかでグランを盛大に血祭りにあげてやった。



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