「ディフェンス付くのが遅いぞ!もっと予測しろ!」
「サイドに広がれ!もっとだ!」

合宿場に到着して、早速練習が始まった。
宿舎の隣にあるグラウンドでは円堂やメンバーの声がせわしなく飛び交う。そんな中、みさこは秋と春菜に倣い、マネージャー業に勤しんでいた。

山の空気はやはり美味しい。
みさこはドリンクを運びながら小さく深呼吸した。
あれから――不動に酔い止めをもらってからというものの、外の空気を吸っていたこともあり気分は格段に回復していった。
今となってはもう全快だ。

ドリンクの担当をを任されたため、順番に粉を入れていく。

すると不動の声が聞こえ、みさこは顔をあげた。グラウンドを走る彼はなにやら指示を出しているようだった。その顔つきは真剣で、険しいとも取れなくない。まるで何かと戦っているようだ。

優しいと思ったんだけどな。そう胸中で呟いてボールを蹴る不動を視線で追いかけた。バスの中で確かにみさこを気遣う行動を取った彼だが、あれから完全に無視されていた。こちらから話しかけることもしなかったが、あっちもあっちで存在しないかのように扱ってきた。怖いと思ったら親切で、少し親近感を抱いた途端に突き放される。
全くよくわからない。

小さなため息を一つ。みさこは空になっていた粉の袋を捨てた。


GASSYUKU!3


それからほどなくして問題が発生した。
ドリンク作りに勤しんでいたみさこが顔を上げると、皆の動きが止まっていたのだ。一体何があったのかと見つめれば、トラブルメーカーの第一人者――不動が声をあげた。

「いい加減にしろ」

思わずびくりと肩が跳ねる。別に彼女が怒られているわけではない。しかし、それくらい恐怖を感じるほどに彼の声は怒気を孕んでいた。イライラとした感情がこれでもかというほど伝わってきた。
不動は壁山に対して怒っているようで、鋭い目つきで睨みつけている。他のメンバーは固唾を飲んでその様子を見守っていた。
一体何が。合宿始まって早々穏やかじゃない。みさこは作業を中断して立ちあがった。


「今の何でスペースに走り込まねぇ。サボってんじゃねえよ」
「さ、サボってなんか……!」
「ないだと?」

不動が馬鹿にしたように鼻で笑う。

「お前やる気あんのかよ」

水を打ったかのような静けさの中、壁山が息を飲む音だけが小さく響いた。
みさこはその様子を棒立ちしながら眺める。やはり不動は協調性がない。そう思いながら。不満は誰もがもつものだ。これだけの人数が集まればそれは避けられない。しかしその不満を相手にぶつけるにしてもやはり言い方というものがある。頭ごなしに怒るだけでは解決するものも解決しないのだ。
人を小馬鹿にしたような態度なんてもっての他だ。
それになにより今までの不動の行いを見ていると、理不尽な言いがかりをしてるのではないかという気持ちが先行する。やはり厄介な問題児だ。バスの中で見せた優しさも、単なる気まぐれで、自分の席で吐かれては困るからなのだろう。
みさこは小さく息を吐く。
不動は相変わらずふんぞり返ったままだ。


静寂を破ったのはやはりと言うべきかチームをまとめる円堂だった。

「なあ不動、壁山だってコイツなりに頑張って……」
「疲れたからってボールが来るのに走らねぇのが頑張ってるって言えんのか?」

面白いこというじゃねえの。
皮肉を織り交ぜて不動は言った。円堂が強張った空気を何とかしようと発した言葉を真っ向から叩き落とす。
それにはさすがに怒るメンバーもいるのか、戸惑いに包まれていた空気がかすかに粟立った。

「そんなんだったら代表なんてやめておくんだな」

みさこにすらそれを感じられるのだから、不動がわかっていないはずはない。しかしまるで気にしないかのように皮肉さらに一つ落とした。ますます空気が張り詰めていくのは自然な流れだ。

「まーまー、いきなり喧嘩すんなって」

みさこはハラハラとその様子を見守っていると、陽気な声がグラウンドに響く。綱海だ。

「お互い言いたいことがあるのはわかるけどよ、今は練習しようぜ。せっかくこんな山奥まで来てんだからよ」

彼は一つ学年が上だと聞いている。そのせいか不動の言葉も受け流せるようで、笑いながら双方をなだめていた。そして綱海の言っていることはもっともなことで、止まっていた空気は少しずつ動き出した。喧嘩にかまっている場合ではないと感じたのだろう。

「ふん」

不動も綱海の言葉を一理あると思ったのか、相変わらず態度は人を小ばかにしたようなものであるが、練習へ戻って行った。再びグラウンドには声とボールを蹴る音が飛び交い始めた。しかし、少し空気はぎこちない。

「何だよアイツ……」
「自分本位な奴だな」
「あんなやつと一緒にサッカーできる気がしねーよ」
「壁山、気にすんなよ!」
「はいッス」

みさこはひそひそと聞こえてくる声に少しだけ気持ちを沈めて作ったドリンクを渡しに周る。

メンバーの皆は優しい。渡せばありがとうと笑いかけてくれるのだ。ささやかなことだが、とても嬉しかった。最初はどうなる事やらと思っていたが、今はなんとかやっていけそうな気がしていた。
なのに、この人はどうしてこうも浮いているのだろう。優しいみんなにあんなことを言わせるのも、不動がぞんざいな態度を取るからだ。だからいけないんだ。

目の前にいる不動を見てみさこは息をのむ。とても近づきがたい雰囲気をまとっているが、いくら苦手だと言ってもマネージャーをやっている以上平等に接する義務がある。

不動君ドリンク――と言えばひったくるように取られた。怒ってるとは言えやっぱりこの態度は褒められたものじゃない。しかしそれを指摘することなんてみさこには出来ず、ここは目をつぶることに決めた。
そしてそそくさと他のメンバーの所へ向かおうとした。

「っ――!」

みさこが渡したドリンクを飲んだかと思ったら、不動が急にむせた。驚いて振り返る。
急いで飲んで気管支の方へ入ったのだろうか、なんてのんきなことを考えていると不動がぎろりと睨んできた。

「何だこれ!」
「えっ…!?」
「こんなもん飲ませんじゃねーよ!」
「あ、え?」
「お前マネージャーだろ!ドリンクもまともにつくれねぇのか!」

怒鳴り声と共に渡したボトルを突き返される。

「ご、ごめんなさい!」

謝ったのは反射的だった。すごい勢いで不動が怒るので。わけがわからないまま、泣きそうになった。イライラしてるからって人に八つ当たりしないでよガキ!なんて文句が胸中で暴れまわる。
やっぱり優しくなんてない。絶対あり得ない。自分勝手で人の気持ちなんか考えない最低な人だこの人は。少しでも優しいと、仲良くなれそうって思った私が間違いだった。強く心にそう刻み込んだ。


「おいおい、そんなにがなるなよ!みさこ達はオレ達のためにやってくれてるんだぜ」
「つ、綱海君……」

二人の間に入ったのは先程同様、綱海だった。綱海は兄のような安心感を抱かせる。泣きそうになっていたみさこはほっと息をついた。しかし不動は顔をしかめると、あからさまな舌打ちをする。

「またお前かよ」
「それにみさこはマネ―ジャーの仕事初めてなんだろ?」

な?そう笑いかけられてみさこは思わずへらりと笑い返した。しかしすぐに表情を引き締めた。今は不動が怒っているのだ。
神妙な顔つきでこくこくとうなずく。

「……」
「失敗することだってあるさ。いちいち目くじら立ててどうする」
「……うるせぇんだよお前」
「海の男だからな!ちっせー声じゃ波に呑まれちまう」
「そういう意味じゃねーよ!」

綱海の後ろに避難していたみさこはこそりと不動を見る。彼は綱海の天真爛漫な様子に毒気を抜かれたようで、もういい、と再び舌打ちをしてどこかへ駆けていった。

「ほんとアイツは困った奴だな……」

不動の姿が見えなくなると綱海はぽつりとそう漏らした。みさこはそれに強く同意する。彼が消えた方向を睨みつけていると綱海がみさこの方へ振り返った。

「大丈夫か?」
「うん、綱海君ありがとう」
「気にすんな。それより、」

綱海の黒い瞳に凝視され、みさこは首をかしげると同時に頬が熱くなった。そんなにじっと見られると恥ずかしい。しかも距離が近い気がする。

配りかけのドリンクが随分と汗をかいていた。

「……な、なに?」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「お前沖縄にいたチビに似てるぜ」
「チビ?」
「オレとよく遊んでた近所の子だよ。うん、かなり似てるな」
「そ、そうかな」
「ああ!」

悪びれずに言う綱海は面影が似ているみさこを見て純粋に嬉しく思っているのだろう。それは暗に子供っぽいと言っていることには気付いていないようだ。少しだけ複雑な気分に陥りかけたみさこだったが、綱海の笑い顔を見ていると自然と笑顔になる。
まあいいか。チビでもいいや。そう思った。

「わかんねぇ事があればオレに聞きな。困った時は力になるぜ」
「ありがとう」
「おう!」

にかっとお天道様顔負けな顔で綱海は笑った。
あの、人を見下したように笑う不動とはまるで違う。
誰にでも優しくて気さくな綱海、対して誰にでもつっかかり敵意を向ける不動。この二人は正に正反対だ。

じゃあな、とぽんぽん頭を叩くと綱海はグラントへと駆けて行った。頑張ってと声をかければ手を振り返してくれた。


みさこは不動に怒鳴られたことなどまるでなかったかのように嬉しい気持ちで残りのドリンクを配った。夕食の下ごしらえを終えて戻ってきた秋に、何かいいことあった?と聞かれるほどだ。


全て配り終わった後、一本だけ残るボトルを見つめた。不動に突き返されたものだ。
それを一睨みして、みさこは口に含んでみた。その瞬間、砂糖をなめているかのような甘さが口内に広がる。

「うぇ……甘っ……」

加えてざり、っとした触感が舌を刺激した。この正体は、恐らく溶け残った粉末だろう。
口に残る不愉快な甘さにみさこは思わず顔をしかめた。おかしい。他のドリンクはこんな濃くなかった。何でこんなドリンクが出来てしまったのか。自分の行動を思い返してみると、心当たりが一つあった。
不動の声が聞こえて彼に視線を移した時だ。あの時に粉を全部入れてしまっていたのだ。

粉末は口の中でざりざりと音を立てる。これは確かに文句を言いたくなるかもしれない。

みさこの中に何故かやる瀬ない思いが広がっていった。



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