「それ、豪炎寺君じゃない?」 翌日学校に行くと、昨日会った男の子が転入生だったことを知る。豪炎寺修也君というエースストライカーらしい。雷門サッカー部を救った救世主と崇められている人物だ。ってすごい有名人じゃん。 昨日の無口な人がそんなにすごい人物だったなんて知らなかった。確かに言われて見ればオーラがあったような気がするな…。 「あの人豪炎寺君だったんだ」 「ねーみさこ。豪炎寺君と話したんでしょ?いいなあ」 「話したっていうより、私が一方的に話しかけた感じ。何回か無視されたし」 「あはは、やっぱ豪炎寺君ってクールキャラだよね」 女の子特有のけらけらした黄色い笑い声が教室に響く。 なんかこんな風に笑い話にしたら楽になったかも。実は少しだけ落ち込んでた。悪意があったのかなかったのかわかんないけど、人に無視されるとそれが鋭い棘となって心ににぐさりと突き刺さるものだ。 ふーっと大きく息を吐いた。ついでに昨日の憂鬱な出来事も一緒に吐き出してしまおう。 「あ…」 なんとなく廊下に目をやると、なんとそこには噂の張本人がいた。 視線を感じたのか、彼もこっちを見てきて、ばっちりと衝突音がするんじゃないかってくらいの勢いで目が合ってしまった。 き、気まずい。 どうやらあっちも私に気付いた様子で、しばし見つめあう奇妙な時間が続いた。ここまで露骨に目が合ったんだから笑いかけたほうがいいのかな。でもまた無視されたら嫌だなあ。どちらがそらすこともなくかみ合っていた視線が、不意に外される。 「どうかしたのか豪炎寺」 「…いや、なんでもない」 私が迷ってる間に豪炎寺君は行ってしまった。別になにかを求めているわけじゃないけど、やっぱ冷たい人だ。もういいや、昨日のことはきれいさっぱり忘れることにしよう。私は机に戻ると、授業の準備に取り掛かった。 青春サイダー 放課後、私は今日も鉄塔広場に行った。豪炎寺君に会いたいとかそういうんじゃない。むしろもう会わないようにあえて違う道で行ったくらいだ。 鉄塔広場は私のお気に入りの場所だから行く。ただそれだけ。 広場でベンチに座ってぼけっと雷門町を見下ろす。広場には遊んでる小学生がいて、サッカーボールを蹴る音が聞こえてくる。本当にこの町はサッカーが盛んだなあ。いたるところにコートがあって、常に誰かがサッカーしてる。そんな町。私は運動神経が良くないからあんまりやらないけど、サッカーを見ることは好きだ。 そういえばうちのサッカー部のプレイって少ししか見たことないかも。練習試合くらい?いっつも学校で練習してないし。 「あっ、危ない!」 「へ?」 そこまで考えたら、後頭部にごんっという衝撃が加わった。そのせいで椅子から転げ落ちた。 ばっと後ろを振り返ると、3人の小学生がこっちを見てる。わ、笑ってるし! 「だっせー!」 「な、なにすんのよ!」 急いで起き上がる。うわ制服酷いことになってる。 足元に転がってるサッカーボールを見る限り、この子達が蹴ったのが頭に当ったんだろう。それはしょうがない。でもこんな笑われるとむかつくんですけど! 「泥んこじゃん!」 「お姉ちゃんきったねー」 「あんた達がボールぶつけたからでしょ!ちゃんと謝りなさい!」 「わー怒ったー」 「こらーっ」 何故かわかんないけど、それから私は小学生に巻き込まれて一緒に遊ぶなんて奇行を取ってしまった。傍から見たら砂だらけの制服で小学生と戯れる女の子は滑稽に映るだろう。でも、なんか楽しくて、昔を思い出して何時の間にか夢中になっていた。 「お姉ちゃんへったくそだね」 「こうやるんだよー足を使ってさー」 「え、こう?」 「わっ!力入れすぎ」 それで、あまりの私の下手くそさを哀れに思ったのか、いつの間にか私がサッカーを教えられるなんて良くわからない状態になってた。 「あーもうボール転がってちゃったじゃんか」 「ごめんごめん。取ってくるから待ってて」 「ねえ次は2対2で勝負しようよ!」 (元気だなあこの子達) おでこにうっすら浮かぶ汗をぬぐって、ころころと離れていくボールを追いかける。 「あ、」 昨日の光景がフラッシュバックする。 「ご、豪炎寺君」 「…お前」 思わず足を止めて身構えてしまった。そこには豪炎寺君がいたから。昨日と同じように、擦り傷だらけになりながら練習しているようだった。転がってきたボールに次いでやってきた私へと視線が移る。 うわ、また来たのかこの女、なんて思われたらどうしよう。なんか付きまとってるみたいじゃん! 嫌な顔されるかも、なんて思ってたけど、それは違って。 豪炎寺君は私を見た瞬間、驚いたような顔した。 「……あ、ごめんね。そのボール取ってもらっていい?」 「そんな格好でサッカーやってたのか?」 「えっ!あ、やば…これは!ちびっこ達に無理矢理頼まれて遊んでたんだ!」 うわ、そうだ。私今かなり悲惨な格好してるんだった。ぐしゃぐしゃになってる髪を急いで手櫛でなでつける。は、恥ずかしすぎる。女子として有るまじき姿だこれは! わたわた一人で焦っていると、ちびっこ達のおねーちゃん早くー!なんて声が聞こえてくる。 「お前の弟か?」 声をした方を見て豪炎寺君がそう言った。なんか声が穏やかな気がするのは気のせい? 「ううん、さっきボールぶつけられて怒ったら、いつの間にか遊ぶことになっちゃって…」 「そうか」 「どうかした?」 「いや、早く行ってやれ。あ、と……お前を待ってるみたいだ」 豪炎寺君が笑った。 その事実にびっくりしていると、ぽん、とボールが返ってくる。そりゃあ、人間なんだから笑うんだろうけど、冷たい人だなんて決めつけてたからびっくりした。こんな顔するんだ。 な、なんかドキドキしてきた。たぶん見慣れないもの見ちゃったからだ。 「あ、ありがと」 顔が熱い。早くちびっこ達の所に戻ろう。このままじゃ心臓が飛び出してきそう。 「あー!雷門中の人がいるー!」 「ていこくがくえんに勝ったんだよね!」 「すっげー」 いつの間にか痺れを切らしたらしいちびっこ達が豪炎寺君の周りに走ってきた。目を輝かせてる。そっか、帝国学園に勝ったことで小さい子の憧れになってるんだ。 「ねーお兄ちゃんもいっしょにやろーよー」 「こら、このお兄ちゃんは大事な練習してるんだからだめだよ!」 「えーやだ!」 「いっしょにやりたい!」 「迷惑かかっちゃうでしょ?お姉ちゃんとあっちで遊ぼ」 「だってお姉ちゃんへたくそなんだもん」 「う、確かに下手だけど…」 憧れの雷門サッカー部の人に出会えた、ってことでこの子達興奮しちゃってる。豪炎寺君迷惑だろうな、特訓してたくらいだから、練習足りてないって思ってるはずだよね。そしたら時間は惜しいし、っていうかこんなことしてる時間すら惜しいんじゃないかな。 悪いことしちゃった…。 ごめんね、そういう思いを込めて彼を見ると、優しい笑顔でちびっこ達を見ていた。で、いいぞ、なんて言う。 え、いいの!? 「豪炎寺君、練習はいいの?む、無理しなくていいんだよ」 「大丈夫だ」 「本当?」 「丁度煮詰まってたところだ。いい気分転換になる」 そう言って豪炎寺君はまた笑った。 あれ、こんなに笑うんだ。昨日も、今朝も、あんなに冷たそうな顔してたのに。 クラスの子もクールキャラだって言ってたし。これってもしかして貴重な経験なんじゃないかな。 ぼーっとそんなことを考えてると、豪炎寺君と目があった。 「そうえいば、まだ名前を聞いてなかったな」 オレは豪炎寺修也だ。 そう言って豪炎寺君はまた笑った。 その言葉が、その笑顔がまぶしくて、やっぱり心臓がどくどく唸る。 森みさこって答えた声が、少し震えてしまった。 |