「あの子、来てたぞ!」





昼食中、突然かけられた言葉。それはサブウェイに乗るトレーナーの中でも古株と言われているメンバーからのものだった。サンドイッチを掴む手を止め、その要点を得ない台詞を放ったメンバーに視線を送る。そしてかち合う、とても嬉しそうな目。はて?と何の事か首を傾げていると、再び彼は口を開く。




「ノボリもクダリも気に入ってただろうが!あの子だよ、あの…」
「ノボリ、アヤ来てる!!」




彼がその名前を言う前に急に現れまるで台詞を取るかのように発言した片割れ。その顔はキラキラと輝いていた。普段なら人の言葉を横から取るな、等冷静に注意しただろう。しかし、その口から飛び出した名前にそれは出来なくなってしまった。
こっち!来て!と手を取り急かすクダリのされるがままに、駅の中を走る。そして来客室に着くと、片割れはその勢いのままバンッと音を立て扉を開いた。




「わっ!?」




部屋の中には、その音に驚いたのか肩を跳ねさせる紫の髪の少女が一人。
少女は、ゆっくりとこちらを振り向き…そして、笑った





「お久しぶりです…ノボリさん、クダリさん」





少し成長しただろうか?しかし少女の記憶と変わらない笑みは、胸を揺さぶるには充分だった。なぜなら自分は、否、自分達はずっと彼女を探していたのだから。








ーもう、一年以上前の話になる。その時自分達はまだ、サブウェイマスターという肩書きは無かった。しかし前任のサブウェイマスターから実力を認められており、周囲の人間は次期サブウェイマスター最有力候補、はたまた気が早い人間は最年少サブウェイマスター、などと呼んだ。
確かにサブウェイマスターというのはとても名誉のある称号だ。もし自分がそれになれるというのであれば喜ばしい話だった。しかしそう呼ばれるにあたり、色々なものが自分達にのし掛かってきた。嫉妬、羨望、好奇…周囲は媚を売る女ばかりになり、それを見て良く思わない男も増えてゆく。更に電車に乗れば、次期サブウェイマスターはどれほど強いのかという挑戦者の探るような目。
それら全てを覚悟も無く背負わされて、自分達は疲れきってしまった。今まで楽しくて仕方がなかった挑戦者とのバトルも義務的なものと変わり、仕事の時間が苦痛に感じた。毎朝、クダリはいつもの笑顔もなく「お仕事イヤだな」と呟く。それに対し何も言えない自分がいて、ああ、そろそろ限界かと感じ始めていた。


その時だ、彼女に出会ったのは。





久々の早上がり。珍しく二人揃って職場から帰る途中、バトルを挑んで来たのが彼女だった。久々の下心や好奇、嫉妬以外の感情を見せる幼いトレーナーに思わずOKし、ダブルバトルが始まった。
相手の手持ちはリザードンにミロカロス、そしてタマゴから孵ったばかりだというリオル。年齢に似つかわしくない育て上げられ方、知識。そして何よりもポケモンとの信頼関係に驚かされた。(年齢についてはとても幼く見えるだけなのだと後に知ったが)


そして…勝負の結果、彼女は敗北した。
確かに育て方はいい。それに知識もある。しかし何よりも彼女には、実戦経験が足らなかった。でも、このまま実戦を積み、更にバトルの仕方を学べば…彼女は、とんでもなく強くなる。
ああ、その時彼女とバトル出来たならば…!

ドキドキと心臓が波打つ、久々の感覚。熱くなれる本物のポケモンバトル。彼女とのバトルで、久しく忘れていたそれを思い出せた気がした。隣りにいるクダリも同じ気持ちであろう、あの、強い対戦者を相手にする時のような無邪気な笑顔を浮かべていた。…そう。純粋に楽しい、という気持ちのみの笑顔。デンチュラをボールにしまいながら彼女に近付く。




「ボク、クダリ!ノボリと一緒にきみに負けちゃった…でもきみとポケモンの気持ち、いっぱいいっぱい伝わってきたよ!またきみとバトルしたいな!」


「あ…ありがとうございます…」




ノボリに負けじと自分も彼女に近付いた。




「スーパーブラボー!!あなたのようなトレーナーとバトル出来た事、嬉しく思います!わたくしも是非、またあなた様とバトルしたく思います。宜しければお名前を教えて下さいまし」


「私の名前は…アヤです。……あの、ノボリさん、クダリさん…」




「へえ、アヤって言うんだ!」

「どう致しました?」





キッと真っ直ぐと自分達を見て、その幼い容貌には似合わない決意をその紫色の目に宿して。その小さな口から発せられた台詞は……






「私に……私に、バトルの仕方を教えてくれませんか?」






「「え……?」」




……予想外のものだった。






ぽかんと口を開く自分達に、彼女は畳み掛けるように続けた。




「私、時間が無いんです!どうしても強くなりたくて、それで…自分よりも強くて、バトルの経験が多い人に闘い方を教えて貰いたいんです!」




お願いします!と、必死に頭を下げる彼女にどうしたものかと眉を寄せていると、隣から明るい声。




「いいよ!」

「なっ…クダリ!?」





笑顔で即答した片割れに思わず目を丸くする。この少女が本気なのは見ればわかる。しかしそんなに簡単に決断していいのか、そう抗議しようとすればクダリはそのまま楽しそうにこちらを向いた。




「アヤ、ほんとに一生懸命なのバトルでわかった!アヤのポケモンも一生懸命!アヤとバトルするとボクらも楽しい、いっぱい思い出す!それにアヤが強くなったらいっぱいバトル出来る!そしたらボクらも嬉しいし、いっせきにちょう!」





ね?と、同意を求めるクダリに一瞬驚くも、すぐに納得した。…そうだ、自分達は思い出したいのだ。あの、楽しくて仕方がないバトルの感覚を。
彼女とのバトルではそれが感じられた。あの、重荷を背負った状態ではなく、久しぶりに素のままでの勝負が出来た。なら、一緒にいればもっとそれを思い出せるのではないだろうか。
気丈に、しかしどこか不安気にこちらを見守る少女に笑みを一つこぼして見せる。そして…






「……いいでしょう、わかりました。しかしアヤ様、わたくし達はスパルタでございますよ?」


「っ…はい!よろしくお願いします!!」





彼女…アヤとの、師弟関係は始まったのだ。




それからというもの、自分達はほぼ毎日、アヤに教えられる限りの事を教えた。決して優しくはなかったであろう、しかし彼女は弱音を吐かず、良く学び成長した。
そして二ヶ月ほど経てばだいぶ慣れてゆき、バトルサブウェイに挑戦し始めるようになった。幼くも向上心があり真っ直ぐに突き進む彼女の姿を好ましいと感じた駅員が段々と増え、スーパーの付く電車に乗り始める頃には彼女と出会う時は何かしら渡せるように常にお菓子を持ち歩くのが職場では当たり前になってしまう程だった。




そして、彼女と出会ってから半年が過ぎたある日……ついに彼女は、スーパーシングルトレイン、そしてスーパーダブルトレインのサブウェイマスターに勝利した。
やりました!と綺麗な笑顔で報告に来た彼女に、自分達はともかく密かに彼女を応援していた駅員達までもが沸き立った。おめでとう、おめでとう、と男女問わず祝われ、揉みくちゃにされる彼女。その中には倒されたはずのサブウェイマスター達もいて、思わず笑ってしまったものだ。






その夜。
スーパートレイン制覇のお祝いにと、愛弟子である彼女を二人でライモンシティのとあるレストランに連れて来ていた。ポケモンも一緒に料理を味わう事が出来るという人気の店だ。楽しく談笑しながら食事を進める中チラリと視線を送れば、同じように楽しげに料理を食べる自分達のポケモンと、彼女のリザードン、ミロカロス、ルカリオ、そしてこの街で仲間になり進化したレントラー。そちらも色々と話し盛り上がっているようで、とても微笑ましい光景が目に入った。思わず頬が緩む。






「ほんとにアヤがんばったよ!アヤが勝ててボクもうれしい!」





不意に聞こえた台詞に、視線を戻す。その話題なら、と改めて彼女を褒めるべく同じ椅子に座っていてもだいぶ下の位置にある顔を見る。




「わたくしもそう思いますよ。アヤ様の頑張り、バトルはブラボーの一言です」






自分達二人に褒められたのが照れ臭かったのだろうか、彼女は少し頬を赤くさせながら軽く頭を下げた。こういう時、普段子供らしさを見せない彼女はとても可愛らしい表情を見せるのだ。それを知るクダリはそれからしばらくはその話題で盛り上げ便乗した自分も褒め続けたのだが、流石に恥ずかしくなったのだろう、そういえば、と話題を変えた。




「ノボリさんもクダリさんも、サブウェイマスター就任の話、受けるんですよね?」






その言葉に、空気が少し変わる。
そう。最近では現サブウェイマスターの引退が確定し、その後継に就任しないか、という話が直々にされていたのだ。
しかし以前よりもバトルが楽しく感じられ色々な反応や視線に少し慣れたとはいえ、未だにすぐに返事が出来る状態ではなく、まだ答えられずにいた。周囲は自分達がOKし、新しいサブウェイマスターになるのだとばかり思っている。駅員達と仲が良い彼女のことだ、きっと誰かからその話を聞いたのだろう。
どう答えるべきか考えていると、クダリが先に口を開いた。





「ボク…わかんない。みんなボクらを変な目で見るし、そういう目の人とバトルするの楽しくない。…でも、そういう人だけじゃないって最近わかった。それにバトルサブウェイは好きだしサブウェイマスターはカッコイイ。だけど、目は怖い。だから……」




わかんない、とクダリは呟いた。それは、取り繕うでもない、ごまかしでもない、とても素直な片割れ…否、自分達の気持ちだった。
頷いて、言葉を繋げる。




「そうですね…確かに、わたくし達は怖いのです。サブウェイマスターの背負うものがこれ程までだとは思ってなかった…覚悟が出来てなかったのですから。アヤ様……アヤ様は…わたくし達がサブウェイマスターとしてやっていけるのか、どう思ってらっしゃいますか?是非聞かせて下さいまし」





小さな子供に人生について相談する大人というのは、はたから見たらとてもシュールで可笑しく、そして滑稽な光景だっただろう。しかしその時自分達にとって彼女はただの子供ではなかったし、まるで自分よりも長い人生を歩んできた人間のようなことを考え口にするというのはとっくの昔にわかっていた事だった。だからこそ口から出た弱音だったのだ。
意見を求められた彼女は逆に質問されるとは思わなかったのだろう、少し驚いた表情を見せる。しかし、すぐに真剣なものにそれを変えた。




「……私、バトルって別に好きじゃありませんでした」





突然の告白に今度はこちらが面食らった。しかし、言葉を続ける彼女に口を挟まず耳を傾ける。





「手段だったんです。ただ、私の目的を果たすだけの手段に過ぎなかった。強くなきゃ出来ない事が、私はしたいから。今でもその考えは変わりません。バトルは目的じゃなくて、私の通過点です。…でも……」





言って、苦笑に近い笑みを浮かべる。まるで、何かを諦めたように。嘘がばれた時のように。




「でも…楽しかったんですよ。二人とバトルして、色々な事を教わって、バトルサブウェイの方々とバトルして…そう、とても楽しかった。特に二人とバトルする時は、負けても何だかすっきりしたし、楽しかった。それまでひたすら勝つ事しか考えてなかったのに、負けても学ぶ事があるんだって教えて貰いました」




だから、と。今度は優しい笑みで続ける。






「二人には、バトルを楽しいと思わせる力があります。私だけなんかじゃない、もっともっと色んな人にそう思わせ、気付かせる力が。…それ何より…好きでしょう?バトルも、バトルが好きなトレーナーも」





…そうだった。だからこそ自分達はバトルサブウェイのメンバーになったのだ。そう、それはただ純粋な気持ち。バトルが、好きだから。





「…私も、頑張ります。目的をやり遂げてみせます。絶対にやってみせます。だから…二人も負けないで。好きだっての気持ちを貫き通して下さい」






コトン、と。胸の中に彼女の言葉が落ちた。何よりもストレートに、そして素直に。それは段々と胸の中に広がり、そして波紋を呼ぶ。昔の記憶…初めてヒトモシと出会い、バトルしたあの時の高揚感。バトルサブウェイに初出勤し、挑戦者と顔を合わせたあの時の緊張感。そして、熱いバトルの後の、トレーナーとの握手の瞬間。
忘れていたものが蘇り…それは新たな決意へと変わった。隣で同じように目を輝かせるクダリを見た。…ああ、やっぱり同じ気持ちだ。




「…ボク、思い出した!やっぱりバトルが好き!」

「わたくしも…バトルが好きです」





今の気持ちを表すには、その一言で充分だった。
それを聞いた彼女は嬉しそうな笑顔で頷く。

そしてふと思うのだ。彼女がこうして自分の事を話してくれたのは初めてではないかと。そういえば、自分達はここ半年毎日のように会っておきながら、彼女自身の事は何も知らないのではないかと。同時に、彼女について知りたいと思った。本当に今更な話だが、この瞬間、初めてそう思ったのだ。
…まあ、また明日からも会うのだ。帰り道や休憩時間にでも、少しずつ話をしよう。
とても和やかな雰囲気の中、密かにもう一つの決意をした。







翌日、彼女は現れなかった。
その翌日も、翌日も。一週間経っても一ヶ月経っても現れず、自分達がサブウェイマスターに就任しても現れず、仕事の合間を縫って探しても見付からず……ついに、一年が過ぎた。








目の前にいる彼女に言いたい事はたくさんあるのだ。聞きたい事もたくさんある。しかしたくさんあり過ぎて何を言ったらいいのかわからない。
そのままじっと彼女を見つめていると、あ、と何かに気付いたような声を漏らす。そして、あの笑顔。





「そのコート、二人ともとても似合ってます」





……ああ、もう。
クダリと二人、目を合わせて笑う。言いたい事は、やっぱり同じ。




「おかえりアヤ!」

「今度は逃がしませんよ、覚悟して下さいまし」






さて、これからたくさん話をしようじゃないか。











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