一太郎の言葉を接いで言った八千重に、一太郎は眉を下げて首を左右に振った。

「会えなかった。奉公している店にいなくて…店の用で出てたんだよ」
「……そう」

八千重は静かに頷いた。

「……休んでるところを仁吉に見つかって、帰って来て…おとっつぁんに叱られたよ」

あんなに大声で叱られたのは、初めてかもしれないと一太郎は苦笑いした。

「長崎屋は、うちのじい様とばあ様が開き大きくした店で、店付き娘のおっかさんと添ったおとっつぁんは、長崎屋の血を引いていない。唯一の血筋の私に何かあれば店を閉じる……そう決めてあるとおとっつぁんは言ったよ」

だが一太郎は理解出来なかった。
武家ならまだしも、血筋なんてそこまで気にすることではない。
婿の里方や、嫁の実家から養子が入るなんて、珍しいことでもなかったからだ。

「だけど、長崎屋は松之助とはもう一切関係がない…これまでも、これからも。私も弁えていておくれ、と……」

一太郎に有無を言わさず、藤兵衛はそう言った。
だが一太郎は素直に納得出来なかった。

「…………若だんなは、松之助さんに会いたかったんだね」

一太郎の話と思いを聞いた八千重は、冷めた茶で喉を潤す。

「兄弟がいるなんて…いいなぁ」

心から羨ましそうに言って、八千重は微笑む。

「でも…腑に落ちないなら、誰かに聞いてみたら?」
「え?」

唐突な言葉に一太郎はキョトンとして八千重を見る。

「だって、何か納得できない理由があるんでしょう? 気になってることがさ」

あれ、違うの?、と問う八千重に、一太郎は随分と聡い子だと思う。

「仁吉さんも佐助さんも口が堅そうだし…何より、歳を考えると奉公に上がる前の出来事だからね…」

うーん、と考えて八千重はこちらに背を向けたままの絵の屏風を見た。
そして、ニヤリと笑って一太郎の側ににじり寄る。
そっと耳元で囁かれ、一太郎は顔を赤くしたが、その言葉に八千重の顔を見て頷いた。

「若だんな、開次先生をお連れしました」

声に、はっとして二人は襖を見る。

「どうぞ」

一太郎が声をかけると、そっと襖が開く。
そこには、小僧と八千重の父、開次の姿。

「おとっつぁん、話はもう終わったの?」

案内してくれた小僧に礼を述べ、開次が若だんなの部屋に入る。

「ああ、お構いなく、若だんな。私はすぐに帰ります故」

茶を淹れようとした若だんなに、開次が断る。

「それじゃぁ、私も…」

言って、腰を上げようとした八千重を開次は制した。

「おとっつぁん?」
「開次先生、どうかいたしましたか?」

怪訝に開次を見る八千重と、不思議そうに首を傾げる一太郎。
開次は、八千重に向き直ると厳しい顔つきで静かに口を開いた。

「お前はここに残りなさい」

え、という声が部屋に二つ響いた。














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