セドリックとニコルのお陰で、部屋に戻ったアスカは大分冷静になっていた。
そして、自分のベッドのカーテンをピシャリと締め切ると、マットレスの上で枕を抱き抱えるようにして大きな息を吐く。

(─────や、やってしまった…………)

先日、自分の身を案じてくれた黒尽めの親友へ自分が言った言葉が思い返される。

(…セブルスにバレたら、問答無用で塔に押し込められてもおかしくない……いや、その前に石になってしまうかも……)

だが、覆水は盆には返らない。
過去へは、戻れない。
脳裏にハーマイオニーの顔が浮かび、次いでロン、ハリーの顔が浮かぶ。

「──あんな哀しい顔、させるつもりなんてなかったのに……」

アスカがハーマイオニーとあんな風に言い争うのは、初めてだった。
あんな言葉を投げつけられるなど思っていなかった。
ただ、材料を盗まずに済む方法を考えて欲しかっただけだというのに。

(あたしの気持ちは、ハーマイオニー達に全く届いていなかった…? あたしは、自分さえよければそれでいいと思っていると…思われていた?)

心の中で問いかけるが、応えなどあるはずがない。
ただ、薄暗いベッドの中でアスカは静かにこみ上げてくる悲しみを堪えるように枕に顔を伏せた。
これからどうしようかだとか、先に思案を巡らせるより、何よりただ悲しかった。
ただただ悲しかった。

「…っ!」

フィーレンの血は、本人の心情などお構いなしにやはり突然その力を現す。
カッと血が目に集まるかのような熱さにアスカは咄嗟に目を瞑る。
その直後、未来の映像がまるで映画のワンシーンのように瞼の裏に映し出されていく。
空を箒で疾走する幾つかの人影。
どうやらクィディッチの試合を観客席から見上げているようだ。
グリフィンドールを、ハリーの名を応援する声がする。
どういう事だろう。
ブラッジャーがハリーばかりを狙って飛んでいく。
それを双子のどちらかが棍棒で打ち返すが、やはりブラッジャーはハリー目掛けて飛んでいく。
アスカは未来の映像だと分かっていても、息を呑む。
ハリーは全速力でその場を離れるが、やがて大粒の雨が降ってきた。
タイムアウトを取ったグリフィンドールは、皆で集まって何かを相談し始める。
ハリーを狙うブラッジャーについて話しているのだろうが、どうするつもりなのだろうか。
やがて試合が再開されると、あろう事かハリーは1人でブラッジャーから逃げるように飛行し、スニッチを探し始める。
グリフィンドールは、誰の提案かは分からないがブラッジャーをハリーに任せる事にしたようだ。
未来の事だと分かっていても、アスカは眉を顰める。
やがて、ハリーがスニッチを無事に捕まえた瞬間にアスカは思わず声を洩らした。
ハリーの腕が、折れていた。
ずぶ濡れでピッチに箒から転がり落ち、痛みと疲労でどこか茫然としながらもスニッチは手放さなかった。
歓声に湧く声を聞き、アスカは顔を歪めながらも詰めていた息をホッと吐く。
骨折ならば、マダム・ポンフリーに任せればすぐに治して貰える事をアスカは知っていた。
ハリーはスニッチを取り、グリフィンドールはスリザリンに勝った。
怪我もすぐに治る。
今回は、大した先見ではなかったようだとアスカが安堵した時、その人が現れた。

(な、何で…ッ)

彼はハリーの周囲に心配そうに集まるグリフィンドール生を押しのけてハリーの傍に颯爽と駆け寄ると、嫌がるハリーの折れている腕を取り杖を翳した。
途端にハリーの手は蒟蒻のようにグニャリと重力に応じて曲がる。
アスカは絶句した。

(あの野郎、ハリーの骨を抜きやがった!!)

ハリーの周囲から上がる悲鳴が段々遠くなっていくとともに目の熱も失われていった。
瞬く間に視界が自分のベッドのシーツに変わり、アスカは大きな溜め息を吐く。

「────ナルシスト野郎…アイツは本当に余計な事しかしない」

骨折を治すのは容易だが、骨を生やすとならば話は違ってくる。
いくら優秀なマダム・ポンフリーであっても、骨を再生させるのは荒療治だ。
不味い薬に、激痛が待っている。
ハリーは医務室で痛みに堪えながら辛い夜を明かす事になるだろう。
そう考えると、アスカの中でロックハートへの怒りが強くなっていくのは必然だった。

(───1人になったのは、逆に好都合だ。今なら誰もあたしを止めない。ハリーの骨を抜く前に、アイツの背骨を抜いてやろう!)

アスカはベッドの上で1人笑みを浮かべる。
たまりにたまった鬱憤を晴らしてやろうとアスカは枕を抱えながら、嬉々として脳内で作戦を練り始めた。
夕食を食べる事も先程まで感じていた友人達への感情も忘れ、その日アスカは閉め切ったベッドから出てくることはなかった。
ハーマイオニーはチラリとアスカのベッドを見るが、すぐに表情を強ばらせて視線を外して談話室へ向かった。





土曜日の朝、アスカは早々と目を覚ましベッドから起き上がると身支度を整える。
今日はクィディッチのグリフィンドールとスリザリンとの試合があり、更にアスカにとって決戦である。
ハリーが無事に試合を終えられるように、終えた後も苦しまずに済むように、アスカは暗躍する予定だ。
朝食をさっさとすませようと大広間に向かうと、グリフィンドールのテーブルにはクィディッチのグリフィンドールチームが一塊になって朝食を摂っているようだった。
大広間には他に誰の姿もなく、グリフィンドールチームだけであり、平素であれば双子や女性陣達がワイワイと賑やかな様子であるのに彼らはとても静かだ。
どうやら緊張しているらしいと大広間の扉を開けて中を覗き込んだまま、アスカは眉を下げた。
新型の箒は乗り手の技術はどうあれ、それ程脅威らしい。
そして見知った背中をグリフィンドールチームの中に見つけると、アスカは彼らに気付かれないように扉を閉めた。

(今日の朝食は、諦めよう)

昨日の夕食を食べていないアスカとしては、これからの決戦に備えて朝食は摂ろうと考えていたが、現在の大広間の中の緊張感漂うグリフィンドールのテーブルで1人朝食を、という気分にはならなかった。
離れて座っても双子がちょっかいを出してくるであろうし、何より昨日の件を思うとアスカも気まずい。
ハリーとしても恐らく戸惑うだろう。
試合前の大事な時に、自分のことでハリーに余計な揺さぶりをかけてプレイの邪魔をしたくはなかった。
アスカは足音をたてないように気をつけながら大広間から離れるように歩き出す。
標的がどのルートを使って来るか分からないため、アスカは競技場で張り込むことにしたのだ。
試合開始時間を考えると少々…否、かなり早いが漸くあのナルシストを成敗出来るとあり、アスカは苦とは感じなかった。
ただ、試合を観に来る他の生徒や先生方に自分の姿を見られるのもあまり宜しくない。
アスカは、空き教室に入り窓を開けるとそっと意識を集中する。
忽ちアスカの姿は黒い鴉となり、窓口に跳ねるように移動すると数度羽ばたきをして飛び立った。
鴉の目は神秘的なピンクであり、ハリーがダドリーの家で監禁状態の中、差し入れとメモを届けたのは変身したアスカだった。
アスカは未登録のアニメーガスである。
ホグワーツ在学中に、とある友人の為に修得した。
その為、アスカが鴉に変身出来ることを知るのは、共に未登録のアニメーガスとなった友人達とどうやらその事に感づいていながらも沈黙を貫いているアルバス・ダンブルドアだけだ。
友人達の中にセブルスは入っていない。
よって、ホグワーツ城の中でピンクの瞳の黒い鴉が、グリフィンドールの二年生ベル・ダンブルドアだと気付く者は校長のみ。
競技場の一角で羽を休めている鴉がアスカだと気付かれる事はないと言えた。
見張りには最適の姿、最適の場所でアスカは標的が来るのを待つことが出来た。
ただ、鴉の姿になると人間の時と比べて思考速度や感情等が若干衰えてしまう。
変身した動物により差はあるが、それはアニメーガスに成ることに成功した友人達からも聞いてはっきりした事だった。
余計な感情や思考に邪魔されずに済み、集中したい今のアスカにとっては好都合だと言えた。
アスカは時間が経つに連れて徐々に競技場に入っていく人が増えていく様を上から見下ろし、ピンクの瞳で標的を探す。
皆、頭上にいる鴉の事など気にもとめず…というより気付く様子もなく、これからの試合に胸を躍らせているようだ。
人混みの中でロンとハーマイオニーを見つけたが、鴉になっているためか、前もって分かっていた事だからか、動揺は差ほどしなかった。
そうしてひたすら待っていたアスカは、標的が此方へ近付いて来るのを確認すると、競技場から飛び上がり、隣接する木々のしっかりした枝に降り立つと周囲を用心深く確認してから変身を解いた。
枝から軽やかに飛び降りて両足で地面を踏みしめると、アスカは素知らぬ顔して競技場に向かう人混みに紛れ込む。

(…ここまで順調。次は、さり気なく近付いて声を掛け、話があると言って競技場から引き離す。そして、人気のない所で───…)

アスカが緩む口元を咳で誤魔化しつつ、標的を目視で確認して歩く速度を変えようとした次の瞬間、想定外が起こった。

『ベル、おはよう』

ポン、と背後から肩を叩かれアスカはびくりと肩を上下させて足を止めた。
振り返れば、昨日友人となった日本フリークのニコルが煌めく笑顔で立っていた。
その隣には、苦笑いのセドリックの姿もある。
絶好のタイミングを邪魔されたアスカは内心憎々し気に舌打ちしつつも、さっさと会話を終わらせようとにこやかな笑みを貼り付ける。

「ニコル、セドリック、おはよう。2人もクィディッチの観戦?」
「おはよう。勿論、グリフィンドールの応援にね」
『せ……俺は、クィディッチ馬鹿のセドに付き合って来ただけだったけど、休日も君に会えて嬉しいよ。来て良かった!』

昨日アスカに指摘された一人称を拙者ではなく俺、と言ったニコルの言葉にアスカは思わずクスクスと笑いが漏れた。
相変わらず日本語で話すニコルの言葉がセドリックは正確には理解出来ていないだろうに、それでも幼馴染み故かニコルの言葉を察して精悍な顔を歪める。

「確かにセドリックはウチのチームのオリバー先輩と同じ位のクィディッチ馬鹿かも知れないけど、優秀なハッフルパフチームのシーカーでもあるんだもの。敵情視察もあるんでしょう? グリフィンドールのあたしが言うとトゲがあるかも知れないけど、スリザリンじゃなくウチを応援してくれるなら嬉しいし、ニコルもセドリックだけじゃなくて友人の居る寮だからってグリフィンドールを贔屓してくれたら嬉しいわ」

2人をからかうように言いながらアスカは笑う。
その言葉に虚をつかれたように、ニコルとセドリックは顔を見合わせて笑った。

「それじゃ、あたしはこれで…」
『ベル、今日は俺達と一緒に観戦しないか?』
「…え?」

視界の端で標的を見失いそうになり、慌ててアスカが話を切り上げようとしたが、ニコルはそれを阻むように煌めくような笑顔でアスカの言葉を遮ってそう提案した。

『仲のいい友人と喧嘩したんだろう? それなら俺達と一緒だって問題ない。俺も、ベルと一緒なら退屈せずに観戦出来そうだし』
「い、いや…あたしは……」

今にもアスカの手を取って歩き出さんばかりの勢いでにじり寄ってくるニコルに気圧されながらも断ろうとするが、ニコルはにこにことして聞いていないようだ。

「おいニコ、勝手に決めるんじゃない。彼女にだって都合があるし、ハッフルパフの僕達となんて観戦し辛いだろう? 暴走するなよ」
『セドがうちの寮のシーカーだからか? そんなの、友人同士なんだから関係ないだろ? 言いたい奴には言わせておけば良いんだよ』

見かねたセドリックの言にニコルは何を言ってるんだと呆れたようにいなす。
アスカはニコルの言い分には同意出来るのだが、如何せん今は間が悪かった。
アスカは申し訳無さそうに眉を下げ、だがしっかりと断ろうと口を開く。

「あたし自身は別に、別の寮だからとか誤解されるのが嫌だとかそういうのは余り気にしないんだけれど…」
『ほら!ベル自身がこう言ってんだセドリック、気にする事ないって!行こうぜ、ベル!』

けど、今日は用事があるからごめんなさい…と続く筈だったアスカの言葉を笑顔で遮り、ニコルはアスカの手を取って歩き出す。

「え…っ、ちょ、ちょっとニコル!?」
『早く行かなきゃ良い席はすぐ埋まっちゃうぜ? おいセド! お前も急げ!』
「ニコル! ───あぁ、もうお前って奴は……ごめん…ベル」
「い、いや、あの…っ、あたしは用事があって!」

人混みの間を縫うようにズンズン足早に進むニコルにガッチリ手を掴まれたままのアスカは、ニコルに引っ張られ足をもたつかせながら告げるがニコルは聞いてはいない。
後を付いて来るセドリックに助けを求めるように顔だけ振り返っても、「ごめん、ああなったら僕が何言っても無理だ」と、申し訳無さそうに首を振るだけだ。
アスカは引っ張られながらも周囲を見渡し、なんとか標的のロックハートを探そうとするが、目まぐるしく変わる大勢の人混みの中で探し出すことは出来なかった。

(そんな──…嘘でしょう!? 漸くあのナルシストを懲らしめる事が出来ると思ってたのに!! そんな…)

アスカの顔色は真っ青だった。

「あたしの計画が……っ」

アスカの計画は、想定外の事態により中止を余儀無くされた。

(────こうなったら、プランBに変更する)

アスカは諦めていなかった。想定外の事態を見越して、別案を用意するのは定石だ。
アスカもセオリー通り、用意はしていた。
用意はしていたが、当初の計画より大幅に目立ってしまう上に失敗する可能性も高い、余り良い手ではなかった。
だが、ハリーを守りたいアスカにはそれを決行するしかもう他に方法はない。

(成功する確率は低いけれど……ハリーがスニッチを取ってピッチに滑り落ちたら、他の生徒に紛れて駆け寄りハリーの怪我をさり気なく治すか、ロックハートが魔法を掛けるのを阻止するか…状況を見て判断!)

アスカはプランBの内容を脳裏で確認しながら、ハッフルパフの生徒に囲まれた席に座り、周囲を見渡してロックハートの位置を確認する。
両隣はニコルとセドリックに挟まれており、もう手は掴まれてはいないが、2人に気付かれないように席を抜け出すのは不可能だ。
例えうまいこと抜け出せたとしても、ロックハートの周辺は生徒、もしくは教授方の目がある。
誰にも気付かれずにロックハートを競技場の外の人気のないところへ誘き出すのは容易にはいかない。
他人の目が周囲にある中、ロックハートの背骨を抜くことはアスカでも難しい。
途中まで順調だったというのにどうしてこんな事に、とアスカが小さく息を吐くとそれに気付いたセドリックが申し訳無さそうに声を掛けてきた。

「本当にごめんベル。何か用事があったんだろう? ニコルは、強引な奴で…見た目と違って我が強いし、力も結構強くて……いつもはやる気ないから気怠げな感じしてるけど、本気出されると僕でも止められないんだ」

日本関係になると尚更手がつけられないんだ、とセドリックは疲れたように零す。

「なんか…苦労してるのねセドリック」
「いや…最近は、滅多に暴走するなんてことなかったんだけど…よっぽど君の事が気に入ったみたいだ。アイツ、本当は饒舌なんだ。けど話すのは日本語だから、周りから浮いてて……嫌われてるってわけじゃないんだけど、それでも言葉が通じないから変人扱いされてて、そのせいで周りとは段々話さなくなって……ホグワーツでは、僕位しかまともに会話出来ていなかったから、君が日本語を話せて、友達になってくれて……すごく嬉しいんだと思う。僕も、嬉しいんだ」

だから出来れば許してやってほしい、とのセドリックの言葉にアスカは目を丸くさせた。

(そんな事言われたら、断れないじゃん…)

計画を邪魔されたアスカは心の中で、この野郎はブラックリストに追加してやろうと憤慨していたのだが、そんな気持ちはみるみると萎んでいった。
ニコルの立場を詳しく知った訳ではないが、アスカにも思うところはある。
7歳の誕生日にフィーレンの家に誘拐されるような形で両親から引き離され、スパルタでの祖母からの教育。
いつか両親が迎えに来てこの地獄から連れ出してくれると信じていたが、それは叶わず時は流れホグワーツに入学する事になった。
その頃には、感情を殺すことを身につけていた。
そうしないと気が狂ってしまいそうだった。
周囲にはアスカのホグワーツでの監視役やフィーレンの後ろ盾欲しさにスリザリンの生徒がおり、利用しようと媚びを売ってくる。
そんなアスカは、両親の出身だったグリフィンドールに入りたかった。
それだけは、どうしても曲げたくなかった。
その想いを汲んだ組分け帽子は、アスカをグリフィンドール寮に組み分けた。
当然、祖母やスリザリンの者から反発があった。
さらに言えば、スリザリンを取り巻きに持つアスカをグリフィンドールの者達は嫌煙した。
嫌がらせも受けたし、心無い言葉も浴びせられた。
だが、その頃のアスカは感情を殺す術を身につけていたし、祖母の教育の成果もあり一年生では有り得ない程魔法が使えた。
同じ一年生の悪戯程度、魔法で難なく対処出来たのだ。
どんな嫌がらせや魔法を仕掛けても難なく交わし対処してしまう無表情のアスカの姿が自分達を歯牙にもかけていないように思われ、反感を買うこともあったが、やがて誤解は解けていった。
アスカの誤解を解いてくれたのが、親友リリーとジェームズ達だった。
アスカは初めて出来た友人達が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
笑う事を思い出させてくれた友人達が大好きで、心から大事だった。
感謝していた。
そんな経験により、アスカはニコルの気持ちが分かるような気がしたのだ。
無碍になど出来なかった。

「…ベル? やっぱり怒ってるかい?」

黙り込んでしまったアスカの様子に、セドリックが不安そうに問うと記憶の海を漂っていた思考が急速に浮上する。

「…大丈夫、怒ってないよ。ニコルの気持ち、ちょっと分かる気がして……あたしも、嬉しいな」

アスカがやんわり微笑んでそう答えると、セドリックはホッとしたように、嬉しそうに笑顔を見せた。

(あー…セドリック、やっぱりモテるんだろうな)

アスカは、友人のことを心から案じており、さらには友人の為に頭を下げることの出来るセドリックを改めて見直した。

『2人共、試合が始まるみたいだ』

2人でにこにこと微笑み合っていると、ニコルがピッチを指差しながら告げる。
グリフィンドールの赤いユニフォームを着た選手と、スリザリンの緑のユニフォームを着た選手が箒で競技場に出て来たようだ。
観客席はわっと盛り上がり、セドリックも目を輝かせてそれに集中する。
アスカがハリーの姿をよく見ようと遠見の魔法をかけていると、控え目に肩を突つかれた。

『セドは良い男だろ? アイツ、モテるよ』
「 ? 」

反射的に隣のニコルに視線を向ければ、コソッと耳元で囁かれアスカはニコルが何を言いたいのか分からず、きょとんとしてニコルを見つめる。

『けど、アイツが今一番気になってる子はベルだと思う』
「え?」
『一年位前から、たまにアイツから君の話がちょいちょい出てて、そんな事珍しいから俺も気になってたんだ』
「………は? え、ちょっと待って……」

ニヤニヤと笑いながらコソコソ話すニコルに、アスカの思考が追いつかない。

『どんな奴かと思ってたけど、ベルなら俺も賛成だ。応援するよ』

そこで漸くニコルが話している意味を理解して、アスカの顔に熱が集まる。

『お、応援って───…それ、勘違いだよ…セドリックはそういうつもりないと思うよ?』

セドリックに聞かれたら事が大きくなるかも知れない、と思わず日本語でアスカは苦笑いしながら返す。

『勘違い? ……ふぅーん…成程』

アスカの様子に、ニコルは最初きょとんとしていたが、すぐに目を細めて何やら納得して小さく二度頷いた。
そうしてセドリックとアスカを交互に何度か見て、楽しそうに笑う。

『了解、把握した』
「何を!?」

アスカが怪訝な顔でニコルに突っ込むように問うが、ニコルは『応援しなくていいの?』とピッチを指差して話を逸らした。
眉間の皺を濃くしたアスカが視線で返答を促しても、ニコルはアスカから視線を剥がして競技場を飛び回る選手達を見始めてしまい、アスカの無言の抗議に気づかない振りをした。

『あのブラッジャー変じゃないか?』

アスカはわけが分からないニコルの態度と言動に腑に落ちない顔をしていたが、ニコルの言葉にハッと視線を競技場へ向けた。

(ヤバい、色々あって忘れてた!)

先見で見ているとは言え、心配な事には変わりない。
アスカは執拗にハリーを追いかけ回すブラッジャーから素晴らしい箒捌きとスピードで逃げるハリーを見つける。