翌日、アスカが大広間でハーマイオニーと朝食を食べていると、ハリーとロンが現れた。
2人はげっそりと疲れた様子で、アスカは2人の顔色の悪さに眉を下げる。

「お早う。随分堪えてるみたいだね」
「もう、大変だったんだよ」

2人が向かいの席に座るのを待って、アスカが声をかけると、ロンがフィルチとの一夜をあーだこーだと話し始めた。
だがそれよりも、アスカはハリーの様子が気になっていた。
しきりに何かを考えているようで、朝食を食べだす様子もない。
一方、その隣でロンはトーストにジャムを塗って食べながら話していて、ハーマイオニーに窘められている。

「ハリー、何かあったの?」
「え!? あー…うん、聞いてくれる?」
「勿論」

アスカが頷くと、ハリーは昨夜あった事を話し始めた。

「ーーー…妙な声?」
「うん。ロックハートの部屋で、確かに聞こえたんだけど……ロックハートは、何も聞こえないって」
「その声は、なんて言ってたの?」
「………
氷みたいに冷たい声で"引き裂いてやる、八つ裂きにしてやる"…
って」
「………………」

ハリーがその声の禍々しさを思い出し、顔を歪めながら言えば、アスカの顔が険しくなった。

「ロックハートが嘘を吐いたのかな? でも、ドアを開けてもいないのに、声が聞こえるなんて変だよね。僕だけに聞こえたなんて……不思議なんだ。ねぇ、ベルはどう思う?」

困惑しているハリーに、アスカはその不安を拭い去るようにニッコリと微笑んだ。

「きっと疲れていたのよ。それか、ロックハートにからかわれたんじゃない?」
「ーーーそうかな」

ハリーはアスカに言われてもまだ腑に落ちず、不服そうだったが、アスカがもう一度頷けば、うんと頷いた。

「ハリー、ちゃんと朝食を食べて。今日の一限目はマクゴナガル先生よ、お腹が鳴ったら大変だわ」
「そうだね」

ハリーはそこでやっと笑った。
アスカは、それに内心でホッとして、自分も食べかけのストロベリージャムトーストにかぶりついた。





新学期が始まって1ヶ月が経ち、10月がやってきた。
校庭や庭の中に、冷たい空気が広がるようになった。
そうなると、生徒達や先生方の間で風邪が流行りだし、校医であるマダム・ポンフリーは大忙しだった。
ポンフリー特製の"元気爆発薬"は、すぐに効いたが、それを飲むと数時間は耳から煙を出し続ける事になるので、教室や談話室、大広間で度々アスカは煙に噎せた。
ロンや双子の妹であるジニーは、このところずっと具合が悪そうだったので、パーシーに無理矢理薬を飲まされ、燃えるような赤毛の下から煙がモクモク上がって、まるでジニーの頭が火事になったようだった。

(そういえば、あの時の用事は済んだのかな?)

アスカは、火事状態のジニーと、満足そうなパーシーを見ながらふと思ったが、ハーマイオニーに呼ばれて視線を戻す。
外では銃弾のような大きな雨粒が何日も続けて降っており、そのせいで湖は水嵩が増し、花壇は泥の河のように流れている。
ハグリッドの南瓜は、今ではちょっとした物置小屋位に大きく膨れ上がり、ハロウィーンが楽しみだと満足そうにハグリッドは笑っていた。

「あれ、ハリーは?」

視線を戻した先に、先程まで居た筈のハリーの姿がなく、アスカはきょとんと首を傾げる。

「クィディッチの練習に行ったよ」
「え、この雨の中で練習?」

目を丸くさせたアスカに、ロンは、「ウッドはクィディッチ馬鹿だからね」と言って苦笑いを浮かべた。

「これからどうしようかって話してた所なんだよ」
「私は、予習復習をするのが良いと思うわ」
「「却下!」」

名案だとばかりに言ったハーマイオニーの提案は、アスカとロンによって即座に切り捨てられる。

「じゃあロンは、この前出された魔法薬学の課題はもう完璧なのね?」
「う゛っ」

声を詰まらせたロンを、呆れたようにアスカは見る。

「…………ロン、もしかしてまだやってないの?」
「あ、あははは…」
「ロン、課題提出は週明けの月曜日よ。今日は土曜日」
「あははは、はは、は……」
「「さっさと道具を取ってきなさい」」
「……はい」

ハーマイオニーとアスカに言われ、ロンはシュンと頭を垂れて談話室から部屋へ戻って行った。

「絶対ハリーもやってないよね」
「絶対にそうね」

そんなロンを見送りながら、アスカとハーマイオニーはそんな会話を交わし、どちらからともなく溜め息を吐いた。
部屋から羊皮紙や羽ペンやインク、教科書等を持って帰ってきたロンにハーマイオニーが教えだし、アスカは読書に勤しんだ。ハーマイオニーに、若干スパルタで教えられているロンが、時々助けを求めるようにアスカを見るが、アスカは読書に夢中で気付かない所か、2人を見もしない。
ロンは、ヒィヒィしながらも課題と格闘した。
そんな3人は、声を掛けられるまで、ハリーが帰ってきた事に気付かなかった。

「3人共、聞いてよ!」
「「「ハリー!」」」

目を丸くして、アスカは読んでいた本に栞を挟んで閉じる。
ハリーは、アスカの隣のソファーに腰をおろすと口を開いた。

「クィディッチの練習の後に、色々あって殆ど首なしニックと話したんだ」
「ニックと?」

アスカは何だか嫌な予感がしたが、ハリーに先を促す。

「ハロウィーンの日に、殆ど首なしニックの絶命日パーティに招待されたんだ。勿論、君達も」
「絶命日パーティ?」

ロンは、魔法薬学の課題が半分も終わっていないせいか、やや不機嫌そうな声を出した。
一方、アスカは嫌な予感が当たったと頭を抱える。

「それって素晴らしいわ! 生きている間に招待される人なんてきっとそうそう居ないわよ!」
「自分の死んだ日を祝うなんて、どういうわけ?」

興奮するハーマイオニーとは打って変わり、アスカはテンションが急降下していた。
いつものアスカだったならば、ロンの言葉に頷いていたのだが、そんな気も起きなかった。

「ハリー、まさかとは思うけど、他に何か言われて多利しないわよね? 例えば、首がどうとか、クラブがどうとか……パトリック卿が、どうとか…」
「え、何で知ってるの?」
「やっぱり……。何でって、あたしも頼まれた事があるからよ」

ハリーの反応から、アスカは盛大に溜め息を吐く。

「悪いけど、あたしはパスするわ。行きたくない」
「「どうして!?」」

アスカと言葉に、ハリーとハーマイオニーの声は重なり、驚くほどよく談話室内に響いた。
雨が降っているせいか、談話室は生徒がいつもより多く居たが、騒ぎの中心人物をを確かめると、皆、まるでいつもの事だと言わんばかりにそれぞれ視線を戻す。
皆の視線が逸れたのを見届けてから、アスカは口を開いた。

「……絶命日パーティには、以前に行った事があるの。アレは、生きている者が参加しても楽しめるものじゃない。悪いことは言わないから、ハリー達も行かない方が良いよ」

アスカは、学生時代に参加した絶命日パーティを思い出して苦い顔をしながら忠告する。
だが、ハリーは困ったように眉を下げた。

「ベルが言うからには本当に参加しない方が良いのかも知れない。でもーーーさっき、僕、殆ど首なしニックに助けて貰ったんだ。そのお礼として参加しなくちゃいけないんだよ…」

そうして、ハリーは先程何があったのかを話し始めた。

今日、ハリーはクィディッチの定期訓練で嵐の中を箒で飛び回り、ヘトヘトになった。
その時、スリザリンチームの偵察をしてきたフレッドとジョージから、新型ニンバス2001の速さをその目で見たのだと、その凄さを教えられた。
まるで垂直離着陸ジェット機のように空中を縦横無尽に突っ切る7つの緑の影にしか見えなかったという話を、頭の中で反芻、想像しながら人気のない廊下を歩いていたら、殆ど首無しニックを見つけた。
ニックは何か物思いに耽っているようだった。
ハリーは、ガボガボと水音を廊下に響かせながらニックに歩み寄り声をかけた。
そこでハリーはニックから、首無し狩クラブ入会を断られたのだと聞かされた。
ニックは殆ど首無しであるが故に、首無しではない。
皮でまだ首が完全に切り離されていないニックでは、入会の要件を満たさないというのだ。

(まだ諦められないのね…)

ハリーの話に、アスカは苦笑いを零す。

「ふぅん。良くわからないけど、何でそのクラブに入りたいんだろう? そんなに楽しいのかな?」
「それは僕も分からないけど、話をしてたらノリスが現れたんだ」

ロンが、さして興味なさそうに聞いたが、ハリーは首を振り、話を続けた。

ハリーの踝辺りに甲高い鳴き声で鳴く、フィルチの猫、Mrs,ノリスが現れた。
ニックが早くここを立ち去るようにハリーに言ったが、ハリーが踵を返した途端、フィルチが飛び出して来た。
フィルチは機嫌が頗る悪かった。
風邪をひいた上、3年生の誰かが起こした爆発事故で、第5地下牢の天井いっぱいに蛙の脳味噌がべったりくっついてしまったものだから、フィルチは午前中ずっとそれを拭き取っていたからだ。
それなのに、ハリーのクィディッチのユニフォームから泥水が滴り落ちて廊下に水溜まりを作っているものだから、我慢出来ないと怒鳴り声を上げた。
ハリーはフィルチの事務室に連行された。
フィルチの事務室に入った事はなかったが、なんだか薄気味悪い部屋だった。

「フィルチは僕を処罰するとか言って、羊皮紙に書こうとしてたんだけど、天井の上で大きな爆発音がしたんだ」

フィルチは、ピーブズめ! と、唸り声をあげてハリーを放って事務室を出て行った。

「それで、その隙に逃げて来たのかい?」「ううん、戻って来るのを待ってたんだ。…でもその時、何だか変な封筒を見つけたんだ」
「変な封筒?」

ハーマイオニーに問われ、ハリーは頷く。

「"クイックスペル"って書いてあったよ。読んでみたけど、よく分からなかった」
「クイックスペル?」

ハーマイオニーは知らないようで、首を傾げたが、ロンとアスカは目を丸くした。

「フィルチって……まさか…もしかして……スクイブ?」
「うん、そうなのかも。知らなかった……」

アスカとロンが顔を見合わせて驚きの声をあげた。
だが、ハリーとハーマイオニーはわけが分からずに首を傾げる。

「スクイブって何?」
「ーースクイブってのは、つまりはハーマイオニーの逆さ」
「魔法使いや魔女から生まれたけれど、魔法が使えない人の事をそう呼ぶのよ」

2人の説明に、ハリーとハーマイオニーは目を見張る。

「魔法が使えないって、そんなことがあるの?」
「あるよ。ロングボトム君も、そうなんじゃないかってホグワーツ入学許可証が届く前までは言われてたって言っているのを聞いた事があるでしょう?」
「ーーーあぁ! 聞いた事あるわ」
「そうなんだ」

ハーマイオニーが思い出して手を叩き、ハリーも覚えがあるのか感心して頷いた。