アスカが予想していた通り、ジャスティンと殆ど首なしニックの2人が一度に襲われた件で、生徒達はこれまでのような不安感だけではすまなくなり、パニック状態が起こった。
一番不安を煽ったのは、やはりこれもアスカが予想した通りに殆ど首なしニックで、ゴーストにあんな事をするなんて一体何者なのかと皆がその話で持ちきりだった。
クリスマス休暇をそんな恐ろしい存在が居るような場所では過ごせない、と帰宅する為のホグワーツ特急へ予約が殺到した。
そんな中でも、ポリジュース薬を使用する計画のあるハリー達は学校に残る事を選んだし、アスカは残ることを迷いなど一切しなかった。
ハリー達やアスカの他にも、学校に残る生徒は数こそ少ないが居たし、ハリー達の計画の対象であるドラコもその中の1人だった。
ハリー達は、ダンブルドアの養女であるアスカが残ることに大した疑問を持たなかったようだが、それでも計画を阻止するつもりがあって邪魔するのではないかと疑ってはいるようだった。
アスカは邪魔をしようだとか、阻止しようだとかいったそんなつもりは毛頭ない。
ドラコが継承者だとは露とも思っていないので、邪魔する必要などありはしない。
むしろ、ドラコが継承者ではなかったのだと知ることにより、ハリー達がこれ以上の危険を冒さなれば良いと思っていた。
そのため、誤解を解くことはせずに放置している。
ロンの兄達や妹もクリスマス休暇に居残り組だ。
双子はハリーを見かけるたびに2人で揃ってハリーをだしに使ってふざけ、ハリーを怖がり遠巻きにしている生徒達を驚かせた。
双子にとってそれがとても面白いようだったが、パーシーは双子のおふざけを全く認めなかった。
カンカンに怒って双子を止めようとした。
彼らの妹、ジニーも面白いとは思えないようで、双子がふざける度に「お願い、やめて」と涙声になった。
ハリー自身は気にしていなかった。
双子はハリーが継承者だなんてそんな事馬鹿げた考えだ、と思っている、そう思うと気が楽になったからだ。

「ベル、クリスマス休暇は一緒に過ごしても良い? 前に出来なかったお話をしたいし、それにお友達はみんな帰っちゃって居ないの」

談話室で少し気怠げに読書をしていたアスカの隣に座り、ジニーが可愛らしく首を傾げて聞いてきた。

「そんな事は構わないけれど、お兄さん達が寂しがるわよ? いいの?」
「良いのよ。どうせ私がベルと居ればフレッドとジョージが話に割り込んで来るだろうし、そうすればパーシーだって加わるわ。ロンはハリー達と居るだろうから分からないけれど」
「言われてみればそうね。ジニーの言う通りになりそう」

ジニーの返事にアスカは、安易に想像出来てしまったことが面白くて、クスクスと笑う。

「ベル、あのね……私、貴女に相談したいことがあるの。誰にも内緒で。ベルだったら、私の悩みに何か解決策を出してくれそうな気がして……話を、聞いてくれる?」
「ジニー、そんなに真剣に悩んでいることがあるならクリスマス休暇まで待たなくても、いつでも聞くわ。今からでも構わないのよ? 場所を移しましょうか?」

言い出しづらそうにしながら怖ず怖ずと小さな声で言ったジニーにアスカは眉を上げた。
アスカは読んでいた本をパタリと閉じ、ジニーに向き直って言うとジニーは驚いたように目を丸くした。

「…ありがとう。でも、今じゃなくていいの……クリスマス休暇の時で。それまでに、少し……整理したいから。それに……ベル、体調悪そう。マダム・ポンフリーの所に行って診てもらった方がいいよ?」

ジニーの言葉に驚くのは、今度はアスカの番だった。

「……心配してくれてありがとう。そうね……少し疲れが出てるだけだから、大丈夫よ」

アスカが眉を下げて微笑むと、ジニーは、おやすみなさいと言って部屋へ戻って行った。
ジニーの姿を見送って、談話室の時計を見ると針は消灯時間を少し過ぎた場所を差していた。
談話室の中ではまだ数名残っているようだったが、クリスマス休暇が近いせいか、それとも継承者を恐れてか、普段よりずっと少ない人数だった。

「体調が悪そう、か。もう少し、うまく隠さないとだめね」

気怠い身体を椅子の背もたれに寄りかかり、アスカは嘆息する。
目の下に出来たうっすらとした隈を指先でそっとなぞり、もう少し睡眠時間を増やした方が良さそうだと考える。
やがて談話室から人が居なくなると、アスカは立ち上がり寮を出て行く。
杖先に明かりを灯し、夜のホグワーツ内を歩き出す。
堂々と廊下を迷いなく進み、とある壁の前で立ち止まった。
アスカが目を閉じて、脳内に必要なものを思い浮かべてから目を開けると、何もなかった壁に扉が現れていた。
アスカは戸惑うことも躊躇うこともなくその扉を開けると、中へ入っていった。
部屋の中で行う事は、最近のアスカの日課だった。
スリザリンの継承者を秘密の部屋の怪物を始末するために、アスカが出来る一番の方法は自分の能力強化だった。
未熟故に、能力の発動をコントロール出来ず、見たいと望む先見が難しい。
フィーレン家初代の当主は、1人で現在・過去・未来を見ることができ、特に未来を見る力が優れていた。
そして、初代から先代のアスカの祖母までの間、未来を見ることの出来る当主が何名か居たらしいが、その力の強大さ故にコントロールが難しく、自らの意志で能力を扱う事の出来た者は居なかった。
『だからお前は、ホグワーツを卒業したらその能力を自由に扱えるよう励まねばならない。それが、この時代にフィーレン家が揺るぎない地位を維持する礎となる。膨大な魔力を持った初代に値する魔力を持つお前なら、現在、過去を見ることも可能になるだろう』
と常々アスカは、祖母に聞かされ続けていた。
力が、権力が衰えてきていたフィーレン家が初代の時と変わらぬ地位を取り戻すことに執着していた祖母は、それ故にアスカに鞭を以て教育を施した。
闇の勢力に殺されるその時まで、変わらなかった。
祖母が亡くなり、両親も叔父も、アスカ以外の血族が全て殺され、必然的に当主となったアスカは、祖母の呪縛から解放されフィーレンの能力を自在に操る事に何の未練も持たなかった。
もとより、祖母が亡くなってしまい、能力を自分の意志で操る為にどのようなことをすればいいのか、知る術がない。
だが、今のアスカは自分の能力を自在に操れる術を得ることを望んでいた。

(この部屋なら、必要なものが出てくる。この部屋でなら…出来るようになるはず)

アスカは、ただ相手から襲って来るのを待つだけではなく、能力を用いて継承者の行動をより正確に先見し、先回りしてやろうと考えて行動を起こしていた。
睡眠時間は減り、魔力を消費して目に負荷をかける。
魔力の量の少しの機微で容易く暴走を繰り返すアスカの瞳は、灼けるような激痛を発し、加えてどうでもいい人物の未来を次々と見せてくる。
大量な情報量に、頭が割れそうになりながらもそれでもアスカは毎日、毎夜、この部屋に訪れては繰り返す。
だが、歴代の当主が試みたにも関わらず完璧に扱いきれた者はいなかったという未来の先見は、容易く手綱を握らせてはくれなかった。
ダンブルドアなら、もっと効率の良い方法を知っていたのかも知れないが、アスカはダンブルドアに聞くことをよしとせず、自力で成し遂げてみせようと、強い意志を持っていた。



学期が終わり、たくさんの生徒でぎゅうぎゅうのホグワーツ特急がロンドンへ出発した。
グリフィンドール寮に残っているのは、ハリーとハーマイオニー、それからウィーズリー兄弟とアスカだけだった。
ハリーは疑惑と恐怖の視線とヒソヒソ声から解放され、伸び伸びと休暇を楽しんでいるようだった。
双子やロン、ジニー、ハーマイオニー達と大きな音を出して爆発スナップをしたり、決闘の練習をしたり、魔法使いのチェスをしたりしていたが、アスカはその中には混ざらず出来るだけ例の部屋へ赴き、己の未熟さを痛感した。
ジニーとは約束通り、ハリー達がチェスをしている時や外で雪合戦等をして遊んでいる空いた暇を見てはお茶会をして様々な話をして過ごしたが、肝心の相談の方はまだ聞かされていない。
クリスマスの日、朝方まで例の部屋にいたせいか、いつもより寝坊したアスカが起きた時には、ハーマイオニーのベッドは空になっていた。
部屋に届いているプレゼントを見て、アスカはベッドから緩慢な動きで立ち上がると頭が鈍く痛み、少しふらつく。
すぐに治まった痛みに嘆息し、プレゼントの山を解きに掛かる。

「ダンブルドア先生に、セブルス、セドリックとニコルからも?」

包装を丁寧に剥がしてプレゼントとクリスマスカードに目を通していく。
双子のウィーズリーを始め、他の寮の友人達からもクリスマスカードが届いており、アスカは嬉しそうに微笑む。
だが、1つ、贈り主の分からないプレゼントがあった。

「すごく綺麗な包装…なんか、お金持ちぽい」

豪華な包装の施されたプレゼントの贈り主に身に覚えがなく、不思議に思いながらもプレゼントを開ける。
高級そうなアクセサリーケースが現れて、ギョッとしながらも蓋を開けると入っていたのは繊細な銀細工の髪飾りで、緑の宝石がはめ込まれていた。

(清々しい程のスリザリンカラー。まさか、マルフォイ君とか言わないわよね?)

アスカは思わず笑ってしまったが、すぐに一緒に添えられているメッセージカードを手に取る。
読み始めたアスカの表情が、すぐに険しく歪んだ。

『貴女のお戻りを心よりお待ちしておりました。貴女が居られるべき場所へご案内致しますので、同送しました品は、招待状代わりにお納めください。詳しくは愚息に申し付けて御座いますので、お尋ね下さい。ルシウス・マルフォイ』

「……なにこれ、あたしの事に気付いてるって言いたいわけ? それとも鎌を掛けて正体を炙り出そうって魂胆? 招待状代わりって……こんなん要らないわよ」

グシャリとメッセージカードを握りつぶし、憎々し気に髪飾りを睨み付ける。

「──息子に言ってあるって? 一体何を吹き込んでるのか知らないけど、こんなもの突き返してやる。そもそもあたしの居るべき場所ってどこよ? フィーレンの屋敷? それともヴォルデモートの隣? どちらにせよ、願い下げだわ」

苛々としながらも着替えと身仕度をすませ、ローブのポケットにアクセサリーケースを押し込んで部屋を出た。
談話室ではウィーズリー兄弟が声をかけてきたが、ハリー達の姿はなかった。
ジニーや双子、パーシーにクリスマスの挨拶を返し、そのまま寮の外へ出ようとしたアスカだったが、ジニーが慌てたように後を付いて来たので足を止める。

「ジニー?」
「朝食を食べに行くんでしょう? 私も一緒に行く」
「まだ食べてなかったの?」
「ベルの事を待ってたの。プレゼント、ありがとう。とっても可愛いブレスレット。嬉しい!」

嬉しそうにはにかみながらも笑顔を見せるジニーは、早速着けてるの、と手首で揺れるスワロフスキーのブレスレットを見せてくれた。

「ふふ、良かった。よく似合ってる。こちらこそありがとう。素敵なクリスマスカード、嬉しかったわ」

ジニーが本当に妹みたいに思えて、アスカはジニーの燃えるような赤毛を可愛らしいゴムで結んだ頭を撫でる。

「おい見ろよ」
「ああ、またベルが妹を誑かしてる」
「あの2人、付き合ってるんじゃないか?」
「いや、ベルはディゴリー…いや、『変人王子』のブルームの奴とじゃないか?」
「成程」
「成程じゃないわよ。あたしは誰とも付き合っていません」

ひそひそこそこそとアスカをからかうように話す双子に呆れて言えば、双子より先に反応したのはジニーだった。

「え、ベルってハリーと付き合ってるんじゃないの?」
「「「え」」」

ジニーの発言に双子とアスカは寸の間固まり、次いで双子が揃って吹き出した。
ゲラゲラお腹を抱えて笑う双子に、ジニーは不満気な顔でアスカを見る。

「えー…っと、ジニー? なんでそう思ってたのか分かんないんだけどね? ハリーとは、仲の良い友達で……お互いそういう感情はないよ?」

苦笑いを浮かべたアスカに、ジニーは怪訝な顔で頭を振る。

「……だってただの仲の良い友達が、あんな身を呈して庇ったりしないよ。ベルはそうなのかもしれないけど、ハリーは、ベルの事好きだと思う」
「あー…ジニー、気持ちは分かるけどな」
「ベルは、ハリーにとってはどっちかっていうと姉…というか、母親、だな」
「母親?」
「ちょっと、2人共何を言ってるの?」
「ベルはこんなんだから、ハリーじゃなくてジニーが襲われてたって、あんな風に庇ったと思うぜ?」
「そうそう、俺達だったとしても」
「貴方達が例えブラッジャーの大群に襲われてたとしても、助けてあげない。逃げてる姿を見て大笑いしてやるわ」
「「えぇ!?」」
「とにかく、まあ確かにハリーがどう思ってるか聞いたこと無いからわかんないけど、多分違うと思うよ。あたしに恋なんてしないって。ホグワーツにはあたしなんかよりもっと素敵な子がいっぱい居るんだし」

ね?、と言い聞かせるようにジニーに話したアスカは、わーわー煩い双子を放って大広間にジニーと向かった。
いつもより少し遅めの朝食を食べながらスリザリンの席を見るが、ドラコの姿はなかった。
朝食を食べたら探しに、と思ったアスカだったが、それから夕食の時間までジニーと双子が離れなかったので、仕方なく予定を変更した。
ハリー達は、計画の最終打ち合わせでもしてるのか、それとも3人で遊んでいるのか、談話室には姿がなかった。
日中、たまに鈍く痛む頭のせいでふらつく体を気付かれないように誤魔化しながら過ごしたアスカは、クリスマス・ディナーへ向かった。
大広間は豪華絢爛だった。
霜に輝くクリスマス・ツリーが何本も並び、昼間とはまた違った趣を見せている。
柊や宿り木の小枝が天井を縫うように飾られ、魔法で天井から暖かく乾いた雪が降りしきっていて、クリスマス休暇に入ったものの一度も外に出ていないアスカは嬉しそうに目を細めた。
ダンブルドアはお気に入りのクリスマス・キャロルを2、3曲指揮し、ハグリッドはエッグノッグをゴブレットでがぶ飲みする度に元々大きい声が益々大きくなった。
セブルスはいつも通りの様子で食事をしているようだったが、ワインを飲んでいて、動作や僅かに動く表情を見るに機嫌は悪くない。
勿論、その事に気付いている生徒はアスカだけだったが。
グリフィンドールのテーブルはいつも以上に賑やかで、フレッドがパーシーの監督生のバッジに悪戯をして『劣等生』に変えてしまったが、それに気付いていないパーシーを見て、皆がクスクスと笑う。
皆が何故笑うのか分からず、パーシーはそのたびに理由を聞くが、誰も教えはしなかった。
アスカの隣でジニーも楽しそうに笑顔を見せ、美味しいディナーを口にする。
アスカはジニーがアレコレ薦めてくるので、あっという間にお腹がいっぱいになってしまった。
スリザリンのテーブルに座るドラコが、聞こえよがしにハリーの新しいセーターの悪口を言っているが、ハリーは気にした様子は見せなかった。
ハリーの着ているセーターは、ウィーズリー夫人からのクリスマス・プレゼントであり、アスカはハリーの代わりにドラコをギロリと睨んでおいた。
ドラコはアスカとメカニック合うと、ハッと息を飲み、何かを言いたそうに口を数度開け閉めしたが、その口からは言葉は出てこなかった。
その様子にアスカは気付きながらも知らぬ振りをしてジニーとのお喋りを再開した。
未だデザートを食べているハリーとロンをハーマイオニーが追い立てるようにして大広間から出て行った姿を横目で見送り、アスカはデザートのクリスマス・プディングを一口頬張る。

(これを食べ終えたら、マルフォイ君と話をしなければならない。ジニーには悪いけれど、寮にはお兄さん達と帰って貰おう)

やっと自分の劣等生バッジに気付いたパーシーが、双子に怒鳴りつけている様子を見て笑っているジニーに気付かれないよう、最後の一口を口に入れるとアスカはソッと席を立った。
スリザリンのテーブルには、もうドラコは居なかったがまだクラッブとゴイルはテーブルにかじり付きそうな勢いでデザートを食べている。
恐らくスリザリンの寮の方へ行けば、いつまで経っても帰ってこない2人を回収しに出て来る所を捕まえられるだろうとアスカは地下へ向かう。
スリザリンの寮へは、アスカが在学中に実は何度か入った事があるので場所を知っている。
合言葉までは流石に分からないが、近くで待っていればドラコじゃなくても誰かしら現れるだろう。
最悪、食事を終えたクラッブとゴイルに呼び出して貰ってもいい、と考えた。
今日中に、このローブの中の招待状を突き返したかった。
地下へ続く石段を下りていく。
暫く下りて行き、迷路のような廊下を迷いなく進んでいくと、やがて湿った剥き出しの石が並ぶ壁の前に辿り着いた。
スリザリン寮の入口に無事に辿り着いたが、道中、誰にも合わなかったし、壁の周囲にも人影はない。
アスカは予定通り、待つことにした。
冷たく湿った壁に背中を預けると更に寒くなってしまうため、アスカは棒立ちの状態で、ハーマイオニーの十八番の魔法で暖を取りながら待った。
そのまま20分経ち、30分が経とうとする頃、遠くから誰かの話し声が小さく聞こえてきた。
その声は段々と近付いて来ており、近付いて来るにつれて声の主が待ち人本人だと気付いたアスカは、ようやく来た、と白い息を吐いた。

「あいつ、どうもこの頃嗅ぎ回っているようだ。何が目的なのか僕には分かってる。スリザリンの継承者を独りで捕まえようと思ってるんだ」

あいつ、とは一体誰のことなのかアスカには分からなかったが、廊下の角から現れたドラコとその背後にいつものように後を付いている金魚の糞2人の姿を見て、アスカは出来るだけ皮肉を込めて口を開いた。

「随分と待たせてくれるのね、ドラコ・マルフォイ君。お父様から申し付けられた事は忘れてしまっているのかしら?」
「!? ベル・ダンブルドア!」

ドラコの表情が驚きに染まったのを見て、アスカは表情を険しく歪める。
アスカを見る目が、今までとは違ったからだ。
今までは憎たらし気にけれども心中では畏怖を感じている、というのが手にとるように分かったのだが、今はどこがどう接すればいいのか戸惑っているような複雑な感情が出ている。
ドラコは小走りでアスカの傍まで近寄ってくると、後ろにいた2人も驚いた屏風のぞきを浮かべつつもドラコに追従するように重たそうな体を揺さぶりながら走ってくる。

「どうして、ここに…」
「どうして? それは、何故あたしがスリザリンの寮の場所を知っているのか? それとも、何故貴方を待っていたのか? どちらかしら?」

ドラコが本当にルシウス・マルフォイから何かを言いつけられているのか探り、そう返したのだが、ドラコはあっさりと答えた。

「いや、悪かった。父上から申し付けられている。寮の場所は父上からの手紙で知ったんだろう? ここは寒い。寮の中で話そう」

ドラコが合言葉を唱えようとしたが、アスカはそれを止めた。

「待って。必要ないわ」
「…どういうことだ?」
「あたし、これを返しに来ただけだから」

訝しげに問うドラコに、アスカはローブのポケットからアクセサリーケースを取り出してドラコに差し出す。

「返す? 父上からの贈り物をか?」
「そうよ。貴方のお父様が何を勘違いされているのか分からないけど、あたしにはさっぱり意味が分からないの。身に覚えがないものを受け取るわけにはいかないわ」
「……僕は、父上から君を我が家へ案内するように言われている。決して失礼をしてはならない。君が望むのならいつでもお助けするように、だとかそんなことばかりで、僕はその理由を詳しくは聞かされていない。僕自身、あまりに突然で、戸惑ってはいるが……それでも、父上が手ずから贈った物を僕に突き返されても、困る」
「ルシウス・マルフォイから、あたしのことを何も聞いていないの?」
「───…君はこちら側に居るべき御方なのだと父上は仰った。この魔法界で闇の帝王に次ぐ高潔な血を引いている、尊い御方なのだと」
「………そう。それなら尚更受け取るわけにはいかないわ」

差し出したアクセサリーケースを受け取ろうとしないドラコの胸元に、押し付けるようにして無理矢理返すと、アスカは嘆息する。

「ルシウス・マルフォイに伝えて。あたしの居場所は自分で決めるわ。趣味の悪いものを押し付けないで。あたしは貴方が待っている人じゃない、勘違いご苦労様、ってね」
「何だと!?」

ドラコの青白い顔が怒りで赤くなる。
もう話すことはない、と唖然と立ち尽くしているクラッブとゴイルの横を通り抜け、アスカは立ち去ろうとした。

「待ってくれ!!」

ドラコがアスカの手首を掴み、引き留める。

「学年末まで待っている。気が変わったら教えてくれ」
「無駄よ。あたしの気持ちは変わらない。手を離して」
「時が来れば変わる。それまでこれは僕が預かっておく」
「───…どういう意味?」
「……………」

アスカの問いに、ドラコは何も答えなかった。
替わりに掴んでいた手を離すと、アスカは寸の間逡巡していたが、やがて踵を返して足早に立ち去って行った。

「クラッブ、ゴイル、何をぼけっとしてるんだ? 寮に入るぞ」

アスカとドラコの会話を視線をチラチラ交わして傍観していたクラッブとゴイルは、苛立ちを見せているドラコに慌てたように返事をした。

「純血!」

2人より先に湿った剥き出しの石の並ぶ壁の前に立ったドラコがスリザリンらしい合言葉を唱えると、壁に隠された石の扉がスルスルと開いた。
ドラコがそこを通り、クラッブとゴイルがそれに続いた。
スリザリンの談話室は細長い天井の地下室で、壁と天井は粗削りの石造りだった。
天井から丸い緑がかったランプが鎖で吊してある。
前方の壮大な彫刻を施した暖炉では、パチパチと火が爆じけ、その周りに彫刻入りの椅子に座ったスリザリン生が何人か座っていた。

「ここで待っていろ。今持ってくる。父上が僕に送ってくれたばかりなんだ」

ドラコは暖炉から離れた所の空いた椅子を2人に示し、奥の方へ消えていく。
クラッブとゴイルはドラコに指示された椅子にそれぞれ座り、ドラコが戻って来るのを待った。

「これは笑えるぞ」

間もなく戻ってきたドラコは、新聞の切り抜きのような物を持っていた。
それをクラッブの鼻先に突き出した。
クラッブは驚きながらも急いで読み、読み終えるとどこか引き攣った笑いを浮かべて切り抜きをゴイルに渡した。
切り抜きは『日刊予言者新聞』のもので、ロン達ウィーズリー兄弟の父親アーサー・ウィーズリー氏が魔法省で受けた尋問について書かれた記事だった。
マグルの自動車に魔法をかけた廉で金貨50ガリオンの罰金を言い渡されたこと。
問題の車がホグワーツに墜落していること。
ホグワーツ魔法魔術学校理事の1人、ルシウス・マルフォイ氏がアーサー・ウィーズリー氏の辞任を要求したこと。
彼が魔法省の評判を貶めたとしてマルフォイ氏がウィーズリー氏の手になるバカバカしい『マグル保護法』は、直ちに廃止すべきであると記者に語ったこと。
ウィーズリー氏からのコメントは取れなかったが、ウィーズリー夫人が『とっとと消えないと家の屋根裏お化けをけしかけるわよ』と記者団に発言したこと、が纏められて記載されていた。

「どうだ?」

ゴイルから切り抜きを返されたドラコが、待ちきれないように答えを促した。

「おかしいだろう?」

ゴイルは、少し沈んだ声で笑った。
いつもなら意味も理解していないのに笑っているゴイルとは違い無理矢理笑い声を出しているようだったがドラコは気づいた様子はなく、蔑むように続ける。

「アーサー・ウィーズリーはあれほどマグル贔屓なんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいい。ウィーズリーの連中の行動を見てみろ。本当に純血がどうか怪しいもんだ」

いつもならドラコの言葉に笑って肯定するクラッブの顔が歪んだので、ドラコはぶっきらぼうに聞く。

「クラッブ、どうかしたか?」
「腹が痛い」
「ああ、それなら医務室に行け。あそこにいる『穢れた血」の連中を、僕からだと言って蹴っ飛ばしてやれ」

ドラコは愉快そうにクスクスと笑う。

「それにしても、『日刊予言者新聞』がこれまでの事件をまだ報道していないのには驚くよ」

クラッブとゴイルから反応はないが、構わずにドラコは考え深く口調を変えて言う。

「多分、ダンブルドアが口止めしているんだろう。こんな事がすぐにでもお終いにならないと彼はクビになるよ。父上は、ダンブルドアがいることがこの学校にとって最悪の事態だと、いつも仰っている。彼はマグル贔屓だ。きちんとして校長なら、あんなクリービーみたいなクズのおべんちゃらを絶対入学させたりはしない」

ドラコは架空のカメラを構えて写真を撮る格好をし、コリンそっくりの物真似をし始めた。

「ポッター、写真を撮ってもいいかい? ポッター、サインを貰えるかい? 君の靴を舐めてもいいかい? ポッター?」

ドラコは手をパタリと下ろして、クラッブとゴイルを見た。

「2人とも、一体どうしたんだ?」

ピクリとも笑っていないクラッブとゴイルを不審に思ったのだろうドラコが問うと、2人は思いだしたかのように笑い出したが、ドラコはそれで満足したようだった。
普段から2人の反応は、鈍いのだろう。

「聖ポッター、『穢れた血』の友。あいつもやっぱりまともな魔法使いの感覚を持っていない。そうでなければ、あの身の程知らずの穢れグレンジャーなんかと付き合ったりしないはずだ。それなのに、皆があいつをスリザリンの後継者だなんて考えている!」

ドラコは苦々しく表情を歪めて話し、やがて重い溜め息を吐く。

「一体誰が継承者なのか、僕がしってたらなあ…手伝ってやれるのに」

焦れったそうに言ったドラコに、ゴイルが口を開く。

「誰が陰で糸を引いているのか、君には考えがあるんだろう?」
「いや、ない。ゴイル、何度も同じ事を言わせるな」

ドラコは短く答え、ゴイルを訝しげ
に見る。

「父上は、前回『部屋』が開かれた時のことも全く話してくださらない。もっとも50年前だから、父上の前の時代だ。でも、父上は全てご存知だし、全てが沈黙させられているから、僕がその事を知りすぎていると怪しまれると仰るんだ。でも、一つだけ知っている。50年前に『部屋』が開かれた時、『穢れた血』が1人死んだ。だから、今度も時間の問題だ。あいつらのうち誰かが殺される。グレンジャーだといいのに…」
「前に『部屋』を開けた者が捕まったかどうか知ってる?」
「ああ、うん……誰だったにせよ、追放された。多分、まだアズカバンに居るだろう」
「アズカバン?」

キョトンとしたゴイルに、ドラコは呆れた。

「アズカバン。魔法使いの牢獄だ。まったく、ゴイル、お前がこれ以上うすのろだったら、後ろに歩き始めるだろうよ」

魔法使いなら、アズカバンの存在を知らない者などいないだろう。
脱獄不可能な魔法使いの牢獄の事は、誰でも知っている。

「父上は、僕が目立たないようにしてスリザリンの継承者にやるだけやらせておけって仰る。この学校には『穢れた血』の粛清が必要だって。でも、関わり合いになるなって。勿論、父上は今、自分の方も手一杯なんだ。ほら、魔法省が先週、僕達の館を立ち入り調査しただろう?」
「そうなんだ……」
「幸い、大した物は見つからなかったけど。父上は非常に貴重な闇の魔術の道具を持っているんだ。応接間の床下に、我が家の『秘密の部屋』があって…。だから、そんなお忙しい状況にあるのに、わざわざ梟便で手紙が届いた時は驚いたよ。しかも、手紙にはベル・ダンブルドアの事が書いてあったから余計だ」
「それって、さっきの話に関係あるんだろう?」

ゴイルが尋ねると、ドラコは複雑そうな表情で頷く。

「父上は、F&B書店で彼女を見てから酷く気にした様子だった。何かを考えていらっしゃるようだったけど、僕には何も仰らなかった。それが、突然、彼女を我が家にご案内しろ、決して失礼はないように。必要とされればお助けするように。拒否されるようだったら、スリザリンの継承者に任せて静観しているように、なんて言われて、驚かないわけがないだろう?」
「君が話してた、彼女がこちら側に居るべき御方って? 彼女は何者なのか、知ってる?」
「父上からの手紙には、彼女はダンブルドアの元に居るが、本来ならその必要はなく、相応しい場所がある、そこへお連れするのだと書いてあった。僕が考えるに、ベル・ダンブルドアは元々は名高い家の息女なんじゃないかって。それも、ウチより地位の高い旧家の…。そうでなければ、父上が闇の帝王に次ぐ高潔な御方だと仰る筈がない。そんな彼女が、何故ダンブルドアの養女になったのかは分からないが、彼女がこちら側に戻ってくれば、父上は大きな力を得ることになるんだと思う」
「ベル・ダンブルドアがそのあるべき場所へ行くとしたら、ホグワーツはどうすると思う? 辞めるの?」

ゴイルの少し青冷めた顔に気付くことなくドラコは答える。

「さあな? もしかしたら、グリフィンドールからスリザリンに移ってきたりもするかも知れないな。ダンブルドアが校長をクビになれば、寮を移籍する事だって可能になるかも知れない。何にせよ、お前達、彼女に失礼のないようにしろよ」
「───〜〜っ、わ、分かった…」

喉から絞り出すように声を出したゴイルはクラッブと目が合った瞬間、目を見開いて突然立ち上がった。
クラッブもすぐに立ち上がり、「胃薬だ」と呻くと振り向きもせずに2人は談話室を一目散に駆け抜け、石の扉に猛然と体当たりして寮の外へ出た。
ドラコは突然の2人の奇っ怪な行動に目を丸くさせたが、追いかける事はしなかった。
廊下を全力疾走で走るクラッブとゴイルの姿は徐々に変わっていく。
クラッブの髪は燃えるような赤毛に、ゴイルの髪は癖のある黒毛に、大きな身体が骨格が変わるように縮んでいく。
それに伴いブカブカにダボつくローブをたくし上げ、サイズの合わない靴の中で足がズルズルと滑るが、2人はそれでも階段を駆け上がり、暗い玄関ホールに辿り着いた。
玄関ホールにある物置から、激しくドンドンと戸を叩く音がしている。
2人は物置の戸の外側に履いていた靴を置き、靴下のまま全速力で大理石の階段を上り、嘆きのマートルのトイレのドアを迷いなく開けた。

「まあ、まったくの時間の無駄ではなかったよな」

ゼイゼイと息を切らしながら言ったのは先程までクラッブの姿をしていたロンだ。
トイレのドアを閉めると中から鍵を掛ける。

「襲っているのが誰なのかは分からないけど、明日パパに手紙を書いてマルフォイの応接間の床下を調べるように言おう」

一方、ゴイルの姿をしていたハリーは、ひび割れた鏡の前で自分の顔が本当に元に戻っているのか調べていた。
外していた眼鏡を掛けていると、ロンが鍵の掛かった小部屋の戸をドンドンと叩く。

「ハーマイオニー、出て来いよ。僕達君に話すことが山程あるんだ」
「帰って!」

小部屋の中から聞こえてきた返答に、ハリーとロンは顔を見合わせる。

「どうしたんだい? もう元に戻った筈だろ。僕達は……」

ロンの言葉の途中で、急にスルリとハーマイオニーのいる小部屋の戸をすり抜けて、嘆きのマートルが出てきた。
こんなに嬉しそうなマートルをハリーは初めて見たと思った。

「オォォォォォー。見てのお楽しみよ! ヒドいから!」

閂が横に滑る音がして、ハーマイオニーが出て来た。
しゃくり上げ、頭のてっぺんまでローブを引っ張り上げている。

「どうしたんだよ? ミリセントの鼻かなんかがまだくっ付いてるのかい?」

躊躇いながらも口を開いたロンの問いに、ハーマイオニーはローブを下げた。
現れたハーマイオニーの姿に、ロンが仰け反って手洗い場に嵌まった。
ハーマイオニーの髪は黒い毛で覆われ、目は黄色に変わっていた。
髪の毛の中から長い三角耳が突き出しており、その姿は猫のようだった。

「あれ、ね、猫の毛だったの! ミ、ミリセント・ブルストロードは猫を飼っていたに、ち、違いないわ! それに、このせ、煎じ薬は動物変身に使っちゃいけないの!」

ハーマイオニーが泣き喚いた。

「う、あ…」

ロンは目の前で泣くハーマイオニーに、呻き声しか出てこなかった。
代わりにマートルが嬉しそうにニコニコ笑いながら話す。

「あんた、ひどーくからかわれるわよ」
「大丈夫だよ、ハーマイオニー」

狼狽えるロンと違い、ハリーは即座について言った。

「医務室に連れていってあげるよ。マダム・ポンフリーは煩く追及しない人だし…」

ハーマイオニーをトイレから出るよう説得するのに随分時間が掛かった。
マートルはゲラゲラ大笑いして3人を煽り立て、マートルの言葉に追われるようにハリー達は足を早めた。

「皆があんたの尻尾を見つけて、なーんて言うかしらー!」

生きてた時から死んだ後も今現在いじめられてばかりのマートルは、ここぞとばかりに囃したてた。
その日から、ハーマイオニーは寮へ暫く戻れなくなってしまった。
ハリーは、ドラコの話を思い返す。

(ベルがフィーレンの血を引いているのだとルシウス・マルフォイが気付いたのだとしたら……ベルが狙われているのは、そのせいなんじゃないか? ルシウス・マルフォイが継承者に言って、ベルを石にしてホグワーツから…ダンブルドアの元から連れ去ろうとしてるんだ。だとすれば、そうなってしまえばベルは石になっても、発見されることなくホグワーツから居なくなってしまうんじゃ……)

ハリーの顔色は、血の気が引いて真っ青になっていた。















To be Continued.