ハーマイオニーが故障中と書かれた張り紙を無視してドアを開けて中へ入ると、アスカ達もその後に続いた。
マートルは自分の小部屋でわんわん泣き喚いていたが、ハーマイオニー達3人は無視した。
アスカは気にはなったものの、マートルもこちらを無視をしていたため、少しそっとしておくことにした。

(後で様子を見に行こう)

ハーマイオニーは鞄から大事に取り出した禁書を開ける。
身を乗り出すようにハリーとロンが覗き込む。

「あ、余計なページは余り見ない方が良いと思うよ。目に毒だから」
「……もう少し早く教えて欲しかったよ」

ハリー達の顔は若干青冷めていた。
ハーマイオニーが捲っていくページには、どれも身の毛のよだつような結果をもたらす魔法薬の事が書かれてあった。
気持ちが悪くなるような挿絵も描いてあり、アスカはロンの表情に苦笑いを浮かべた。

「あったわ」

ハーマイオニーが興奮した顔で「ポリジュース薬」という題のついたページを指差した。
アスカも皆と一緒に覗き込む。
他人に変身していく途中の絵が描かれてあった。
その表情は酷く痛そうに見えて、画家がそんな風に想像して描いただけでありますように、とハリーは心から願った。

「こんなに複雑な魔法薬は、初めてお目にかかるわ」

内容を読みながらハーマイオニーは眉を寄せる。

「クサカゲロウ、ヒル、満月草にニワヤナギ…」

材料を一つずつ指で追いながら読み上げ、これは生徒用の棚にある、と明るく言う。

「けれど…二角獣の角の粉末──こんなのどこで手に入れたらいいか分からないわ。……毒ツルヘビの皮の千切り──…これも難しいし、それに、当然だけど変身したい相手の一部」
「なんだって?」

ハーマイオニーの最後の言葉に、ロンは顔を上げてハーマイオニーを鋭く睨むように見つめた。

「どういう意味? 変身したい相手の一部って……僕、クラッブの足の爪なんか入ってたら、絶対飲まないからね」
「大丈夫よ、それは最後に入れるの。それに爪じゃなくても一部ならなんでも良いのよ、例えば髪の毛とか」

ロンにしてみれば全然大丈夫なんかじゃなかった。
ロンはショックを受けたようにハリーを見たが、ハリーは別の事を案じていた。

「ハーマイオニー、これ…どれだけ盗まなくちゃいけないか分かってる? 生徒用の棚になんて無いもの、全部スネイプの個人用の保管倉庫から盗むの? ──うまくいかない気がしてきた……」
「盗む!? あなた達、そんな事考えてたの!?」

アスカはハリーの言葉に、目を見張った。

「ハーマイオニー、貴女、頭をどこかにぶつけた!?」

ハーマイオニーは、本をピシャッと勢いよく閉じた。

「ぶつけてなんかいないわ。私は規則を破りたくはない。けれど、マグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい魔法薬を密造する事よりずーっと悪い事だと思うの」
「……………………」

ハーマイオニーの頬は赤味が差し、目はいつもよりキラキラしている。
アスカは、ハーマイオニーの勢いにたじろぎ、唖然として声が出ない。

「怖じ気付いてやめるって言うなら結構よ。マルフォイがやってるのかどうか知りたくないって言うのなら、これから真っ直ぐマダム・ピンスの所へ行ってこの本をお返しして来るわ」
「僕達に規則を破れって君が説教する日が来ようとは思わなかった……分かった、やるよ。だけど、足の爪だけは勘弁してくれ。良いかい?」

ロンが神妙な顔付きでハーマイオニーに言う隣で、ハリーが口を開く。

「でも造るのにどの位かかるんだい?」
「そうね───…材料が手に入れば、だいたい一カ月で出来上がると思うわ」
「一カ月も? マルフォイはその間に学校中のマグル生まれの半分を襲ってしまうよ!」

ロンの言葉に、ハーマイオニーの目が吊り上がる。

「あー…でも今の所、それがベストの計画だね」

慌てて取り繕うようにロンは続けて述べた。
話は纏まったねと言わんばかりの3人の雰囲気の中、アスカはそこで漸く口から声が出るようになった。

「…駄目よ。今すぐ本を返すべき」

アスカの低い声がトイレの中に静かに響く。
ハリー達はビクリと肩を震わせた。
視線を向けると、アスカが静かに3人を見据えていた。

「あなた達、間違ってる。例えマルフォイ君がやっているのだとしても、して良い事と悪い事がある。盗みを働くなんて、見過ごせない。どうしてもと言うなら、別の方法を探して」

ハリー達は今まで、アスカが怒る姿を見てきたが、それは殆どがマルフォイやロックハートといった他人に向けて怒っている姿だった。
静かで、けれども鋭い怒りの矛先が自分達に向いているのは初めてだった。
去年のハロウィーンにひっぱたかれたロンも、アスカの威圧感に顔を歪ませている。

「…で、でも……そんな悠長な事は言ってられないわ。ベル、マグル生まれの子達がどうなっても構わないって言うの?」
「そんな事は言ってないでしょう? やり方が間違ってるって言ってるのよ。犯罪を犯した人を探し出す為に自分も犯罪を犯すの? 確かに犯罪にも大小はあるけど、犯罪は犯罪。許されないこと。盗みは殺人よりも罪が軽い? そうね、けれど、被害者にしてみれば盗まれた物は命より大事な物かも知れない。苦労してやっと手に入れた大切な物かも知れない。盗む時に何の関係も無い人に怪我をさせてしまったら? 良く考えて。それは正しいの?」

アスカの言葉に3人はおし黙る。

「石にされてしまっても、薬があれば元に戻る。死んでしまう訳じゃない。あなた達が盗みを働いてまで密造する事はない。別の方法を探す……それがベスト」
「──じゃぁ聞くけど! 別の方法って何? どんな方法ならベルは満足するの!?」

ハーマイオニーが髪を振り乱してアスカに怒鳴るように問う。

「…少なくとも、人としてのモラルを失わない方法なら、喜んで協力出来るわね」
「私の方法はモラルが無いって、そう言うこと!?」
「ただ薬を作るだけなら構わないけれど、材料を手に入れる為にスネイプ先生から盗むと言うから間違ってると言ったの。貴女の出した方法自体にモラルがないとは言っていないわ」

アスカが頭に血が上り、興奮しているハーマイオニーの様子に息を吐く。
ハリーとロンは、ハーマイオニーとアスカを交互に見ながら、口を挟む暇さえない2人の論争に戸惑う。

「マグル生まれの者を蔑ろにしようとするベルこそ、人としてのモラルが無いんじゃない!? 自分は襲われる心配無いものね!? ハリーも、ロンも!! 私以外は皆心配要らないものね!? 私なんて石になったって、貴女は痛くも痒くもなんとも無いんでしょうね!!」
「 !! 」

ハーマイオニーの言葉に、アスカは目を見開いた。
ハリーとロンが息を呑む。

「………………………………」

アスカが肩で荒い息をしているハーマイオニーを改めて見ると、ハーマイオニーは鋭い目つきでアスカを睨んだ。
その姿にアスカは肩の力が一気に抜けた。

「────…ハリー、ロン、貴方達は、馬鹿な考えを改める気はある?」
「「………………」」

突然、こちらに向き直ったアスカに、ハリーとロンは言葉が何も出なかった。

「……そう、分かった」

暫く返事を待っていたアスカだったが、ハリー達が口を噤んだままのその様子に静かに息を吐き、ゆるりと踵を返す。

「…ベル?」
「悪いけど、あたしは協力出来ない…貴方達だけでやって」

背中に掛けられたハリーの声に冷たく答え、アスカはトイレの出入口へ向かう。

「付き合ってられない」

低い声だけをトイレに残し、アスカは振り返る事なく出て行った。
トイレに残った誰も何も言わなかった。
マートルの泣き声もいつのまにか止んでいる。

「あーあ、ベル出て行っちゃったわねぇ。珍しい…あんなに怒るなんて……あんた達一体何の話してたの?」

ひょっこり姿を現したマートルが3人の顔をそれぞれ覗き込む。

「…君には関係ない」

ハリーが呟き、どっかに行けとロンがマートルを睨む。

「何よ、ここは私の場所よ! 勝手に入ってきたのはあんた達の方じゃない!」

マートルはショックを受けたようにワナワナ震え、分厚い眼鏡の奥の目に涙が溢れると、便器の中へ勢い良く飛び込んだ。
シクシクメソメソとマートルの泣く声が小さく響く。
誰かが溜め息を吐いた。
トイレの中は薄暗く、どんよりとしていた。
ハーマイオニーとアスカが喧嘩するのは、初めてだった。