「この学校では、我輩が『魔法薬』の担当教師のはずだが」
「…っ……」

危うく吹き出しかけて小さく声が洩れた。
セブルスはそれに耳聡く気付いてジロリとアスカを睨みつけ、その場に気まずい沈黙が流れる。

「帰ってよろしい」

ダンブルドアがその沈黙を破り、ハリー、ロン、ハーマイオニー、
アスカに告げた。
ハリー達3人は、走りこそしなかったがその一歩手前の早足で出来る限り急いでロックハートの部屋を出た。
アスカはそんな3人を追いかける様に3人から少し遅れ、先生方に一礼してからその場を去った。
アスカが3人に追いつくと、それを待っていたかのように誰も居ない教室に入り、そっとドアを閉めた。
暗くてよく見えないので、自然と4人は顔をつき合わせるように近付く。

「あの声の事、僕、先生に話した方が良かったと思う?」
「いや」

ハリーの問いにロンがきっぱりと頭を振った。

「誰にも聞こえない声が聞こえるのは、魔法界でも狂気の始まりだって思われてる」
「君は……僕の事を信じてくれてるよね?」

不安そうなハリーの声に、慌ててロンが頷く。

「勿論、信じてるさ」
「あたしも信じてるわ、ハリー」
「だけど──薄気味悪いって思うだろ……」

ハリーの声は、やはり不安気に揺れていた。

「確かに薄気味悪いよ。何もかも気味が悪い事だらけだ。壁になんて書いてあった? 『部屋は開かれた』……これ、どういう意味なんだろう?」
「『秘密の部屋は開かれた 継承者の敵よ、気をつけよ』」

壁に書かれた文字は、アスカが先程ロックハートの部屋で考えていた内容だった。
熟考する前に邪魔されて思考が途切れてしまったため、浮かんだのは言葉だけだったが。

「ちょっと待って。何だか思い出しそう──…誰かがそんな話をしてくれたことがある。ビルだったかも知れない。ホグワーツの秘密の部屋の事だ」

ロンが記憶を辿るように考えながら言う。

「ホグワーツの秘密の部屋…?」

アスカは、ホグワーツにそんな物があるなんて初耳だった。
ロンに詳しく聞こうと口を開きかけた時、どこかで時計の鐘が鳴った。

「午前零時だ」
「早くベッドに行きましょう」

アスカは、後で聞くことにしようと教室のドアを開ける3人の後に続いてグリフィンドール塔の部屋へと足を向けた。





それから数日が経ち、ホグワーツ内ではMrs,ノリスの話で持ち切りだった。
フィルチは、犯人が現場に戻ってくるのではと件の廊下の辺りを徘徊しており、通りがかる生徒に因縁をつけては何かと処罰しようとしていたし、さらにはフィルチがどんなに消そうとしても、壁に書かれた文字は消えなかった。
ロンの妹、ジニーは、Mrs,ノリスが石にされた事件で酷く心を乱されたようで、目に見えて落ち込んでいた。

「ジニー大丈夫よ、元気を出して。Mrs,ノリスは魔法薬が出来れば元に戻るんだから」

ロンの話では、ジニーは無類の猫好きであるらしい。
アスカは優しくジニーの燃えるような赤毛を撫でる。

「でもさ、ジニーはMrs,ノリスの本性を知らないからだよ。はっきり言って、あんなのは居ない方がどんなに清々するか」
「ロン!」

ロンなりにジニーを励まそうとしているのだろうが、それにしても言い方が悪い。
アスカが窘めるように名を呼んだ。
ジニーの唇が震えている。

「ジニー…」
「こんな事、ホグワーツでしょっちゅう起こりはしないから大丈夫。あんな事をした変てこりん野郎は、学校があっという間に捕まえて、ここからつまみ出してくれるよ。出来れば、放り出される前に、ちょいとフィルチを石にしてくれりゃいいんだけど──…あ、冗談、冗談」


ジニーの顔が真っ青になったので、ロンは慌てて付け加える。
非難の目を向けるアスカに、ロンは再度冗談だって、と言い繕う。

「ジニー、安心して。犯人が怖いならあたしで良ければ一緒に居てあげるわ。なんなら、あたし達の部屋に泊まりにおいで」
「ベル……ありがとう」

アスカが優しく微笑めば、ジニーはうっすらとだが、強ばっていた顔を綻ばせた。

「良いのよ、可愛いジニーのためだもの」

ジニーの様子に、アスカはにっこりと笑い、頷いた。

「さすがベル。ジニーってば、兄の僕よりベルに懐いてるんじゃないかって時々思うよ」
「ハーマイオニーが居たら、きっと自分の事みたいに自慢したよね」

ハリーとロンがひそひそとそんな話をしている声を聞きながら、アスカは自分の隣に空いた席をちらりと見る。
今、アスカの隣にハーマイオニーの姿はなかった。
ハーマイオニーが読書に長い時間を費やすのは今に始まった事ではないが、今は読書しかしていなかった。
アスカやハリー達が呼びかけても返事も蔑ろで、アスカ達は顔を見合わせる他なかった。
何やら調べているらしいことは分かったが、一体何を調べているのか。
その答えは、水曜日になって分かった。
魔法薬の授業の後、セブルスはハリーを居残らせて、机に貼り着いたフジツボをこそげ落とすように言いつけた。
アスカはそんなセブルスを睨めつけ、自分も残ると言ったが、セブルスに背を押されて追い出され、渋々ロンとハーマイオニーと3人で大広間へ向かい、昼食を摂った後図書館へ向かった。
ロンが午後からの授業の魔法史の宿題に取りかかる横でアスカは読みかけの本を開き、読み進める。
ハーマイオニーは、書棚から本を探して物凄い速さで目を通して次から次へと本を読み漁っている。
どうやら随分と難しい探し物をしているらしい。

「ハーマイオニー、あたしも一緒に探すよ? どんな本を探しているの?」

今日だけでももう何度目かのアスカの問いかけに、ハーマイオニーはやはり反応しない。

「もうあいつのことは放っておきなよ。それよりベル、宿題少しで良いから写させて」
「ロン、分かりやすく書かれてある本を持ってきてあげたでしょう? それを見れば1メートル位簡単に埋まるよ」

魔法史の今回の宿題は、『中世におけるヨーロッパの魔法使い会議』について、羊皮紙1メートルの長さの作文を書くことだった。
もう何日も前から出ていた宿題だというのに終わらせていなかったロンにアスカは呆れながらも参考書を何冊か見繕って持ってきていたが、ロンの羊皮紙はまだ全然埋まっていなかった。

「あとどれくらい足りないの?」

苛々してきているロンに、アスカは溜め息を吐いて本を閉じる。
ロンが羊皮紙の長さを計っていると、ハリーが早足でこちらへ向かってきた。
図書室では静かに……アスカは、ハリーに手を振った。

「まさか。まだ20センチも足りないなんて……」

ロンがプリプリして羊皮紙から手を離すと、羊皮紙はくるりと丸まった。
ハリーは机に到着すると空いている椅子に腰掛け、自分も羊皮紙を取り出した。

「ハーマイオニーなんて1.4メートルも書いたんだぜ、しかも細かい字で。ベルは1メートルぴったりだし……」
「お疲れ様、ハリー。大丈夫だった?」

頷きながらハリーは先程ロンがしていたように巻尺を手に取り、羊皮紙の長さを計りだした。

「ハリーも終わってないなんて……」

アスカの呆れたような声を聞き流しながら、ハリーはもう1人の友人の姿がないことに気づく。

「ハーマイオニーはどこ?」
「どっかあの辺だよ」

ロンが書棚の辺りを指差した。

「また別の本を探してる。あいつ、クリスマスまでに図書館中の本を全部読んでしまうつもりじゃないか」
「何を探しているのかさえ教えてくれたらあたしも協力できるのに──…」
「あ、ところでさ、さっきハッフルパフ寮のジャスティンを見たんだ」
「ジャスティン?」

聞き慣れない名前に、アスカは首を傾げた。

「ハッフルパフ寮のジャスティン・フィンチ-フレッチリーだよ。覚えてない?」
「───そんな子知らない」

ハリーの言葉に、アスカは思い返してみたが、とんとその名前に覚えがない。
大体、ハッフルパフ寮の生徒は、指で数えられる程しか知り合いは居ないのだ。

「薬草学で一緒に──…ってそうだ、あの時ベルは別のグループだった」

ハリーは、あっと手を打った。
ハッフルパフ寮のジャスティン・フィンチ-フレッチリーは、薬草学の授業でマンドレイクの鉢換えの時にハリー達と一緒の班になった男の子だった。
薬草学で別の班…ネビル達の班だったアスカが知らないのも無理はない。

「成程ね。──それで? そのハッフルパフの子がどうかしたの?」
「図書館に来る途中で、僕と確かに目があった筈なのに、急に逃げるように方向を変えて行っちゃったんだ」
「それはまた──…」

ハリーの話にアスカは眉を顰めた。
だがロンはきょとんとして、ハリーが何故そんな事を気にするのか分からないようで不思議そうに丸まった羊皮紙を伸ばしだす。

「そんな事気にするなよ。僕、あいつはちょっと間抜けだって思ってたよ。だって、ロックハートが偉大だとか馬鹿馬鹿しい事を言ってたじゃないか」

出来るだけ大きい字で書きなぐりながら言ったロンに、アスカはロックハートの信者が男の子にもいると知って衝撃を受けた。
その時、ハーマイオニーが書棚と書棚の間からひょいと現れた。
何やら苛々している様子だったが、漸く3人に話す気になったらしい。
定位置であるアスカの隣の椅子に座ると口を開いた。

「『ホグワーツの歴史』が全部貸し出されているの。しかも、あと2週間は予約で一杯。私のを家に置いてこなければ良かった。残念。でも、ロックハートの本で一杯だったからトランクに入りきらなかったの」
「どうしてその本が欲しいの?」

ハリーは不思議そうに首を傾げるが、アスカは何故ハーマイオニーが本を漁っていたのか分かった。

「ホグワーツの歴史……そうか、『秘密の部屋』ね、ハーマイオニー」
「そうよ。『秘密の部屋』の伝説を調べたいの。でも、皆考える事は同じなのね」

アスカは頭を抱えたい心境だった。
ハーマイオニーに言われるまで、『ホグワーツの歴史』のことまで頭が回らなかった。
何故気付かなかったのだろう。
だがそういえば、あの分厚い本は興味がなくて読んだことはなかったが、書かれているとするならば、一番可能性がある本ではないか。

「他の本には書いてないの」
「ハーマイオニー、君の作文見せて」

ロンが時計を見ながら絶望的な声を出した。

「駄目。提出まで10日もあったじゃない」

ハーマイオニーにピシャリと断られたロンは肩を落とした。
アスカは呆れながらも、ハーマイオニーに気付かれないようにそっとロンに自分の羊皮紙を渡した。

「!」

バッと顔を上げたロンに、アスカは口元に指を添え、静かに、と口だけ動かすとロンは急に羽根ペンをせかせかと動かし始めた。

「─────……ベル…」
「…ねぇハーマイオニー。あたし思ったんだけど、ビンズ先生なら何か知ってるかも」

それに気付いたハーマイオニーが、非難の目を向けてきたので、アスカは咄嗟に誤魔化そうと話題を変えた。

「え?」
「ビンズ先生、ゴーストだし、ホグワーツの古株だし、噂とか位聞いたことあるんじゃないかと思って───…それに、伝説や民話だって、元を辿れば史実に基づいているものもあるしね」
「…………………」

するとハーマイオニーは思考に耽り、アスカは今のうちだ!、とロンを急かした。
大慌てでロンの羽根ペンは動き、ベルが鳴るのと同時になんとか書き終えた。
ロンもハリーもアスカもほぅ、と息を吐き、本や羊皮紙やインク等を手分けして片付けると、魔法史の教室へと急いだ。

「ベル、助かったよ。ありがとう」
「どう致しまして。でも、今度からはちゃんと自分の力で余裕をもって終わらせなきゃね」
「───…うん」