にこやかに笑うモリーに、内心ほっとしつつ、アーサーは今気付いたようにアスカを見た。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ロン君と仲良くさせていただいています、ベル・ダンブルドアと申します」
「ああ! 君がダンブルドアの養女だっていうベルちゃんか。話はロンからよく聞いているよ」

礼儀正しい子だねえ、と頷くアーサーにありがとうございます、と返しアスカは微笑む。

「ベル、もう行っちゃうのかい?」
「うん。荷物をとりに一度家に戻らなきゃいけないし、何よりハーマイオニーがやきもきして待ってるだろうしね」

残念そうにロンに問われ、アスカは眉を下げる。

「あら、お家に戻るの? だったら、家の暖炉を使ったらいいわ」
「あ〜…いえ、家はちょっと特殊で、暖炉使えないんです」
「まあ、そうなの? でもダンブルドアの家ならあり得なくもないわね」

暖炉が使えないだなんて、と驚く面々に、アスカは苦笑いで返す。

(帰るのはダンブルドア先生の家じゃないんだけど…言うと面倒だから言わない)

アスカが住む時計塔は、主が認めた者以外からの侵入を阻む。
暖炉自体はあるのだが、ネットワークは繋いでいない。
第一、暖炉などあっても使わない。
姿現しで一発だ。

「ん? でも、暖炉が使えないんじゃ、どうやって帰るの?」
「え!?」

ロンが、はたと気付いたように問いた言葉に、アスカは固まる。

(姿現しで。なんて言えない!!)

「あ〜…それは、ほら……あ、そう、ポートキーがあるから!」
「へえ! 凄いや、流石ダンブルドアだ」

先程のアーサーと似たり寄ったりな挙動でアスカはなんとか乗りきった。
感心しているウィーズリー一家に隠れてほっと胸を撫で下ろす。

「ポートキー?」
「ああ、ハリー君は知らないんだったね。ポートキーと言うのはね―――…」

首を傾げるハリーに、アーサーやモリー達の視線が移った所で、アスカは玄関に向かう。

「…じゃあ、あたし行くね」
「あ、ベル!」
「アーサーさん、モリーさん、お邪魔しました。ハリー、ロン、またダイアゴン横丁でね!」

アスカは送られては嘘がバレる、と急いでウィーズリー家から出た。
そして、見つかってはまずいとすぐに姿眩ましをした。

「………………見たか?」
「ああ、見た」

一番最初にアスカの後を追って家を出てきた双子はその姿を一瞬見て、目を丸くさせたが、すぐにわくわくとしたように目を輝かせて顔を見合わせた。

「ベル! って、もう居ない」
「ベルって無駄に足速いよな。あーあ、宿題…少しだけでも教えて欲しかったのに…」

双子に少し遅れて出てきたハリーとロンの会話を聞きながら、双子は新学期、アスカに聞きたい事を指折り数えだしたのであった。





姿現し独特の音が時計塔のアスカの部屋内に響いた。
時計塔に帰って来たアスカは、どこか疲れたように息を吐き、ベッドに仰向けに倒れこむ。
ベッドのスプリングが軋む音を身体で感じていると、アスカの声ではない低い声が部屋内に響いた。

「――やっと帰って来たか」
「!?」

がばっと起き上がったアスカが目にしたのは、部屋にある椅子に足を組んで座っていた黒尽くめの同級生の友人だった。
テーブルの上には湯気の発つアスカのお気に入りの一客のカップとソーサー、更に揃いのティーポットがある。

「セ、セブルス!? は? え…なんで?」

何故あたしの家に、部屋に居て、更にはお気に入りのティーセットを勝手に使って優雅にティータイムをかましているのか…という疑問は声にはならなかった。

「ダンブルドアから手紙を預かって来たのだが、留守だったので帰って来るのを待っていた」
「ダンブルドア先生から?」

つい昨日に会ったというのに、手紙とは…しかもセブルスに預けてまで渡さなければいけない手紙の内容に不審がりながらもアスカはセブルスが差し出した手紙を受け取った。
黄色味がかった羊皮紙の上に、エメラルドグリーンのインクで宛名が書いてある。

「…その格好をしているということは、ポッターにでも会いに行ってたのか?」

セブルスは眉間の皺を濃くしながら、アスカの姿を見て問う。

「ああ、うん。そうだよ」
「………………」

アスカが頷けば、憎々し気に顔を歪めるセブルスに、そんな顔するなら聞かなきゃいいのに…と思いながらも、夏休みに入ってからの久々の友人との再会に笑顔を溢す。

「セブ、あたしにも紅茶淹れて」
「…ああ」

頷いたセブルスと向かいの椅子に腰を下ろし、ダンブルドアからの手紙の封を切る。
中から出てきたものに、アスカはどっと力が抜けた。
杖を振るセブルスがそれに気付き、片眉を上げる。

「…どうした?」
「セブは手紙の内容知らないの?」
「ああ、知らん」

コトリと置かれたティーカップの中の琥珀色の液体に、アスカの疲れたような顔が映った。

「ただの教科書リスト」
「新学期のか?」
「そう」

アスカの言葉に、怪訝な顔をしたセブルスに、手紙を渡す。
手紙の中には、新学期に必要な新しい教科書リストと9月1日キングズ・クロス発のホグワーツ行の特急に乗るようにとの手紙が入っていただけだ。

「こんなもの、梟便で十分なのに…」
「確かにな」

あの人は何を考えてるのか読めん、と続ければ、アスカもそれに頷く。

「おいしー」

自分の好みバッチリに淹れられた紅茶に、忽ち顔を綻ばせたアスカに、満足そうにセブルスは自分もカップを持ち上げる。

「あ、そういえば」
「?」

カチャリ、とカップをソーサーに置いたアスカに、セブルスは紅茶を飲みながら視線だけを向ける。

「双子にあたしがアスカ・フィーレンだってバレちゃった」
「ぶっ」

あはは、と笑いながら言ったアスカの言葉に、セブルスは危うく紅茶を噴き出しそうになり寸での所で立て直した。

「な、何だと?」
「ご、ごめん。なんとか誤魔化そうとしたけど、無理でした」

眉間の皺を濃くして睨み付けられ、アスカは視線を外しながら言い訳をする。

「お前はまた! どうせドジったんだろう!?」
「うぅ〜…その通りです」
「…はあぁっ……………………大丈夫なのか?」

長い溜め息を吐いたセブルスは、眉間の皺は濃いままだったが、気遣うように声をかける。

「口止めはしておいたから、口外はしないと思う。けど、新学期には質問責めにあうことは間違いないわ」
「ふん、それ位なら我慢するんだな」
「わかってるよ」

アスカは、口直しとばかりにカップに口を付けるセブルスを見て、またふと思い出す。

「質問といえば、セブルスとはどんな関係なのかって聞かれたよ」
「ぶっ」
「わ、溢した!」

今度は立て直せず、紅茶を噴き出すことはしなかったが、カップから紅茶が溢れた。
アスカが立ち上がり、杖を振る。
テーブルやセブルスの服を濡らした紅茶は忽ち消えさり、アスカは「大丈夫?」とセブルスに声をかける。
だがセブルスは、黙ったまま俯いている。

「…セブルス?」

火傷でもしたのかとアスカが側に近寄れば、漆黒の瞳に捉えられた。

「………お前は、なんと答えたんだ?」
「え?」

アスカは、セブルスの瞳の力強さと投げ掛けられた言葉に困惑して、問い返す。

「グリフィンドールの双子の、どんな関係かとの問いに、なんて答えた?」
「あ…あたしは……。あたしが答える前に、ハリーが代わりに答えてくれたから…あたしは、何も」
「ポッターが代わりに? なんと?」
「セブルスとあたしは何の関係もない。ただの教授と生徒だ、って」
「―――――そうか」

先のどこか熱く感じた視線が外され、代わりに底冷えするような気配がセブルスから感じられ、アスカはたじろぐ。

「セ、セブルス? あたしはちゃんとセブルスのこと友達だと思ってるよ? だから気にすることないよ?」
「! お前は…っ、」
「なに?」
「―――…いや、いい。邪魔したな、失礼する」

何かを言いかけてそのまま口を閉ざしたセブルスは、溜め息を一つ吐き立ち上がる。

「もう行くの? もう少しゆっくりして行けば良いのに」
「………………全く…」
「セブルス?」

顔を片手で覆って息を吐くセブルスに、アスカは怪訝そうに首を傾げる。

「またホグワーツでな」
「あ、うん」

言って、セブルスは姿眩ましをしようと椅子とテーブルから距離をおく。

「紅茶ご馳走様。やっぱりセブルスの淹れた紅茶が1番美味しい」
「ふん、そんなものいつでもいくらでも淹れてやる」
「ふふ、ありがと」

アスカは嬉しそうに微笑む。

「―――アスカ、お前に1つ言っておく」
「ん、何?」

アスカは、笑みを浮かべながらセブルスを見た…瞬間、その笑みが消えた。
セブルスの瞳が、やけに真摯な色を帯びてアスカを見つめていたからだ。

「…セブ?」

つい先程も流れた雰囲気を彷彿とさせ、アスカは胸が妙にざわめいているのを感じて得体の知れない不安を覚える。

「我輩は、お前を友人だと思った事はない」
「え?」

どういう意味だと問う前に、セブルスは姿眩ましをしてしまった。