ルーマニアでドラゴンの研究をしているというロンの兄、チャーリーに手紙を出した翌週はノロノロと時間が過ぎた。
水曜日の夜、寮の皆はとっくに寝静まり、談話室にはハリーとハーマイオニー、アスカだけが残っていた。
壁の掛け時計が深夜0時を告げた時、肖像画の扉が突然開き、ロンがどこからともなく現れた。
ハリーの透明マントを脱いだのだ。
ロンはハグリッドの小屋でノーバートの餌やりを手伝っていた。
ノーバートは、今ではウィスキーではなく、死んだ鼠を木箱に何杯も食べるようになっていた。

「噛まれちゃったよ」

ロンは血だらけのハンカチに包んだ手を差し出して見せた。

「ノーバートに噛まれたの!? 見せて!」

アスカが血相を変えてロンの手からハンカチをゆっくりと外す。
ノルウェー・リッジバックの牙には毒がある。
ちゃんと処置しなければ、大変な事になる……アスカはロンの手の容態に顔を顰めた。

「1週間は羽根ペンを持てないぜ。まったく、あんな恐ろしい生き物は今まで見たことないよ。なのに、ハグリッドの言う事を聞いていたら、フワフワしたちっちゃな子兎かと思っちゃうよ。やつが僕の手を噛んだというのに、僕がやつを恐がらせたからだって叱るんだ。僕が帰る時、子守唄を歌ってやってたよ」
「……ロン、これはマダム・ポンフリーに診てもらわなければ―――――……何?」

言葉の途中で、突然誰かが窓を叩く音が響いてアスカ達は窓の外の暗闇を目を凝らして見る。

「ヘドウィグだ!」

ハリーがいち早く気付き、急いで梟を中に入れる。

「チャーリーからの返事を持って来たんだ!」

4つの頭が手紙を覗き込む。


ロン、元気かい?
手紙をありがとう。
喜んでノルウェー・リッジバックを引き受けるよ。
だけど、ここに連れてくるのはそう簡単ではない。
来週、僕の友達が訪ねてくることになっているから、彼らに頼んでこっちに連れて来てもらうのが1番いいと思う。
問題は、彼らが法律違反のドラゴンを運んでいる所を見られてはいけないということだ。
土曜日の真夜中、1番高い塔にリッジバックを連れて来れるかい? そしたら、彼らがそこで君達と会って、暗いうちにドラゴンを運び出せる。
出来るだけ早く返事をくれ。
頑張れよ……。

チャーリーより。


読み終わった4人は互いに顔を見合わせた。

「透明マントがある。出来なくはないよ。僕ともう1人とノーバート位なら隠せるんじゃないかな?」

ハリーの提案にロンとハーマイオニーもすぐに同意した。
勿論アスカも同意していたが、嫌な予感を拭えず、険しい顔のままだった。
だが、やるしかないのだ。
ノーバートを追っ払うためなら何でもするという気持ちになる位、ここ1週間は大変だったのだ。

「ロン、その傷、ちゃんと手当しなくちゃ駄目。ノルウェー・リッジバックの牙には毒があるの。そのまま放置してたら腐るよ?」
「う、嘘だろ…?」

アスカの言葉に、ロン達の顔が蒼褪める。

「……で、でもマダム・ポンフリーに診せたら、ドラゴンに噛まれたってすぐにバレちゃうよ!」
「そうだわ! ベルがスネイプから貰ったって言ってたあの傷薬は?」
「げぇ、スネイプの傷薬なんて使いたくないよ…」
「仕方ないよ、腐るよりマシだろ?」
「う……」
「あ、あれは…その……スネイプ先生に返しちゃったから、もう持ってない……」
「「「えぇえ〜」」」
「ごめん…」

とりあえず、応急処置だけをして翌朝の傷の具合で考えることにする、とロンはアスカから手当を受け、眠りについた。
だが翌朝、ロンの手は2倍位の大きさに晴れ上がっていた。
それでも医務室に行くのを躊躇っていたロンだったが、昼過ぎにはそんなことを言っていられなくなった。
傷口が気持ちの悪い緑色になったのだ。
やはり、ノーバートの牙には毒があったようだ。
その日の授業が終わった後、アスカ達3人は医務室に飛んで行った。
ロンは酷い状態でベッドに横になっていた。
見舞いに来た3人に、ロンは苦々しく口を開く。

「勿論手の方も千切れるように痛いんだけど、それより……マルフォイが来たんだ。あいつ、僕の本を借りたいってマダム・ポンフリーに言って入って来やがった。僕の事を笑いに来たんだよ。何に噛まれたか本当の事をマダム・ポンフリーに言い付けるって僕を脅すんだ。僕は犬に噛まれたって言ったんだけど、多分マダム・ポンフリーは信じてないと思う。―――クィディッチの試合のあの時、殴ったりしなけりゃ良かった……あいつ、あの時の事を根に持って、僕に仕返ししてるに違いないよ」

3人はロンを宥め、落ち着かせようとした。

「土曜日の真夜中にすべて終わるよ」
「そうよ、あと少し辛抱すれば…」

だが、アスカとハーマイオニーの慰めは、逆効果だった。
ロンは突然ベッドに起き上がり、すごい汗をかき始めた。

「土曜0時!」

ロンの声は掠れていた。
ロンが突然慌てふためき出したので、3人は困惑した。

「……ロン?」
「どうしたの?」
「あぁ、どうしよう……大変だ……今、思い出した……チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ。僕達がノーバートを処分しようとしてることがマルフォイに知られてしまう!」

3人が何か反応を見せる前に、マダム・ポンフリーが入って来て、「ロンは眠らないといけないから」と言われ、病室から追い出されてしまった。

医務室の廊下で3人は顔を見合わす。
ハリーとハーマイオニーの顔を見て、自分も今こんな顔をしているのだろうと、アスカは思う。
同じ事を考えたハリーは情けない顔をグ、と引き締め、ハーマイオニーとアスカを挑むような目で見る。

「今更計画は変えられないよ」
「そうね……チャーリーにまた梟便を送る時間はないし、ノーバートを何とかする最後のチャンスだもの……」

アスカも2人に続いて力強く頷く。

「危険でもやらなきゃいけない! ―――大丈夫よ、こっちには透明マントがある」
「うん! マルフォイはコレのことはまだ知らない」

3人の顔色は幾らか良くなり、計画の事をハグリッドに伝えに向かう事にした。
ノーバートとハグリッドの様子も気になるからだ。
ロンの傷のことも伝えなければならない。
ハグリッドの小屋まで行くと、大型ボアハウンド犬のファングが尻尾に包帯を巻かれて小屋の外に座り込んでいた。

「ファング……貴方もやられちゃったのね…」

アスカが優しく労るように撫でてやると、鼻を鳴らして手に擦り寄る。

「よしよし。もうちょっとだけ頑張って? あたし達も頑張るから…」

ファングは了承したと言うようにペロリとアスカの顔を一舐めした。

「ふふ、賢い子ね」

アスカはクスクスと笑いながら、もう一度ファングの頭を撫でた。
一方、ハリーとハーマイオニーはハグリッドと窓で話していた。

「ノーバートは難しい時期でな……中には入れてやれない。い、いや、決して俺の手に負えない程ではないぞ」

ハリー達はその言葉をあまり信用していなかった。
だがあまり長居して、こんな所を他の生徒や先生方に見付かってしまっては計画に支障をきたす。
ハリーはチャーリーの手紙の内容を手短に話した。
それを聞いたハグリッドは、目に涙をいっぱいに溜め、それは今にも零れ落ちそうだった。
もっとも、ノーバートがつい今しがたハグリッドの脚に噛みついたせいかも知れないが。

「大丈夫? ノーバートの牙には毒があるから気をつけてちゃんと処置をしてね? じゃないと、ロンみたいに……」
「いや、俺は大丈夫。ちょいとブーツを噛んだだけだ。……じゃれてるんだ……だって、まだ赤ん坊だからな」

その『赤ん坊』が、尻尾で壁を勢いよく叩くと、窓がガタガタ揺れた。
ハリーとハーマイオニー、そしてアスカは、一刻も早く土曜日が来て欲しいと思いながら城へ帰った。

ついに待ち望んだ土曜日がやってきた。
ハグリッドにとっては、大好きなノーバートとのお別れの日だ。
だがアスカ達には、自分達の心配で手が一杯でハグリッドを気の毒に思う余裕は無かった。
暗く曇った夜で、闇に紛れるには丁度良いな、とアスカは思う。
3人で窮屈ながらも急いでハグリッドの小屋に向かっていたアスカ達だったが、ピーブズが出入口の玄関ホールで壁にボールを打ち付けてテニスをしていたので、足止めをくってしまった。
ピーブズが遊び終わり、いなくなるまで出るに出られず、アスカ達は、苛々としつつも息を潜めて待った。
だが、いつまで経ってもピーブズは、何が楽しいのかケラケラ笑いながら一人で壁打ちテニスをしている。
やめる気配がしない。

(このままじゃ、約束の時間に間に合わない……っ)

アスカは意を決すると、ハーマイオニーとハリーに顔を向ける。

「あたしがピーブズの注意を引くから、2人はハグリッドの小屋へ……」
「!っ……で、でもそんなことしたらフィルチに捕まってしまうわ……危険よ」

ハーマイオニーがアスカを引き留めようと頭を振るが、アスカは強気な笑顔を見せる。

「大丈夫。ピーブズの弱点を知ってるのよ、あたし」

2人が何かを言う前に、続けてアスカは口を開く。

「大丈夫よ、信じて?」

アスカの笑顔とその口調に、ハリーとハーマイオニーはゆっくりと頷いた。

「あたしも必ず2人を追うから……ノーバートをお願いね」