もうすぐクリスマス。
12月も半ばのある朝、目を覚ますとホグワーツは深い雪に覆われ、湖はカチカチに凍りついていた。
双子のウィーズリーは雪玉に魔法をかけて、クィレルに付き纏わせて、ターバンの後ろでポンポン跳ね返るようにしたという理由で罰を受けた。
猛吹雪を潜ってやっと郵便を届けた数少ない梟は、元気を回復して飛べるようになるまで、ハグリッドの世話を受けていた。
皆、クリスマス休暇が待ち遠しかった。
グリフィンドールの談話室や大広間には轟々と火が燃えていたが、廊下は隙間風で氷のように冷たく、身を切るような風が教室の窓をガタガタと言わせた。
最悪なのはスネイプ教授の地下教室での魔法薬学の授業だった。
地下教室では吐く息が白い霧のように立ち上り、生徒達は出来るだけ熱い釜に近付いて暖をとった。
加えて、アスカはセブルスの鋭い視線から逃げるのに奮闘した。

「ベル、貴女スネイプに何をしたの? あの顔…人を殺せそうよ?」
「…嫌、やめて。まだ死にたくない」
「……何だよ、それ」
「ベル、スネイプと何かあったの?」

凄いものを見たという風なハーマイオニーとアスカの様子にどこか呆れたようなロン、心配そうに、ハリーに言われ、顔を逸らしていたアスカは、ちらりとハリーを見る。

「ちょっとね……目を、付けられちゃったみたい」
「「「えぇ!?」」」
「わぁ、声大きいよっ しー!」

アスカは、これ以上目を付けられたくない、と慌てた。

「かわいそうに」

その時、高飛車な声が聞こえてきた。
見なくてもわかる。
ドラコ・マルフォイだ。

「家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」

そう言いながら、ハリーの様子を窺っている。
クラッブとゴイルがクスクス笑った。
ハリーはカサゴの脊椎の粉末を計っていたが、3人を無視した。
クィディッチの試合以来、ドラコはますます嫌な奴になっていた。
スリザリンが負けたことを根に持って、ハリーを笑い者にしようと「次の試合には大きな口の『木登り蛙』がシーカーになるぞ」と言って囃し立てた。
だが、乗り手を振り落とそうとした箒に見事にしがみついていたハリーに皆はとても感心していたので、誰も笑わなかった。
ポツンとしたドラコの様子に、アスカは隠れてクスクスと笑った。
周りから支持を得られなかったので、ドラコは手を古いものに切り替え、ハリーにちゃんとした家族がいないことを嘲った。
ハリーはドラコを相手にしなかったが、リリーとジェームズを出されては、アスカは黙っていられない。
何も言わないハリーに代わり、ドラコを絶対零度の微笑みで見据える。
忽ち、ドラコ達は何も言わなくなった。

「ベル、ありがとう」
「あたしは何もしてないよ」
「ベルはマルフォイに対して有効な兵器だよな」

ロンの言葉に、4人は笑った。
ハリーは、クリスマス休暇にプリベット通り…ダーズリーおじさんの家に帰るつもりはなかった。
先週、マクゴナガルがクリスマスに寮に残る生徒のリストを作った時、ハリーは真っ先に名前を書いた。
続いて、ロンも名前を書き、アスカも名前を書いた。
ロンは、両親がチャーリーに会いにルーマニアに行くので、監督生と双子との3兄弟と共に学校に残ることになったらしい。
アスカは、勿論ハリーが残るから残るのだが、本人にそう言える筈もなく、アルバスおじいちゃんのいるホグワーツは第二の家だからと答えた。
それで皆は納得したので、やはりダンブルドアの名は大きいなと思う。
魔法薬学の授業をなんとか平穏に終えたアスカがハリー達と地下教室から出ると、行く手の廊下を大きな樅の木が塞いでいた。
木の下から2本の巨大な足が突き出して、フウフウという大きな息遣いの音が聞こえたので、ハグリッドが木を担いでいることがすぐにわかった。

「やぁ、ハグリッド。手伝おうか」

ロンが枝の間から頭を突き出して尋ねたが、ハグリッドは「いんや、大丈夫。ありがとうよ、ロン」と言って断った。

「すみませんが、そこどいてもらえませんか」

後ろから、ドラコの気取った声が聞こえた。

「ウィーズリー、お小遣い稼ぎですかね? 君もホグワーツを出たら森の番人になりたいんだろう。ハグリッドの小屋だって、君達の家に比べたら宮殿みたいなんだろうねぇ」
「ウィーズリー!」

ロンが今まさにドラコに飛びかかろうとした瞬間、セブルスが階段を上がって来た。
ロンはドラコの胸倉を掴んでいた手を離した。

(うお、ヤバっ)

アスカは咄嗟に樅の木に小柄な身を隠す。

「スネイプ先生、喧嘩を売られたんですよ」

ハグリッドが髭もじゃの大きな顔を木の間から突き出してロンを庇う。

「マルフォイが、ロンの家族を侮辱したんでね」
「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だろう、ハグリッド。ウィーズリー、グリフィンドールは5点減点。これだけで済んでありがたいと思いたまえ。さあ諸君、行きなさい」

ドラコ達はニヤニヤしながら乱暴に木の脇を通り抜け、針の様な樅の葉をそこらじゅうにまき散らした。

(この、糞餓鬼共!)

アスカは隠れながら歯軋りした。

「それから、そこに隠れているMs,ダンブルドア」
「!」

ビクリ、と肩が揺れる。

「話がある。来たまえ」

言って踵を返したセブルスの背に、樅の木から怖ず怖ずと出たアスカは、ふい、とそっぽを向く。

「―――嫌です」
「…っ、来い!」
「ひ、きゃああっ」
「「「ベル!」」」

ガシ、と腕を捕まれ引きずられるように連れて行かれるアスカを、ハリー達が焦ったように呼ぶ。

「…ごめん、皆先に行ってて」

アスカは息を吐いて、観念したように3人に力無く笑って言った。
ハリー達は、心配そうにアスカを見ていたが、やがてハグリッドに促され、大広間に向かった。

「もう、手を離してよ。セブルス」
「お前が下らんことをするからだ。あれで隠れたつもりか」
「………………」

アスカは口を噤んだ。
隠れたつもりだったのだ。
それも、自分では完璧だと思っていたりなんかして。

「……てかさ、話って何ですか、スネイプ先生」

ちょっとム、として問えば、セブルスの足が止まる。

「…ぜ、…を……だ?」
「…はい?」

小さな声に、アスカはうまく聞き取れなくて首を傾げた。
セブルスは、アスカの様子に、再度口を開いた。

「何故、我輩を避けるのだ?」

今度は良く聞こえた。

(何故、って……それは―――…)

セブルスが、怖いからだ。
ハリーのクィディッチ初試合の後の、アスカの感情のままの浅薄な行動と言動で、あっと言う間にベル・ダンブルドアがアスカ・フィーレンだとばれてしまった。
そのまま、アスカは居ても立ってもいられず、逃げ出したのだ。
それから、ずっとセブルスを避けていた。

「だって……セブ、絶対怒ると思って…」
「そんなことは当たり前だろう!」

途端に響く怒声に、アスカはビクリと目をつぶる。
だが、次いで降って来たのは、厳しい怒声でも拳でもなく、ふわりと優しく頭を撫でる手と声だった。

「…我輩がどんなに―――…どれだけお前を探していたか―――…」
「…セブルス―――?」

びっくりして見上げたセブルスの顔は、まるで今にも泣き出してしまいそうなものだった。

「お前が無事で…お前が生きていて、本当に良かった」

頭を撫でる手が、頬におりてきて、温もりを確かめるように両手で包まれる。

「…心配かけて、ごめんね?」
「あぁ、もうあんな思いはごめんだ」

肩に額を押し付けられ、アスカはよろりとよろけるが、セブルスが両腕で抱いて支えた。

「ふふ、ありがとう」

アスカは、セブルスの背をポンポンと叩いた。

「―――――…では、何故お前がそんな格好でまたホグワーツに入学しているのかに至った今までの経緯を、全て話していただこう」
「え"?」

そのまま抱き上げられたアスカは、セブルスの部屋に連行された。

「我輩は、お前がどうやって生き延びたのかも知らん。最初から全て吐いてもらうぞ」

ニヤリと口端を上げる友人に、アスカは口を引き攣らせた。

「安心しろ。昼食なら、我輩の部屋で摂ればいい」
「い、嫌だぁあ!」

地下にアスカの声が響いた。





「ベル、大丈夫かしら?」
「大丈夫だ。スネイプ先生は厳しいが、体罰をしたりはせん」
「でもハグリッド、ベルはさっきスネイプに目をつけられているって言ってたんだ。スネイプは、ベルには薬をくれたり、点数をくれたり…ベルはグリフィンドール寮なのに、おかしいと思わない?」
「あ――〜…」

変だよ、というロンに、ハグリッドはどこか心当たりがあるように頷く。

「それにスネイプがベルを見る目、おかしいんだ。僕らを見る目とも違うし、スリザリンの奴らを見る目とも違う……何か特別なんだ」

ハリーが歪む顔で言い、その後をハーマイオニーが継ぐ。

「私思うんだけど、スネイプは……ベルが好きなんじゃないかしら」
「「えぇ!?」」

ハリーとロンが声を荒げた。

「何を言うんだよ、あのスネイプがそんなことあるわけないじゃないか」