日本のとある田舎の人里離れた山の奥に、小さな森があった。
真夏の昼間だというのにうす暗く、さらに肌寒さまで感じるその森は、近隣の村人より昔から“神”の住む森として大事に奉られていた。
その森へ立ち入ることは禁忌とされ、大人はおろか子供達でさえも近付こうとすらしなかった。
と、いうのも小さい森にも関わらず、立ち入る者は皆、森の奥まで辿りつく事が出来ずにまた戻って来てしまうのだ。
また、森で遭難してしまった子供が奇跡的に発見された時、「“神様”に助けてもらった」と述べた事により、村人達は今までに輪をかけて“神”を信じ、森を護ってきた。
村人達の立ち入らぬ森の奥に、その時計搭は静かに建っていた。
日本の森奥だというのに、英国の小さな教会の様な時計搭は廃墟の様に朽ちており、長い月日をかけて伸びた蔦が絡み付いていた。
辛うじて原型を留め建っているようなその時計搭の時計が、時を刻まなくなってもう10年になる。
その針がまたゆっくりと動き出す。
それは、時計搭の主人の目覚めを現していた。
搭の中は、驚くほど綺麗だった。
微塵も汚れはなく、埃もたまっていない。
花瓶にささっていた花も、瑞々しく咲き誇っている。
主人が眠りについて10年が経ったその間、この時計搭を訪ねてきた者はいない。
時計搭は、まるで時が止まっていたかのような状態だった。
そんな中で、ベッドに横たわっていた主人の指先がピクリと動く。
続いて瞼もゆっくりと持ち上がり、そこに現れたのは神秘的な印象を受けるピンクの瞳だった。
上半身を起こし、部屋を見渡す。
見慣れた自分の部屋だった。
「……あたしは…一体……」
声を出すのを久しぶりだと感じるのは何故だろうかと女性は喉元を抑え、不思議そうに首を傾げる。
ベッドから降りて、閉じていた窓を開ければ、生温い風が女性の艶やかな黒髪を揺らした。
「おはよう、アスカ」
「!」
姿現し独特の音と共に聞こえた声とその主に、アスカと呼ばれた女性は振り返る。
「ダンブルドア…先生?」
ゆったりとしたローブに紫のマントを羽織った老人。
白髪に同じく白い髭は長く、ベルトに挟み込んでいる。
淡いブルーの瞳は半月形の眼鏡の奥でキラキラと輝いていた。
彼の名はアルバス・ダンブルドア。
魔法界では知らぬ者などいない程の著名人だ。
見知ったその姿に、アスカは目をパチクリとさせる。
「突然すまんのう。少し、話がしたくての」
「良いですよ。先生が突然いらっしゃるのはいつもの事です」
アスカは笑うと、テーブルの上に紅茶を出そうとして杖が無いことに「あれ?」と着ていたローブのポケットを叩いて探すが見つからず、部屋を見渡す。
「あたしの杖が無い…? だって昨日までは確かに持って……た…筈。あれ?」
アスカは、昨日を思い出そうとして眉間に皺を寄せた。
『アスカ!?』
次の瞬間、記憶がフラッシュバックした。
「リリー…?」
『馬鹿だな! なんで来たんだ! 君も狙われているんだぞ!?』
「…ジェームズ?」
『やめて! ハリーだけは!』
『ッ、ヴォルデモート!!』
『リリー、逃げて! ハリーを連れて逃げて!!』
『ハリー!! アスカ!!』
視界が緑色の閃光で染まる。
「アスカ!」
「ッ!!」
ダンブルドアの言葉でハッと我に返ったアスカは、ダンブルドアのブルーの瞳を見つめる。
その瞳は、どこか寂しそうな…同情的な色を帯びていた。
アスカはその表情を見て、嫌な予感がした。
先程の記憶と重なる。
(まさか…嫌だ。嫌だ…っ)
「アスカ、落ち着いて聞くんじゃ」
ダンブルドアが穏やかな声音でアスカを椅子へ座るよう促す。
「………リリーとジェームズは、ハリーは…ヴォルデモートに殺されたんですね」
「…思い出したんじゃな?」
ダンブルドアが椅子に腰かけたのを視界の隅に捉え口を開いたアスカは、ダンブルドアの言葉にそっと頷く。
「でも、あたしは殺された筈なんです。確かに死の呪文を受けた……のに、何故あたしは生きているんでしょう?」
視界に広がる緑色の閃光。
それは、死の呪文の光だ。
「アスカ、お主はあれから10年寝ていたのじゃ」
「………は?」
ダンブルドアの言葉に、アスカはダンブルドアを見る。
その顔は、真面目で…いつものお茶目な冗談ではないことが窺える。
「何故かは詳しくはわからんのじゃが、わしが察するにヴォルデモートの魔力とアスカの魔力が反発しあった結果、死には至らずに眠りにつくということになったのではないかと考えておる」
「……………」
(10年…。本当に? あの日からそんなに経っているんだ…)
「…何故、10年も経って目覚めたんでしょう?」
「それは、きっとハリーが今年入学するからじゃろう」
「ハリー? ハリーが生きているの!?」
ガタン、と立ち上がる。
「……アスカが知らぬ事を話そう。お主が眠っておった10年間、一体何があったのか…。…お主にはちと辛い事もあるが…」
「教えて下さい。皆の事…、あたしが…知らない事…。全部知りたいです」
アスカがもう一度椅子へ腰かけるとダンブルドアは杖を振って紅茶を出し、話し出した。
親友達の死、ヴォルデモートの死、友人の裏切り、ハリーの今の家庭環境。
決して長い話ではなかった。
アスカは黙って、冷えていく紅茶のカップを握りしめながらダンブルドアの話を聞いていた。
そのピンクの瞳が揺れ、唇を噛んで涙を堪えているのをダンブルドアは見て見ぬ振りをして最後まで話をした。
話を終えると、沈黙がその場を占拠する。
「――――ハリーが…」
呟くように出した声は、思いの外掠れていて…アスカは冷めた紅茶で喉を潤す。
そのまま琥珀色の液体を見つめながら再度口を開く。
「ハリーが無事で良かった…」
眉を下げたまま笑うアスカは、紅茶と一緒に涙をも飲み込んだ様だったが、ダンブルドアには泣いているように見えた。
「…じゃがのうアスカ、ヴォルデモートはまだ生きておる」
「………ハリーが倒したのでは?」
アスカは眉間に皺を寄せ、ダンブルドアを見遣る。
「魂となり、他の肉体に寄生してこの世に滞っておるんじゃ。力を溜めて…復活しようとしておる」
「……それじゃ、ハリーは危険なんじゃないですか! ヴォルデモートの崇拝者達全てがアズカバンにいるわけではないんでしょう!?」
アスカはガタンと再度立ち上がる。
「落ち着くんじゃ、アスカ。ハリーが心配なのはわしとて同じじゃ」
「…いくらホグワーツに入学するといえど、ハリーはまだ魔法を使えないマグル同然。死喰い人に襲われでもしたら…っ」
ストン、と力無く椅子に座り、アスカはテーブルの上でギュッと両手を握る。
「そこでじゃ! 画期的な提案があるんじゃ!」
「はい?」
アスカはお茶目にウィンクをかますダンブルドアに嫌な予感がして口を引き攣らせた。
そして、その予感は的中するのだった。
To be Continued.
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