浅黄色の思い出




ホグワーツに入学して、ハットストールの結果、グリフィンドールに決まった。
優秀なジェームズやシリウス、それから注目を浴びている彼女と同じ寮になれて、凄く嬉しかった。
仲良くなりたい、って思ってたけど、ジェームズもシリウスも、パッとしないぼくは見向きもしてくれなくて、優しいリーマスに頼ってばっかりだった。
その内リーマスがジェームズ達と仲良くなって、ぼくもリーマスにくっついていく形で仲間に入れてもらえた。
その頃は、ジェームズもリーマスも、グリフィンドール生のくせに取り巻きにスリザリン生を何人も連れている彼女の事が気に入らなくって、色んなちょっかいを掛けてた。
けれど、優秀だとは言えないぼくでも分かるくらい、彼女は凄かった。
ジェームズ達の仕掛けた魔法は悉く打ち破られたし、勉強も、知らない事なんてないんじゃないかって位にどの教科でも完璧だった。
純粋に、凄いと思った。
彼女と友達になれたらどんなに素晴らしいだろうかとも思ったけど、ずっと無表情で必要最低限は喋らない彼女に、ジェームズ達の悪戯は、段々と悪戯から嫌がらせ、それからイジメと、徐々に悪化してしまった。
かくいうぼくは、ジェームズ達に嫌われたくなくて、率先して2人を手伝った。
本当は、優秀な彼女と友人になれたら…とずっと内心では思っていたけれど、彼女は誰とも仲良くしたくなさそうだった。
リリーだけは、しつこい程に彼女に付きまとっていた。
けど、彼女の取り巻きのスリザリン生に酷い事を言われたりからかわれたりしていては彼女に追い払われて…それもジェームズが彼女を気に入らない要素の1つだったんだと思う。
悪化していくジェームズの行動に、リーマスだけは反対して止めようとしてたけど、ジェームズ達は止められず、ある日、魔法では敵わないならと、カッとなったシリウスが、ハサミで彼女の長い黒髪をバッサリ切った。
シン、と静まり返ってから、リリーが自分の事のように怒り出したけど、彼女は自分のために怒ってくれているというのに、「お節介はやめろ」と淡々と言い放って去っていった。
ぼくは女の子じゃないから、あんまり分かんないけど、髪って女の子にとっては大事なものなんじゃないの?
彼女は最初は驚いていたけど、全然気に留めてない様子で、ぼく達は拍子抜けだった。
ジェームズは、リリーの優しさを無下にされて怒っていたけど、そんなリリーが言ったんだ。

「あの子は優しい子よ。今のは、私がハサミを持っているブラックに掴みかかろうとしたのを止めたのよ。私、もしくはブラックが、怪我をしないようにね」

ぼくも、ジェームズ達も、そんなの信じられなかった。
けど、リリーが嘘をついていなかったんだって、彼女を観察するようになってからぼく達は分かった。

まず、リリーが彼女の取り巻きのスリザリン生に酷いことを言われたり、からかわれたりするとすぐに席を立ったり、リリーを遠ざけたりするのは、リリーがこれ以上酷い目にあわないようにするためだって気付いた。
彼女がスリザリン生がいる時に、リリーが近寄ってくると、まるで避けるように食事の途中でも、目的の場所があって移動しているのであろうとも、さっと切り上げてしまうのだ。
けれど、スリザリン生が周りにいなければ、彼女はリリーを避けたりしないし、なんなら話に頷く事も、言葉少ないながらも返答もしてる。

相変わらず無表情ではあったけれど、それでもリリーは楽しそうに笑ってた。
次に気付いたのは、彼女が本当に魔法が得意だってこと。
1年生なのに、無言魔法が使える彼女は、困ってる子がいたら、周りに気付かれないように魔法を使って助けてた。
ある時は誤って湖に足を滑らせてしまった1年生を水から掬い上げて、乾燥呪文を掛けたし、ある時は慣れない階段や扉に落ちたりぶつかったりする子を防いだり、動きを止めさせたり、色んな方法で本人にも気付かれないように、無表情で助けてた。
相手は主に女生徒で、男子生徒はあんまり助けてなかったけど、それでも―――まるでヒーローみたいだった。
医務室の校医のマダム・ポンフリーが、今年は例年より、1年生を始め他学年でも医務室の利用者が少なくて驚いてるって話してたと、リーマスが教えてくれた。
他人と特に関わらないというだけで、彼女は、スリザリン生を取り巻きにしているとは思えないほど、良い人だった。
彼女の行動の意味の1つ1つに気付いて、ジェームズもシリウスも…勿論ぼくも、それはそれは驚いた。
リーマスだけは、最初っから気付いてたみたいで、いちいち驚くぼく達に苦笑いしていたけど。
何故、リーマスが最初っから気付いていたのか話を聞いてみたら、ホグワーツ特急で、直接彼女に助けてもらっていたみたい。
だから、リーマスはぼく達の行動をとめようとしていたんだ。
それから、ジェームズもシリウスも、彼女に悪く絡むのを辞めた。
2人共、スリザリンに入るべき人間が何故自分達と同じ寮に入ってきたんだ、って気持ちが最初にあったんだと思う。
スパイなんじゃないかだとか、性格が悪いんだろう、純血主義なんだろう、とか偏見があったんだろうなと、思う。
けれど、今になって思えば、彼女はぼく達にどんな悪戯を受けても防いだり躱したりするだけで、やり返されたことはなかった。
悪戯する相手がスリザリン生だったなら、倍にしてやり返されただろう…彼女の腕前なら、ぼく達が対処出来ないような魔法がたくさん使えたはずなのに。
そういう反応がないのも、当時のジェームズ達にしてみれば、自分たちのことなんかどうとも思っていない、気にする価値もないと言われているようで、馬鹿にされているようで勘に障ったんだろうけど……11歳の少年の幼稚な思考だったと言えた。
それからというもの、ジェームズ達はリリーと同じように、彼女を構いだした。  
今までしてきた行動から突然、一変したジェームズとシリウスに、表情にこそ出なかったが、彼女はとても驚き、また混乱しただろう。
彼女へのイジメをやめたジェームズ達にリーマスは嬉しそうだったし、ぼくも、密かに仲良くなれたらいいなと思っていた彼女との良い接点になって嬉しかった。
リリーも、ようやく分かったのねとクスクス笑っていたけど、彼女の髪がロングヘアからショートボブになってしまった件のことは、彼女の髪がロングヘアに戻るまで、たまに思い出したようにチクチクとシリウスを詰った。
そのあとも、彼女とはなんだか思い出せば色々あって……あっという間に1年が終わって、2年生になり、ぼく達は、ふとあることに気付いたんだ。
それは、リーマスのこと。
ぼく達3人の中で一番最初に気付いたのは誰だっただろうか?
ぼくじゃないから、ジェームズかシリウスだった筈だけど…多分、ジェームズだったかもしれない。
入学してから、毎月、リーマスが居なくなる日がある。
リーマスは毎回色んな理由を口にしていたけれど、それが決まって満月の日だと気付いて、ぼく達はリーマスが『人狼』だと気付いた。
ぼくは、実を言うと怖かったけれど、
リーマスに隠れて人狼について調べたぼく達は、人狼が満月の夜以外は普通の人間と変わらないこと、襲うのは近くにいる人間だけだということ等を調べて、狼になる満月の日は、先生に引率されてリーマスは居なくなるから、被害を受けることはないなと、ぼくはコッソリ安堵してた。
先生に引率されていることから、学校公認のようだし。
人狼だと気付いても、リーマスから離れることはジェームズもシリウスも、もちろんぼくもしなかった。
ただ、ぼく達が気付いたとリーマスが知れば、自分から離れて行ってしまうかもしれない…そして、リーマスが1人でツライ一夜を過ごしているのだと知ったぼく達は、人間じゃなければリーマスの側にいられるのでは?、という結論に辿り着き、変身術のマクゴナガル先生が、動物もどきで、猫に変身できることを思い出し、これだ!と思った。
それから、リーマスが居なくなる満月の夜にぼく達はこっそり動物もどきになるべく、特訓を始めた。
動物もどきは、そんなに甘くなかった。
優秀なジェームズやシリウスでさえ、苦戦していて、ぼくなんか出来る気すらわかないほどだった。
ただ、ぼく達は諦めなかった。
何回目かの特訓をコソコソしている時、彼女が現れた。
まずい、と誰もが思った。校則はもちろん、違法な魔法省未登録になるだろう動物もどきの特訓をコッソリしてることは勿論だけど、リーマスのことがバレてしまっては大変だ。
下手したらリーマスは退学になってしまうし、リーマスのことだから自主退学してしまう可能性だってある。
詮索されたらなんていえば誤魔化せるだろうか…と各々頭を巡らせていたぼく達に、何をしてるの?、と彼女は問わなかった。
想像していなかった言葉が、彼女の口からでて、ぼく達は驚いた。

「あたしも、今日からはここで練習させて」

意味が分からなかった。
勿論、意味が分からなかったのはジェームズとシリウスも同じだったようで、混乱しながらも詳しく聞く事になった。

「どういうこと?」
「お前、俺達がなにしてんのか知ってんのか? 楽しいお勉強会だと思ってるなら、さっさと談話室に帰れ」
「……ルーピンの事なら、1年の時に気付いて知ってる。ずっと練習してるけど、1人じゃ芳しくない。同じ目的なら、協力した方が成功率上がるから、出来れば混ぜて欲しい」

彼女の返事に、それはそれは驚いた。
1年の時から気付いてた、ということもだけど、何故彼女がリーマスのために危険も付きまとう高難易度の動物もどきなんて習得しようとしてるのか…自分達だってそうなのだが、自分たちは、リーマスの自他共に認める友人だが、彼女はまだそこまで親しくはないし…それに、1年の時からって事は、ジェームズ達がイジメをしていた時から始めていた可能性もある。
ジェームズ達と一緒にいるリーマスのために、どうしてそこまでするんだろう?

「なんでリーマスの為にお前がそこまでするんだよ」
「ルーピンから、友達になってって言われたから」
「うん?」「は?」「え?」

3人の口から、それぞれ間抜けな声が洩れた。

「あ、あたしは…、まだ…お祖母様が怖くて、感情を出すのも、話すのも……ツラくて。貴方達の話を聞いてもうまく笑えないし、面白い話を言うことも出来ないし……陰で『お人形』なんて言われて、良い様に利用されてばかりだけど…魔法と魔法薬学は、得意だから。1人で心細い時に、寄り添ってあげられたら……満月の度に苦しまなくてもいい様に、薬を作ってあげられたらって、思って……ただ、自己満足…だから、ルーピンの意思とか、関係なくやってるから…―――貴方達にとって、邪魔だとか、迷惑なら……また、コッソリ1人で…やる」

珍しく長く話す彼女の言葉に、理由に、内容に、ぼく達はただ驚いた。
彼女の家庭事情を、去年半ば無理矢理ともとれる方法で聞き出したぼく達は、部屋から出ようとする彼女を3人そろって引き留めた。

「いやいやいや! 迷惑とかじゃないから!」
「おいこら、まだ聞きたいことがある!」
「ま、待って…!」

ドアを開けようとしていた彼女が止まって振り返ると、ぼく達は彼女を引っ張って部屋の真ん中まで連れてくると、歓迎した。
その日から、秘密の特訓は、4人でやることになった。
動物もどきになるのは、本当に大変で、3年生の学期末の頃にようやく彼女がはじめて習得を遂げて、続いてジェームズとシリウス、最後にぼくが5年生の時に習得することが出来た。
やっぱりぼくには無理なんだと思って、諦めようとしたこともあったけれど、その頃には感情を取り戻してよく笑うようになってきていた彼女
に励まされ、習得するまでぼくより真剣に丁寧に教えてくれて、なんとか成し遂げた。
そんな彼女でも、今までになかった人狼に対する薬を作り上げるのは苦労していて、それでも、ホグワーツを卒業する前には完成させた。
それは、本当にすごいことだった。
リーマスは、とても喜んでくれた。
満月の夜になると、まるでブレーメンの音楽隊のようにぼく達は遊んだ。
狼のリーマスと大型犬のシリウス、牡鹿のジェームズとその角で羽を休める鴉の彼女、背中には鼠のぼくが乗り、色んなところを歩いて回った。
あの頃が、一番、ぼくにとって楽しく幸せな日々だったと思う。
卒業した後も、親友達との交流は変わりなく続くときっと誰もが信じていただろう。
けれど、その友情を裏切ったのはぼく自身だ。
幸せをぶち壊したのは、このぼくだ。
仕方ないだろう?
才能溢れる友人達とは全然違うぼくが、あの闇の帝王に抗うことがどうして出来る?
怖かった…、生き残るためには、ああするしかなかったんだ。
すまない…すまなかった……そんな風に後悔することはあるが、過去に戻ることは叶わない。
背中に乗せてくれるジェームズはもういないし、優しいリーマスとももう会えない。
濡れ衣を着せてしまったシリウスはアズカバンの中でぼくを呪っているだろうし、彼を窘めてくれる…ぼくを「ワーミー」と呼んでくれる彼女ももういない。
彼女の隣で微笑むリリーの姿も見ることは出来ない。
全部、自分がぶち壊したのだ。




「ロン、スキャバーズは寝ちゃってるみたいだね」
「うん。なんだか幸せそうな顔して寝てるよ」
「ふふ、御馳走に囲まれてる夢でも見てるんじゃない?」
「あり得る!」
「駅までもう少し時間あるし、それまで寝かせておいてあげなよ。起こしちゃうのなんだか可哀想」

ふわりと背を撫でる感触をどこかで感じながら、彼は夢を見る。
これから近付いてくるであろう死神犬の影を恐れることもなく、その夢の中では幸せだった頃の甘い泡沫の思い出に存分に浸れた。

















(浅黄色の色言葉:幸福・愛・友情)




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