酔いしれるのは




消灯時間が過ぎた頃、誰かが部屋を訪ねて来た。
独特のノック音に、まさかと思いつつドアを開ければ案の定。

「メリークリスマス!」
「………………」

今何時だと思ってるんだ…思わず溜め息を吐いた我輩に、彼女は首を傾げる。

「あれ、来ちゃいけなかった?」

てっきり今夜一緒に飲まないかって誘ってくれたんだと思って来たのに…と、我輩がクリスマスプレゼントに贈ったワインを見て、眉を下げる。
我輩は彼女の言葉に驚いたが、顔には出さずに答える。

「当たってはいるが、今夜だとは思ってなかった」
「そうなの? あたしはそのつもりで贈ったから、セブルスもなのかと思ったよ。―――じゃあ、今日は帰った方が良いよね…」

気まずそうに言って、踵を変えそうとする彼女の手から、ワインボトルを取る。

「……セブ?」
「さっさと入れ。部屋が冷える」

目を瞬かせ、我輩を見上げる彼女。
出会った当初から背は低く、いつも我輩を見上げていた彼女だったが、今は11歳の姿をしている為余計に顕著だ。
心臓に悪い。

「いいの?」
「悪ければ言わん」
「っ、ありがとう!」

嬉しそうに顔を綻ばせ、部屋に足を進めた彼女の後ろ姿に気付かれぬように息を吐く。

(我輩がお前を帰すわけないだろうに)

いつになれば、彼女はこの想いに気付いてくれるのか。
これまでにも判りやすく何度か口にしているというのに、彼女は全く気付いた様子はない。
だが、死んだと聞かされ、ただ募る想いを何処にもぶつけられず、ひたすら彼女を探し続けてきた10年を思えば、苦でもない。

「セブ、あたしが贈った日本酒は?」
「あぁ、そこの棚にある」
「そっか。っていうかどっち飲む? ワイン? 日本酒?」
「それはどちらでも構わないが、その姿で飲むのか?」
「あ、」

我輩がワインを贈った理由は簡単に言えば、彼女と飲みたかった事もあるが、もう一つ理由がある。
それは、彼女の本来の姿を見たいからだ。
さすがに彼女も、未成年の姿のままでは飲まないだろうとふんでのクリスマスプレゼントだった。

「そっか、そうだね。……あ、でも、今着てる服じゃまずいな」

そのことに気付いていなかったのだろう彼女は、我輩に指摘され思案気だ。
どうやら服が破れるのではと危惧しているようだが、我輩の記憶の中の彼女のサイズでは、危惧するほどでもないと思う。
確かに胸は背に比べると成長していたが。

「心配せずともそんなに変わっていないから大丈夫だろう」
「どういう意味よ」

思ったことを口にすれば、忽ち彼女から鋭く睨まれた。
そういえば、背の話は彼女には御法度だった…怒らせたか?

「セブルス」
「…なんだ?」
「何か服貸して」
「は?」

彼女の言葉に、虚をつかれ、何を言ってるんだと顔を顰める。

「いいから。シャツとか何かあるでしょ、貸して」
「…………………」
「さっさと出す!」

彼女の勢いに圧され、言われるがままシャツを取りだし、差し出す。

「ありがと。じゃ、あたし着替えてくるから、グラスとか出しといてね、あと何かつまむ物も」
「…………分かった」

言って、我輩のシャツを手に奥の魔法薬を保管している部屋に引っ込んで行った彼女に息を吐く。
グラスを2つ出し、杖を振って彼女が好みそうなつまみを出す。
そうしてワインのコルクを抜いている途中で、彼女は戻って来た。

「セブルスも大人の男の人に成ったんだね。ブカブカだ」

少し照れたように言いながら出て来た彼女の姿に、思わず固まった。
ブカブカの我輩のシャツを着た彼女は、袖を巻くり上げ、伊達眼鏡を外し、テーブルに置く。
かがんだ拍子に彼女の黒髪がさらりと落ちた。
ふわりと鼻に届いた甘い香りにクラクラと目眩がした気がした。

「あ、ワインにしたんだ―――…セブルス? どうかした?」

固まったままの我輩を不審に思ったのか、顔を覗き込まれる。

勘弁してくれ。

懐かしいピンクの瞳を直視出来ずに、顔を逸らす。

「あれ、まさか照れてる? 嘘、セブルスかわいー」
「黙れ、飲むぞ」

クスクスと笑う彼女を横目に見て、速まる心臓をそのままにコルクを抜いた。

「ふふふ、ちゃんと大人の女に見えるでしょう?」

彼女は、そんな照れ隠しの我輩の態度を見抜いたようにニヤリと笑うと向かいのソファーに腰掛ける。

言われずとも、随分と前から彼女を異性として見ている。

「………………」

ワインのボトルを掴み、無言で差し出せば、彼女も無言で心得ているかのようにグラスを差し出す。
彼女のワイングラスにボルドー色の液体が注がれる。
次いで、自分のグラスにも注ごうとしたら、向かいから伸びてきた手にやんわりとボトルを取られた。
そして、我輩がしたように無言でボトルを差し出す。
我輩は自然と口角が上がり、顔の筋肉が緩むのを感じた。
我輩のグラスも、同じ液体で満たされる。すると、彼女はボトルをテーブルに置き、変わりに先程我輩が注いだグラスを手にする。
自然とグラスとグラスがぶつかり、高い音が部屋に響いた。

「乾杯!」
「クリスマスに、か?」
「違うわ」

では何の乾杯だと問えば、彼女は、ワイングラスを回して香りを楽しみながら笑う。

「あたしとセブルスの再会に、よ」

そう言った彼女は、グラスを口に宛て、傾けた。
コクリと彼女の喉が上下する。
赤く濡れた唇にゾクリと肌が粟立った。

「…………っ、…」

そうして我輩はやっと気付いた。
この状況は、まずい。
かなりまずい。
この状況で、果たして理性が保てるかどうか…自信がない。

「セブルス? 飲まないの?」

首を傾げる彼女は、既に空になったグラスに自分でボトルを傾けて並々と注いでいた。

「も、もう飲んだのか?」
「うん。このワイン、美味しいね」

眼を見張った我輩に気付かず、流石高級品、と笑いながら上機嫌の彼女はワインを飲む。
ペースが早い。

「そんな飲み方をしたら悪酔いするぞ」
「―――大丈夫。シリウスが言うには、あたし、ザルらしいから」

我輩は、アルコールはしっとりとゆっくり嗜むタイプなのだが、彼女は違うようだ。
2杯目も飲み干し、ペロリと唇を舐める。
不快な名前が彼女の口から出たが、今は気にしない。

「―――…そう、か」
「ん、セブルスも早く飲め」

にっこりと笑顔で圧され、我輩は、この後の展開を悟る。
彼女のこの様子では甘いムードには成らなそうだと、ほっと息を吐きワインで喉を潤した。
だが、心の何処かで残念にも思う…そんな下心を打ち消すようにグラスに残ったワインを胃に流し込んだ。
確かに、彼女の言う通り、美味い。

「あら、セブルスもイケる口ね」

嬉しそうに笑いながら、彼女はいつの間に棚から持ってきたのか、日本酒の栓を開けた。

「日本酒も飲むのか?」

本当に悪酔いするぞ、と顔を顰めて言えば、彼女はアルコールのために少し上気した頬と濡れた唇で妖艶に微笑んだ。

「その時は、セブルスが優しく介抱してくれるから大丈夫でしょう?」
「な…っ!」

からかうように笑う彼女に、我輩は顔を手で覆う。
それは、反則だろう。

酔いしれるのはワインにか、それとも―――…。











(どちらにしても、もうアイツにアルコールは贈らん)


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