英国人の父と日本人の母との間に生まれた少女は、母の実家のある日本で育った。
父のウィリアムはプロのバスケットボール選手で、母の綾香は作家だ。
どちらもわりと有名人であったが、両親の性格故か少女はさして気にしていなかった。
少女自体は、特に美少女だということもなく、俊足だが持久力がないというありふれた身体能力であり…ごく普通の読書とお絵かきが大好きな平凡な少女だった。
ただ、他と違ったのは、父譲りのサファイアブルーの瞳と、それから、少女と両親が魔法を使えるということ。
勿論その事は、マグル…魔法を使えない人達には秘密だ。
少女は7歳になるまで、マグルに混じり、自由に伸び伸びと育った。
だが7歳の誕生日、それは突然終わりを告げた。
バースデーケーキの蝋燭の火を吹き消そうとした少女の前に、背筋のキリリとした中年の女性と2人のウィリアムと同年輩位の男性が現れる。

「お、お義母様」
「兄さん達まで…突然どのようなご用件で?」

少女は母と父の緊張した声とただならぬ様子に不安を抱く。

「久しぶりね、ウィル。元気そうで何より。私は孫に会いに来たのよ。いるんでしょう?」

厳格そうな女性は、声まで厳格で、母の後ろに隠れながら、そろそろと少女は顔を覗かせる。
途端に目が合い、少女は「あっ」と声を出した。
女性の瞳は、神秘的なピンク色だったのだ。
少女をその目が捉えると、女性が指をクイ、と動かす。
すると糸でも付いているかのように少女の身体が母の前に滑り出た。

「お前が私の孫ね。名前は?」

値踏みするような目付きで、女性が少女を上から下まで見る。
居心地の悪さを感じながらも、少女は口を開いた。

「あ、あたしの名前はアスカ。アスカ・フィーレンです。あの、あなたはあたしのお祖母様なの?」

少女、アスカはお辞儀を一つして、女性に問う。

「そう…アスカと言うの。そうよ、私がお前のお祖母様、ヴィクトリア・フィーレン。もっと側に来て顔をよく見せなさい」

有無を言わせない態度で祖母は言うが、アスカは動きたくなかった。

(この人…怖い)

ふるふると首を振り、後退る。
途端に祖母のピンクの瞳に危うい光が宿るのを感じ、ウィリアムは娘を守る為に足を踏み出そうとする。
だが、その前にウィリアムの実の兄が立ち塞がる。
杖先を首筋に突き付けられ、ウィリアムの顔が強張る。

「っ、兄さん?」

ウィリアムが動けないならば、と綾香が動こうとしたが、もう一人の兄に同じ様に動きをとめられてしまった。
アスカはピンクの瞳に見つめられ、父と母が杖を突き付けられていることも見ることが出来ない。
目が離せなかった。
ジリジリと後退るが、ピンクの瞳からは逃れられない。

「これは一体何の真似だ! アレク!」
「……………」

ウィリアムの問いに、兄、アレックスは何も答えない。

「ラリー!」
「……………」

それならばと視線をもう一人の兄、ローレンスに向けるがこちらも何も答えない。

「母さん!」
「お黙り、私が用があるのはこの子だけだ」
「アスカに何をするつもりですか!?」

綾香が黙っていられずに声を上げる。
祖母は片眉を上げると、壁が背後となり逃げられなくなったアスカの顎を杖で上げる。ピンクの瞳に、怯えるアスカが映る。

「この子を引き取りに来ただけさ」

ニヤリ、とピンクの瞳が笑う。
何を言われているのかアスカには理解出来なかった。
フ、と顎から杖先が外れたかと思うと、身体が半回転して、気付けばヴィクトリアに片腕で抱き竦められていた。

「な、何を言い出すんです!?」
「この子には教養が必要だもの。お前には任せられないよ、ウィル」
「仰る意味が分かりません!」

綾香の鋭い敵意を孕んだ声に、呆れた様な動作で肩を竦め、祖母は笑う。

「喜びなさい、ウィル。お前の様な愚息が、やっと私の役に立つ事が出来たのだから……お前の娘が、私の後を継ぐんだよ」
「………母さんの後を? それじゃあ…っ」

アスカは両親の顔から血の気が引くのを見た。
反対にヴィクトリアの顔は興奮で赤らむ。

「そう、フィーレンの当主になるのさ!!」
「そ、そんな馬鹿な!」
「私はいつだって本気さ……じゃ、話は済んだね。私は先に行くよ」
「「はい、お母様」」
「ま、待って! アスカっ」

言うが早いか祖母は小さなアスカを抱いたまま、そのまま姿くらましをしたのだった。
アスカは、景色が変わる寸前、両親が自分を呼ぶ悲痛な声を聞いた。

その日から、アスカは両親から引き離され、祖母の住む英国で暮らすことになった。
それが、アスカの地獄の日々の始まりとなる事をまだアスカは知らない。














(誕生日おめでとう)