親友が言った。
現世での駐在任務に就く事になった、と。
駐在任務…彼女の実力ならそう難しい任務ではないだろう。
一月程、瀞霊廷から離れる事になり、その間会えなくなってしまうのは寂しいが、任務であれば仕方がない。
「気をつけてね。変な人にはついて行っちゃだめだよ」
「お前は私をいくつだと思っているのだ」
呆れたように言う親友に、あたしは笑う。
「帰ってきたら、白玉あんみつ食べに行こうね」
「もちろん貴様の奢りであろうな?」
「致し方ない、良かろう!」
そんな軽口を言って笑い合い、親友を送り出した。
今思えば、あの時あたしは彼女を止めるべきだったのだ。
送り出した後で、親友が任務へ赴いた先が『空座町』だと知らされた時、その偶然に驚き、そして悪い予感がしたのだ。
当たって欲しくなかったその予感が、当たってしまったのだと、あたしはただ呆然と霊力で形成された弓矢が空に向かって放たれる様を見ていた。
どんなに嘆いても、どんなに叫んでも、時間は戻らない。
そんな事は、身に染みて分かっていた。
だからあたし達は前に進むしかないのだ。
二羽の地獄蝶がひらりと舞う。
「“捕らえよ、さもなくば殺せ”。死神の仕事じゃないスよね」
「…そうでもないさ」
現世へ降り立った二人の死神は、眼下に広がる町並みを一瞥し、歩み出した。
NUMBER,1 再会
浦原商店。
雑貨を販売しているが、扱う商品は多岐に渡っており、その商品の中には、特殊な物も含まれている。
その商店を訪ねる黒い小さな影が一つ。
「テッサイさん……キスケさん……。…にゃんこ……」
浦原商店で働く少女、紬屋 雨は、かわいい来客に店長等を呼んだ。
「お────! 夜一サンじゃないスか! お帰りなさ───いっ」
黒猫の来訪に、店長である浦原 喜助は、嬉々として出迎える。
子供をあやすように高い高いを繰り返すが、黒猫、夜一は威嚇音を出している。
「何だ? あのネコ一体…?」
不思議そうに喜助と夜一の様子を見ている店員の一人、花刈 ジン太が呟けば、同じく店員の握菱 テッサイが答える。
「夜一さんと言いましてな。店長の無二の親友なのですよ」
「へ────…。無二の親友がネコかぁ…なんつーか…ウチらの店長って…気の毒」
「…まあ…そういう見方もできますな」
「人間の友達は居ないわけ?」
「……友達、とはまた違うかも知れませんが、いらっしゃいますよ。女の子が」
「へ────…。それ、犯罪にはならないよな?」
「…まあ…大丈夫だと思いますよ」
テッサイは、苦笑いで答えた。
「こんにちは」
喜助と夜一を見ていたテッサイとジン太は、背後から声をかけられ、振り向く。
そうして、テッサイは瞠目した。
「……これはこれは───…お久しぶりです」
「お久しぶりです、テッサイさん。喜助さんはいらっしゃいますか?」
突然現れた少女に、ジン太は目を瞬かせ、テッサイと少女を交互に見やる。
「えぇ、おりますよ。───店長、お客様ですぞ」
テッサイに呼ばれた喜助は、夜一を高く持ち上げたまま視線を移し、目を見開く。
「!っ 貴女は…!?」
少女は名を呼ばれ、緩やかに微笑んだ。
喜助に高い高いをされていた夜一も、少女の姿に目を瞠る。
「お久しぶりです、喜助さん。夜一さん。お元気そうで、何よりです」
喜助の元へ静かに歩み寄る少女の背を見ながら、ジン太が呟く。
「───まさか、あいつが……?」
「そうです。彼女が先程お伝えした喜助さんの……ご友人です」
「……あれは、アウトだろ」
「…………そういう見方もできますな」
「っていうか……あの格好、あいつ、死神?」
少女が身に纏っていたのは、少し変わってはいるが死覇装。
二色の帯には、斬魄刀が帯刀されていた。
「貴女が何故……、とにかく中へお入りください」
「…はい」
喜助が店内を示し、少女は頷く。
喜助の手から降りた夜一は、少女の足に擦り寄る。
少女は微笑むと、夜一を抱き上げ、柔らかな毛並みに頬を寄せる。
「あたしもお会いできて嬉しいです、夜一さん。相変わらず素晴らしい毛並みですね」
少女の言葉に夜一は満足そうに一鳴きして応え、喜助の時とは違い大人しく抱かれたまま少女と店内へ入っていった。
「あのネコって、店長の親友なんだよな?」
「はい」
「……やっぱり、ウチらの店長って気の毒」
「…まあ…そういう見方もできますな。ですが───…」
彼女は、あのお二人にとって特別な御方なのですよ…そんなテッサイの言葉に、ジン太とそれまで黙って聞いていた雨は不思議そうに顔を見合わせた。
空はどこまでも青く澄み渡り、己の矮小さと忍び寄る影を色濃く映し出しているかのようで、これからを考えれば考えるほど、その青に吸い込まれてしまいそうだと思う。
風に乗り、微かに聞こえてくる屋上の話し声にルキアはそっと目を伏せる。
(ここに、お前が居たらどうしただろうか?)
瀞霊廷で己より上位の、官位についている親友に思いを馳せ、ルキアは親友の名をポツリと呟く。
「あ──! いたいた、あんなとこに!」
「朽木さーん、お昼一緒に食べなーい?」
太い木の枝に座り、一人空を見上げていたルキアは、名を呼ばれて木の根元に集まり、己を見上げるクラスメイトの面々に目を瞬かせた。
騒がしい日常、くだらない話、けれど、何故か笑ってしまうのだ。
好きだの、嫌いだの……面倒なことだ。
いずれ離れねばならぬ場所ならば、どれも足枷にしかならぬ。
思慕の情も、親愛の情も、友情も。
本当に、本当に、面倒なことだ。
まして、それを羨む感情など……。
どれも死神には必要のない感情だというのに。
居心地が良いのは、お前の隣だけだと思っていた。
心を開いても、感情を出しても、すべて笑って甘受してくれたお前の隣だけなのだと思っていた。
私は、少しこちらの世界に長く関わり過ぎたのか。
やがて授業も全て終わり、時刻は夜へと近付く。
“帰ってきたら、一緒に白玉あんみつ食べに行こうね”
親友の笑顔と言葉が脳内に甦る。
(すまぬ。私は、帰れそうにない)
小さく息を吐き、そっと机の上に手紙を置く。
「頼むから、追ってなど来るなよ」
ルキアは、後ろ髪を引かれながらも、踵を返した。
クロサキ医院から外に出て、一度振り返ったものの、駆け出す。
どこへ行くのかなど自分でも分からない。
現世で行くアテなど死神のルキアにはないのだ。
ただ、ここより遠くへ。
ここよりもっと遠くへ。
例え自分が捕らえられても、彼等を見つけることの出来ないどこか遠くへ、ルキアは駆けていた。
だが、その背に二つの影が忍び寄る。
2004.10.22
加筆修正2017.1.26
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