その人の名前を初めて聞いたのは、親友のたつきちゃんが話してくれた黒崎くんの昔話の時。
その人の名前を言う時、たつきちゃんの顔は懐かしそうに、けれど少しだけ寂しそうだった。
だから、気になった。
どんな人なのか、知りたくなった。
そうして、たつきちゃんが教えてくれた話に、なぜ自分が気になったのか分かった気がした。





NUMBER,6.5 思い出 





「ぼたんの事? 別に良いけど、あの子すぐ引っ越しちゃったみたいで…あー…もしくは、おばあちゃん家に夏の間だけ来ていただけだったのかも知れないな…まぁそんな感じだから、話せる話なんて少ないよ?」

たつきちゃんは複雑そうな顔をしたけど、それでも構わないと告げた私に仕方ないなァと笑って聞かせてくれた。

ある日突然、一護が道場に女の子を連れてきた。
髪の毛が灰色で、色白の…目がくりっとしてる可愛い女の子。
確か、5歳位の夏だったかな?
女の子も同じ位の年に見えた。
髪の毛の色からして外人さんなのかと思って、どうしたのか一護に聞くと、迷子になってたから連れてきたって言って…それを聞いた師範達が慌ててたな。
女の子は、ぼたんと名乗った。
外人じゃなくて日本人だった。
ぼたんは不思議な雰囲気を持った子だった。
一護とあたしが組手するのを興味津々に見てたけど、一護があたしに一発で泣かされるのを見て驚いたようだった。
一護は、ぼたんと目が合うと途端に笑顔になって、あたしもぼたんも面食らった。
自分もやってみたいと言い出したぼたんに、師範はあっさりと許可を出した。
新しい門下生が増えるとか思ったのかもね。
あたしは年も近そうだし、ってことで試しに組まされたんだけれど、正直泣かせてやるって思った。
けれど、始まってすぐ、ぼたんのふんわりしてた雰囲気が消えた。
きっと今なら分かったんだろうけど…その頃のあたしはそんな事分からなくて、いっちょ前に素人が真面目な顔して生意気な…絶対泣かすって息巻いて飛び出した。
あっという間だった。
あたしはあっさり負けた。
素人の、あたしより小柄な女の子に。
あたしは負けた事に最初気付いていなくて、目を丸くしてたんだけど、何故かぼたんも目を丸くしてた。
見ていた師範や一護達が、わっとぼたんを囲んで、興奮してた。
今思い返すと、ぼたんの動きは空手の動きじゃなくって…もっと、実戦的な動きだった。
不思議だけど、ぼたんは体が勝手に動いたって言ってて、師範が凄い勢いでスカウトしてたんだけど、ぼたんは門下生にはならなかった。
その代わり、その日から毎日のように道場に顔を出すようになって、一護とあたしと遊ぶようになった。
あたしは、負けた事が悔しくて、勝手にライバル視してて色んな遊びで張り合ってはよく突っかかってたなぁ。
けど、あの子はそんな事気にした風はなくて、あたし達とする遊びに目ぇキラキラさせて、心から楽しんでいるみたいだった。
不思議な事に、あの子、鬼ごっこすら初めてだって言ってて、ボール遊びも他のどんな遊びもみんな初めてだって言ってた。
今ならなんかおかしい子だって分かるけど、その時は友達居ないんだ可哀想って単純に思ってた。
そういえば、本当に友達が今まで居なかったのか、幼稚園にも行った事ないって言ってたなぁ…本当に、不思議な子だったよ。
もしかしたら、幽霊だったのかもね。
でも大人も皆見えてて、喋ったり触ることも出来たし、ぼたんの手は暖かかったし、そんなわけないんだけどさ。
色んな遊びをしたよ、夏祭りとかも連れてってあげたし、プールや一護の誕生日も一緒にお祝いしたなぁ。
最初は変な子って思ってたけど、色々遊んでる内に、ぼたんが大好きに成っていった。
ぼたんはとにかく優しくって、明るくて、教えた遊びは何でもすぐ覚えたし、頭も良かった。
運動も勿論ね。
遊んでて、楽しかったよ。
悔しい思いもあったけど、ぼたんの笑顔が大好きだった。
きっと一護もそう。
あ───…そうだ、思い出した。
織姫、あんたにこういうのもなんか…アレだけど、一護の初恋の相手だったんだろうな、ぼたんは。
それが、突然。
本当に突然、ぼたんが道場に来なくなった。
最初は、風邪でもひいたのかなって思ってたけど、3日経っても4日経っても、1週間経っても来ないから、一護と2人でぼたんを探した。
町中探しても見つからなくて、そこであたし達はぼたんの家も年や名字さえも知らないことに気付いた。
親に会ったことすらない…あんなに一緒に遊んだのに、不思議だよね。
ぼたんは、姿を消した。
あたし達は、為す術なくて、きっと親の仕事の都合とかで転勤しちゃったんだろうって考えた。
突然サヨナラも告げずに居なくなるなんて、なんて薄情な奴だって頭にきたけど、だけどあの優しいぼたんからはそれも想像出来なくて不思議で…それよりも何より、寂しかった。
そんな別れ方をしたせいかな、今でも、部活で遠征とか試合で色んな人が居るところに行くと、自然と目が探してるんだよね。
でも、見つからない。
一護に聞いたことはないから確かじゃないけど、多分一護もあの子を忘れたことはないよ。
どうしてるかなぁ、ってふとしたときに考えちゃうの。
また、いつか会いたいな…会ったら、ひっぱたいてやるんだ。
この薄情者ってさ。
それから、また一緒に……花火見に行ったりしたいんだ。
あたしのこと、覚えててくれてるかな。
覚えててくれるといいなー…。

最後にぽつりとそう言ったたつきちゃんは、寂しそうだった。

「その人が…ぼたんちゃんが、たつきちゃんが言うように優しい子なら、きっと覚えてるよ」
「織姫……」

たつきちゃんは、私を見て、うっすらと笑ってくれた。

「ありがとう」
「ううん、私こそ話してくれてありがとう」

私も、会ってみたいと思った。
たつきちゃんの大事な友達に。
…黒崎くんの、初恋の人に。
きっと、たつきちゃんの話してくれたような、優しくて可愛い子なんだろうな…。
そんな事を考えていたけれど、まさかその人と尸魂界で会うことになるなんて、その時の私は夢にも思っていなかった。
そして、その人が死神だったなんてことも…。
何故、黙って姿を消したのか…その理由も、たつきちゃんには話せない。
たつきちゃんは、もうぼたんちゃんと会えない…その事を知って、悲しくなるのは、まだもう少し先の話……。





執筆2017.2.4


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